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時は流れて

宇髄天陽うずいてお

彼は体操選手で有名な宇髄天満うずいてんまんの従兄弟だ。
様々な試合で優勝を総なめにする従兄弟の天満を、オリンピック金メダル候補とテレビも雑誌も書き立てている。

天陽ておも小さい頃からスポーツ万能で、高い身体能力があり、助っ人で野球やサッカー等協力を頼まれていた。

体を動かすことは嫌いではないが、どちらかというと、絵や音楽の方が好みだった。
天満が頭角を出し始めると、周囲は天陽ておにも期待を勝手にし出す。

中学の時は、拝み倒されてバスケット部に所属した。
その事も周囲が期待し出す原因でもあった。乗り気しない部活だったが、やるからには手抜きはしなかった。

彼の能力を評価するバスケットの名門高校が次々と特待生として誘致してきたが、全て断った。
自分に嘘をついて、本当にやりたい事を見失う方が嫌だった。
高校進学の岐路が差し迫ったある日、両親が仕事の関係で海外へ移動になった。
両親は天陽ておにも一、緒に移住を持ちかけたが、天陽ておは日本に残る事を選んだ。
天陽ておの家系は、先祖天元の嫁三人のうちの三人目須磨の末裔だった。

なんだかんだで、付き合いの深い二番目の嫁のまきおの末裔が、後見人として天陽ておを見てくれるという事で話をまとめ、現在天陽ておはマンションに1人暮らししている。

その日は人の出入りが多かった。
引っ越し業者と、依頼した家族達が隣で荷物の搬入でバタバタしていた。
やがて、引っ越しの荷物の搬入が全て完了し、業者も引き上げた翌日、隣人が挨拶にやって来た。

「昨日隣に引っ越して来た我妻と申します」
優しげな母親と、隣には色白な小柄で華奢な体つきの少年が挨拶に来た。
二人とも、天陽ておの高い身長と大きい図体に一瞬びっくりした様子だった。
「息子の善春よしはるです」
「我妻善春です。よろしくお願いします」
母親に促された少年はおどおどしながらも、自己紹介してきた。

「(女みてぇな奴、体も細いな)……宇髄天陽うずいておです。よろしく……」
「あのお父様か、お母様は今日はご不在かしら?ご挨拶したいのですが」
「……あぁ、両親は海外に仕事で移動したんで、俺1人ですけど」
しれっと天陽ておは告げた。
「まぁ!」
「親族が後見人についてるんで問題ないです。両親からも生活費は振り込まれるし」
我妻の母親は随分驚いているようだ。
図体が大きいとはいえ、子供の1人暮らしだ。
(飯食いに来いとか言ってくるんじゃねーだろうな)
勝手に哀れまれるのがうっとおしい。
「すごいわね、1人で日本に残るの決められたの?」
そう思っていた所に、予想外の言葉が来て、天陽は一瞬ぽかんとした。
「なかなかできる事じゃないですねぇ、しっかりしてらっしゃるのね。ねぇ、善春」
「う、うん」
「あの、もういいですか?」
話が長引いてきそうで、天陽ておは挨拶を切り上げたかった。
「あ、ごめんなさい、長々と……失礼します」
母親は頭を下げると、善春とやらを連れて更に隣に挨拶に去って行った。

「何か、苦手な感じだな」
ドアを閉め、天陽は息を吐いた。
「我妻善春……ねぇ」

小さい頃からよく見る夢に出て来る剣士にどことなく、似ている……気がする。
夢の中の剣士は、色白で儚げで華奢な体をしていて、体が弱いのに、剣を抜くと鳥肌が立つほど強かった。
夢の終わりはいつも最悪で、彼が泣いているのだ。
ー死ぬのは、貴方じゃないのにー
そう言って、綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくって。

