たからもの、一つだけ。
派手に遊んだ時期もあるし、プライベートで華やかな世界の人間と付き合ったこともあるから、店選びには困らなかった。
あまり張り切った店でもおかしいかと、普通の会社員が同僚と行きそうなイタリアンに落ち着いた。夕方ビルの前で待ち合わせて、タクシーに乗せてやってくる。高層階でも個室でもないが、涼本は宇美原のチョイスに喜んでくれた。案内された窓際の席で、広い窓から庭が見えるように宇美原が窓側の席に座ってやる。
「あ、おいしい」
「だな」
「急だったのに、こんないい店を予約してくれるなんて、宇美原さんは凄いですね。俺、昼は定食屋で夜は自炊の生活だから、こんな贅沢なものを食べるのは久しぶりです」
モッツァレラチーズを使ったカプレーゼに綺麗にフォークを使いながら、涼本は気取りなく言った。
「自炊って、作るのは嫁じゃないのか?」
宇美原も食事を進めながらさりげなく聞いてみる。弁護士になる前から誘導尋問は得意だった。だが飲ませればいくらでも語ってくれそうだと思っていた涼本は意外にアルコールに強い。前菜に合わせた白ワイン程度でどうにかなったりはしないらしい。
「うちでは料理担当は俺なんです。妻は外食が多いから、大抵は一人分作れば済むんですけど。彼女がいる日も、仕事で疲れた日はお惣菜を出しても文句は言われないし、特に苦労はありません」
「まぁ、今は色々な夫婦がいるからな」
物分かりのいいフリをしながら、内心、そんな穏やかな夫婦ではないだろうと突っ込んでいた。
昼食の礼だと言って木川がくれた情報によれば、彼の妻今日花は毎日のように色々な男と飲み歩いていた。その中の一人は本命で、朝帰りも一度や二度ではない。いくらお人よしの涼本でも、何も気づいていないということはないだろう。何故そんなに穏やかにしていられるのだと、このまま聞いてやりたくなる。
今日花は実家からかなりの財産を受け取っているが、涼本は全く頼っていない。それも調査済みだ。
「宇美原さん、意外に甘いものが好きなんですね」
話しながら策略を巡らせていて、デザートのタルトにフォークを入れたところで逆に突っ込まれた。
「別に好きってほどじゃないけど、マナーだろ?」
イタリアンではコースメニューから一品ずつオーダーするのがルールだし、シェアは好まれない。デザートを断るのも面倒で涼本と同じものを頼んで食べているだけだ。好んでは食べないが、別に甘いものが食べられない訳ではない。
「もしかして俺に合わせてくれました? 本当はアフォガードの方がよかったんじゃないですか?」
「あんな甘いんだか苦いんだか熱いんだか冷たいんだか分からない食べものは嫌いだ」
素直に返せば、目の前の彼が口元に手をやって笑った。子どもみたいに邪気のない顔。そんな彼に大人の遊びをさせてやるつもりで誘った筈が、何故デザートの話をしているのだろうと自分に呆れてしまう。それでも久しぶりに肩の力の抜けたような時間が心地よくて、手放したくなくなってしまう。
なんでもない会話を続けて、追加のワインがなくなった頃漸く席を立った。支払いを済ませてまた二人でタクシーに乗り込む。
「あの、宇美原さん」
さて、次はどう誘おうかと考えていたところで、隣の彼に控えめに声を掛けられた。
「迷惑でなければ少し出させてくれませんか?」
財布を出されて、どうやらレストランの支払いの話をしているらしいと知る。誰かと食事をしてそんなことを言われるのは初めてだ。
「この間の礼と言っただろ?」
「でも、ギフトカードって嘘ですよね。思ったよりいいお店だったし」
頼りなさげに見えて、彼は鋭い観察眼を持っていた。ギフトカードを貰ったという設定を忘れて普通にカードで支払いをしていた自分の方が、だいぶ浮かれてぼんやりしていたようだ。
「会社員に金を出させるほど落ちぶれてはいない」
ついそんな言い方をしてしまって、すぐに失言に気づいた。
「あ、えっと、すみません。そんなつもりじゃ」
「いや、悪い。会社員が悪いと言いたいんじゃないんだ。ただ、今日は本当にこの間の礼がしたかったから」
女遊びをしていた頃さえご機嫌取りなどしたことがなかった。それが平凡な会社員相手に何を必死になっているのだろうと、また自分が分からなくなる。
