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時は流れて

ー東京・我妻家ー

「善春達が、こっち来るの!?」
朝食の最中、我妻善照の曾祖父譲りの大声がダイニングに響く。
「あんたね!声が大きいのよ!」
すぐ隣の姉、我妻燈子に叱られた。
「別にいいじゃない。叔父さんの仕事の関係なんだから」
燈子は母親が焼いてくれたベーコンエッグを一口、口に入れる。
「いや、だってあいつ体弱いのに、こっちの生活耐えられるの?」
「じゃあ、善春くんだけ1人暮らし?無理でしょ」
燈子が半目で善照を睨む。
「いやしかし、環境の変化の方があいつの体に一番よろしくないと思いますけど?」
「叔父さんも単身赴任考えたらしいけど、考えた上って事みたいよ。善春くん高校決まってたけど」
「じゃあ、高校の転入試験受けなきゃならないじゃんか」
「入学式は、可哀想だけど間に合わないかもね」
「は?4月から、いきなりなの?」
「みたいよ」
「誰情報ですか、それ」
「お父さん。善貴叔父さんのお兄さんだし」
燈子は卵サラダをパクつく。
「んだよ、姉ちゃんにしか話してねーのかよ」
蚊帳の外にされたみたいで、善照は面白くない。
「次の転入先なら、もう見つけてるそうよ」
母親が、燈子と善照の妹二人の食事を見ながら、会話に入ってきた。
「母さんは、知ってて当たり前か…にしても面白くねーな」
「なんか言った!?」
「別に」
善照はむくれながら、冷めて硬くなったバタートーストをかじる。

年一の産屋敷神社で執り行われる奉納神楽で会うくらいで、善春が東京に来ることはそうない。
冠婚葬祭や、親族の行事には体調をみながら出席する時も、あるにはあるが。

(我妻家の突然変異は、燈子姉ちゃんだけでいいっつーの)

我妻家の女性は、大人しくておしとやかなはずなのに、何故か燈子は善照いわく、『狂暴』なのだ。
そして、我妻家の男性は丈夫で健康な体質及び、にぎやかなのだが、善春は大人しくて病弱なのだ。

しかも我妻家の中の色男。

(何が面白くないって、病弱なのに、色男で頭が良くて、運動神経抜群って少女マンガの設定かよ!?)

善春は五歳の時に高熱で死にかけたらしいが、そこは我妻の血筋が底力を出したのか奇跡的に持ち直したと聞く。

(善春の神楽、悔しいけど綺麗なんだよな)

祖父いわく、善春の神楽の所在は、曾祖父善逸に似ているらしい。
(じいちゃんが言うんだから、似てるんだろーな)
しかし、神楽と呼称がつくが、演目の型はまるで武術の、剣の型なのだが。
しかも、雷の神楽だけ演目ごとに、鞘に刀身を納刀する。
一旦、演目が途切れるのだ。
(雷の神楽・霹靂一閃できないと、次できないんだからなぁ)
霹靂一閃が全ての神楽の基本なのだ。

祖父は、曾祖父から弐の神楽から陸の神楽まで見せてもらい、それらを見事に会得し、曾祖父をギャン泣きさせるほど喜ばせたらしいが。

もっとも、祖父をして大変だったと言わしめたのが、霹靂一閃の派生だ。

通常の霹靂一閃に加え、《霹靂一閃・六連》《霹靂一閃・八連》《霹靂一閃・神速》と壱の神楽からこれだけ派生しているのだ。
(まあ、神楽の修行面白いからいーんだけど)
祖父が修得できなかったという神楽があった。

曾祖父だけの神楽。

漆の神楽《火雷神ほのいかづちのかみ
見せてもらったが、速すぎて見えなかったという。
(壱の神楽を極め抜いたら、俺にもできるかな)ぼんやり考えながら、善照は卵サラダを平らげる。
原理は壱の神楽だ。全ての雷の神楽の基本。

神楽の呼吸を脚に集中させ、一気に踏み込むのだろうが、《霹靂一閃・神速》より更に脚力に神経を集中させないと、《火雷神》はできない。
(神速を超える速さ…曾じいちゃんてすごい人だったんだな)
神速のあの速さ、善照は出来るがそれを超える速さとなると下手な踏み込みは脚を失いかねない。

善春も、壱の神楽は全てできる。
流石は血縁である。
(正しい呼吸法ができてたら、体が弱くても神楽はできるって、炭彦言ってたな)
カナタと炭彦の、曾曾祖父の炭治郎が、そう竈門家に伝え残しているらしい。