「……いいんだよ……俺は。俺の人生を全うしたんだからさ」
後悔しないよう全力で生きて、そして死んだ。
強敵と戦って相討ちに持ち込んだ。万々歳だった。

ーあんたに最後の頼みだ。泣くより、俺の生きざまをちゃんと見届けてくれよ……ー

夢の終わりの言葉は、いつもこれだった。
残される方は辛いだろう。
結局、自己満足でしかないのかも知れない。

生きざまを語ろうが何だろうが、残される方がその後をどう生きるかなんて、分からない。
「って……ただの夢だっての」
自分自身に苦笑いした。

〓〓〓〓〓〓〓〓

時期はやがて、新学期を迎えた。

天陽ておは、産屋敷学園の高等部の制服を着て宇髄家の後見人と入学式を滞りなく済ませた。

「そういや、あいついなかったな」
天陽は高い身長とイケメンな容姿から、さっそく女子達に騒がれていた。
同じくらい目立ちそうな我妻善春の姿が、入学式になかった。

後々知ったが、入学式に間に合わず、体調も崩してしまったとかで、学校を休んでいるとの事だった。

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スポーツの部活は、バスケット部の勧誘も何も全て断り美術部に入部した。
絵を描くのが好きだったから、周りがとやかく言おうが構わなかった。
入部した美術部には、「我妻義照あがつまよしてる」という先輩がいた。
我妻善春の親族らしい。
髪のくせは遺伝なのか、善春とそっくりだ。
ただ、不機嫌そうに見える表情さえしなければ、それなりに良い顔立ちなのだが。
体格も上背があり、武術をしているのか、がっちりした体格をしている。

ついつい相手を分析している自分がいて、癖はなかなか抜けないモノだと、自分の中でやれやれになる。
「宇髄くん、それって人物画?」
下書きをしていると、クラスメートの女子部員がもう寄ってきた。
「……見りゃ分かるだろ」
そっけなく返し、下書きを進める。
「モデルもいないのに描くって、あの画家みたい」
「(……人物画「珠世」を描く愈史郎か)……別に、その人を真似てる分けでもないけど」

記憶にそれはやたら鮮明に焼き付いていて、まるで知っているかのように手が動く。
夢の中の彼の髪は長かった。高く結っても、毛先が腰に届くぐらいだった。
体が弱いせいで弟が家督を継ぎ、家では疎まれていたと聞いていた。

長男だが、側室の子で、弟は正室の子で、武家の待ちに待った男子だったとか……。
「めんどくさい世の中だなぁ……」
側室の子で生まれてしかし体が弱いせいで、誰の期待にも応えられない。
弟は歩み寄ろうとしたが、周りが許さなかったらしい。
やがて彼は、あらぬことをでっち上げられて、家を追い出されてしまう仕打ちを受けた。
母親共々、寺に押し込められ生涯を終えるのだったという。
「そこに、猟奇殺人……」
寺は襲われ、人はほとんど殺されてしまった。
母親も付き人も、皆殺られたと。
「……俺は、そこに、いた」
荒れた寺で、彼は寺が自警の為に備えていた刀で抵抗していた。
動きは悪くなかったが、息は上がり全身汗も酷く、そんな体でよく生きていたと感心した。
あの夢の中では、辛うじて彼を守っていた。
「何で夢のくせに、こんなリアルに覚えてんだろうな」
隣でクラスメートの女子がなにやら言っているが、自分の世界に入った天陽には聞こえない。
「俺は、お前がいた証を残してやりたいのかもな……」