「じゃあ、金はいいから、仕事の参考に一つ答えてくれないか?」
あまり張り切った店でもおかしいかと、普通の会社員が同僚と行きそうなイタリアンに落ち着いた。夕方ビルの前で待ち合わせて、タクシーに乗せてやってくる。高層階でも個室でもないが、涼本は宇美原のチョイスに喜んでくれた。案内された窓際の席で、広い窓から庭が見えるように宇美原が窓側の席に座ってやる。
「あ、おいしい」
「だな」
「急だったのに、こんないい店を予約してくれるなんて、宇美原さんは凄いですね。俺、昼は定食屋で夜は自炊の生活だから、こんな贅沢なものを食べるのは久しぶりです」
モッツァレラチーズを使ったカプレーゼに綺麗にフォークを使いながら、涼本は気取りなく言った。
「自炊って、作るのは嫁じゃないのか?」
宇美原も食事を進めながらさりげなく聞いてみる。弁護士になる前から誘導尋問は得意だった。だが飲ませればいくらでも語ってくれそうだと思っていた涼本は意外にアルコールに強い。前菜に合わせた白ワイン程度でどうにかなったりはしないらしい。
「うちでは料理担当は俺なんです。妻は外食が多いから、大抵は一人分作れば済むんですけど。彼女がいる日も、仕事で疲れた日はお惣菜を出しても文句は言われないし、特に苦労はありません」
「まぁ、今は色々な夫婦がいるからな」
物分かりのいいフリをしながら、内心、そんな穏やかな夫婦ではないだろうと突っ込んでいた。
昼食の礼だと言って木川がくれた情報によれば、彼の妻今日花は毎日のように色々な男と飲み歩いていた。その中の一人は本命で、朝帰りも一度や二度ではない。いくらお人よしの涼本でも、何も気づいていないということはないだろう。何故そんなに穏やかにしていられるのだと、このまま聞いてやりたくなる。
今日花は実家からかなりの財産を受け取っているが、涼本は全く頼っていない。それも調査済みだ。
「宇美原さん、意外に甘いものが好きなんですね」
話しながら策略を巡らせていて、デザートのタルトにフォークを入れたところで逆に突っ込まれた。
「別に好きってほどじゃないけど、マナーだろ?」
イタリアンではコースメニューから一品ずつオーダーするのがルールだし、シェアは好まれない。デザートを断るのも面倒で涼本と同じものを頼んで食べているだけだ。好んでは食べないが、別に甘いものが食べられない訳ではない。
「もしかして俺に合わせてくれました? 本当はアフォガードの方がよかったんじゃないですか?」
「あんな甘いんだか苦いんだか熱いんだか冷たいんだか分からない食べものは嫌いだ」
素直に返せば、目の前の彼が口元に手をやって笑った。子どもみたいに邪気のない顔。そんな彼に大人の遊びをさせてやるつもりで誘った筈が、何故デザートの話をしているのだろうと自分に呆れてしまう。それでも久しぶりに肩の力の抜けたような時間が心地よくて、手放したくなくなってしまう。
なんでもない会話を続けて、追加のワインがなくなった頃漸く席を立った。支払いを済ませてまた二人でタクシーに乗り込む。
「あの、宇美原さん」
さて、次はどう誘おうかと考えていたところで、隣の彼に控えめに声を掛けられた。
「迷惑でなければ少し出させてくれませんか?」
財布を出されて、どうやらレストランの支払いの話をしているらしいと知る。誰かと食事をしてそんなことを言われるのは初めてだ。
「この間の礼と言っただろ?」
「でも、ギフトカードって嘘ですよね。思ったよりいいお店だったし」
頼りなさげに見えて、彼は鋭い観察眼を持っていた。ギフトカードを貰ったという設定を忘れて普通にカードで支払いをしていた自分の方が、だいぶ浮かれてぼんやりしていたようだ。
「会社員に金を出させるほど落ちぶれてはいない」
ついそんな言い方をしてしまって、すぐに失言に気づいた。
「あ、えっと、すみません。そんなつもりじゃ」
「いや、悪い。会社員が悪いと言いたいんじゃないんだ。ただ、今日は本当にこの間の礼がしたかったから」
女遊びをしていた頃さえご機嫌取りなどしたことがなかった。それが平凡な会社員相手に何を必死になっているのだろうと、また自分が分からなくなる。
「じゃあ、金はいいから、仕事の参考に一つ答えてくれないか?」