(だけど、どんな神楽よ?呼吸の仕方で体弱くてもできるって)
実際、善春は倒れずに最後まで神楽をやりきっている。
神楽の奉納は、神社で本家が納めて、分家はある山の中で神楽を舞う。
(なんで、昔の竈門家の家で舞うんだろ)
竈門家は元々とある山の中に家を立てて住んでいた。
本家は都心に降りたが、分家がそこを守っている。

「ちょっと善照!いつまでぼーっとしてるの?春休みだからって、だらけるんじゃないの!お皿洗うの手伝って」
燈子の声に現実に戻された。
「分かってるよ」
いつの間にか全員朝食が終わっていた。
のそりと立つとキッチンに向かう。
「そういや、善春の転入先ってどこなの?母さん」
妹達を見る母に聞く。
「産屋敷学園よ。燈子と喜照と同じ高等部」「え……」
「そうなの!?」
固まる善照とは逆に、燈子が食い付いてきた。
「なんだ姉ちゃん、そこは知らなかったのかよ」
と意地悪く笑う。無言ですごまれたが。
「炭継くんが転入で、炭治くんは高等部に進学ですって」
「は?あいつらも?」
「ちょっと!炭継くんと炭治の事、あいつら呼ばわりしない!!」
善照を一喝し、すぐ母に聞く。
「母さん、すごい偶然ね!竈門家と我妻家の分家どうしがこっち来るなんて」
「姉ちゃんは、炭継に会いたいだけだろ。カナタにチクってやろ」
「あんた、タダで済むと思わないでよ?」
「……ごめんなさい……」

燈子は我妻家の系統が強く出たのか、イケメン好きな傾向がある。
本人は、竈門家長男カナタに熱をあげている様子だが。
カナタも腹立つくらいのイケメンである。
「炭継くん達も、お父さんのお仕事の関係なんですって」
(春は移動の時期とは言うけど、こうも4月に異動が被るってあるのかなぁ)

会社の事情は、会社にしかわからない。

ちなみに、何故善照がここまで難色を示しているかというと、竈門炭継と我妻善春が揃って色男だ、というだけの話。

別に、身内付き合いが苦手とかではなく、ただそれだけだ。
(炭継も勉強できるし、色男だし、運動神経いいし、俺の敵だよ)
しかも同い年。

「あんた顔すごいけど、言いたいことあれば言えば?」
「……炭継も善春も余裕で、4月から登校するんじゃない?どっちも頭良いんでしょ?」
「ひがみ全開で悔しいなら、真面目に勉強しなさいよ。あんたが産屋敷学園入れたの、誰のおかげよ?」
「……姉ちゃんです」
高校進学もギリなくらい善照は、勉強がヤバかった。

連日連夜、燈子が付きっきりになったおかげで、産屋敷学園高等部に進学できたのだ。「まあ、どっちもしっかりしてるから、大丈夫とは思うけど、善春くんは体調しだいかしらねぇ」
と、母。
「善貴くんが、単身赴任になるにしてもこっちに引っ越すにしても善春くんの環境はがらっと変わってしまうから、考えたんでしょ」「あたし、善春くんのサポートしてあげたいな」
「姉ちゃんは、カナタに良いとこ見せたいだけだろ」
「なんですって?」
「……ごめんなさい」
善照は洗い物をさっさと片付けると、居心地が悪くてダイニングをあとにした。

「善春……なぁ」
部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
記憶にあるのは、小柄で白い顔をしてとても大人しくて儚いはかな善春だ。

しかし、善春の雷の神楽を一度だけ見た事があったが、まるで別人のように、雰囲気が変わる。

祖父いわく、善照も雷の神楽に入るとがらっと変わるという。さっぱりわからないが。
善春の眼光の鋭さ、覇気、まるで研ぎ澄まされた刃のようだった。
ただ、あの日は神楽をやりきってから、昏倒してしまったが。

祖父いわく、善照の神楽は長身とがっちりした体格もあり、剣舞は力強く、善春は体格は小柄だが、しなやかで鋭い。
それぞれの特徴があるらしい。
雷の神楽に重要な呼吸と、神速の踏み込みができていることが、肝要との事だ。
「神楽っていうより、やっぱり剣術っぽいよなぁ」
善照は、カレンダーを見た。
奇跡の高等入学からあっという間に一年が過ぎ、今年も奉納神楽を行った。
産屋敷神社で善春と顔合わせしたが、
「んだよ……輪をかけて色男になりやがって!」
相変わらず色白の顔で、儚げで、なのに存在感はちゃんとある。
「器用過ぎるでしょ!我妻の系統って何なの!」
「ちょっと善照!うるさいわよ!!」
むちゃくちゃ、燈子に怒られた。



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