彼はいつも、寂しそうにしていた。
儲けにもならない見限られた家の嫡男の護衛として一族から向かわされた。
勿論、ある命令があったからだ。

敷地内で見た彼は、吹く風に拐われるんじゃないかと思うぐらい儚かった。

「貴方は絵が上手ですね」
ある日気紛れで描いた桔梗の絵を見せると、彼は顔を綻ばせた。
「……父上の命令でしょう?……折りを見て私を討てと」
言われて、訓練で感情は殺したはずなのに、異の底が妙に冷えた。
彼の頬を涙が伝っていた。
「私はあの時、人喰いに殺められていれば良かったのでしょう……でも、私は……生きたかった」
妙な人喰いだった。
毒を打ち込んでも、急所を突いても斬っても死なない。それどころか、傷は癒えて立ち向かって来る。
「こんなに綺麗な絵が描けるのに、貴方は自分を殺して生きている……絵は貴方の心は雲ってないのに……こんなにも悲しい絵は、見たことがありません」
桔梗の絵に、涙が落ちて、桔梗の藍色の色を滲ませた。
あの人喰いは、不意に現れた妙な剣客に斬られた。
頚に一閃。雷鳴を残す閃光の一撃。
「私が助けたのはただ一度、なのにあの剣客は来てくれました」
重症を追って動けなくなっていた剣客を保護したと話してくれた。
寺の離れの庵で手当てをした。全快して立ち去る時その剣客は言った。
「恩は必ず返す」と。
「私の体が健やかであったなら、ついて行きたかった……人喰いと戦う道であってもあの人について剣を学ぶ事が私の道だと、心は確信していたのに」
彼はぼろぼろと泣き出した。
「寺は壊滅……母上も守れなかった。なのに私は自分だけ生き延びました。嫡男の務めも果たせないのに……」
剣客は、彼に言っていた。生き延びた事には意味があると。
「私に、どんな意味があるのでしょうか……確信の道も歩めず、嫡男としての使命も果たせないのに」
自分を振り仰いだ彼は、儚かった。
「私を殺しなさい……父上の命令を遂行して、帰りなさい」
桔梗の絵を掻き抱いて、彼は言った。
「この絵はとても嬉しかった、ありがとう」
一族の命令に従い、その世界で生きて来て何故だか、くないを喉に突き立てられなかった。
「そんな絵なら、いくらだって描いてやるよ。あんたのお守りは暇すぎるんでな」
主従関係なんてどうでもよくなった。
「あんたの親父からの命令は、あんたの保護だ。跡取りに何かあった時の、備え扱いでも、生きろ」
「……天……」
彼がよろめいた。それを難なく、腕に抱え込んだ。
「あんまり思い詰めるからだ」
「……て、ん……」
「熱出てんじゃねーか、まったく」
あっさり抱き上げ、庵に向かう。
「あんたの生きざまは、俺が見届ける。だから、せいぜい長生きしろ」
変な感覚だった。
彼に、気紛れの絵を褒められただけだったのに。次には何を描こうとか思ったのは。
彼は、跡取りに何かあった時の繋ぎ。
言い方が悪いと種馬扱いだ。
跡取りに何かなければ、家の騒動になる前に命令を遂行する。
「分かりました……」
腕の中で、熱でとろんとした目が笑った。
「後で、苦い薬持って来てやる」
「……ほどほどに苦いのが、所望です」
「ふん、熱ある割には余裕あるじゃん」
お互いに笑いあった。


かん!という音に、天陽ておは我に返った。
「よー、お帰り。随分遠くまで行ってたね」
顔を上げると、我妻善照が椅子の背もたれにもたれ掛かって、睨んでいた。
「可愛い娘の話をガン無視しまくって、空想の人物画に打ち込んでくれてさー……あの娘怒って帰りましたよ?」
「……あっそうすか」
淡白に返事をして、天陽は落とした道具を拾い上げた。
「我妻先輩、それを言うためにずっといたんスか?」
「あのなー、あんたがイケメンとかそんなん抜きにして、人の話を無視とか対人関係からしてよろしくないんですけど!?」
「向こうが一方的に話しかけて来てただけだし、部活と関係ない話ばっかりだし、そんな奴相手する気ないんで」
「んだよ、しっかり聞いてんのかよ」
「我妻先輩、お疲れ様でした」
さっさと片付けると、美術室を後にした。

「俺に寄って来るのは、俺が天満の親族だからだろ。どいつもこいつも、ウゼえんだよ」天満は試合であちこち移動している。
こっちからコンタクトをとる気もないし、頼まれてもサインとか頼む気もない。
不機嫌な顔をしたまま、天陽ておは学校を後にした。

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