たからもの、一つだけ。
慌てて部屋を出てリビングと一続きになっているキッチンに向かえば、そこにぺたんと座る彼が途方に暮れていた。
「……ごめん。左手が上手く動かなくて」
どうやら鍋ごと落として中身をダメにしてしまったらしい。宇美原に叱られるのを恐れる子どものように俯く彼にふっと息を吐いて、自分も床に膝をついて彼の顔を覗き込む。
「怪我はないか?」
頬に触れれば彼の身体が一度びくりと震えた。
「ごめん。ご飯ダメにしちゃって」
「矢名」
「俺、紀人さんに迷惑を掛けてばっかりで」
いつもの泣き笑いの顔かと思えば、その日はその顔がぱりんと壊れて、彼が本当に泣き出してしまった。
「迷惑だなんて思っていない。俺はお前さえ傍にいればそれでいいんだ」
抱きしめて言葉を尽くしながら、自分のことばかりで彼の気持ちを考えてやれなかったことを猛省する。不自由な手で慣れない場所で、彼はそれでも弱音を吐かなかった。だが内心どれだけ不安だっただろうと今更気がつく。宇美原には初めから何もなかった。けれど涼本は違う。普通の生活も仕事も何もかも捨ててついてきてくれた。その彼を護ってやれるのは自分しかいないと、改めてその事実に気づかされる。
「ごめん。矢名の腕を治してやりたくて勉強ばかりしていた。それで矢名を大事にできなくなったら本末転倒だな」
髪を撫でながらゆっくりと告げれば、とりあえず宇美原に嫌われてはいないと分かったのだろう。彼がぎゅっと身体を寄せてくれる。
「矢名。俺は大事なことを間違っていた。クールなフリをして、そうなりきれていなかった。でももう、この辺りで決着をつけようと思う」
「紀人さん?」
「もう矢名にこんな不自由な生活はさせない。二人で前いたところに戻って、俺のマンションで仲よく暮らそう?」
「紀人さん、一体……」
顔を上げた彼にそれ以上問われないうちに、唇を塞いで強く抱きしめてやった。不自由な手でシャツを握る彼がどうしようもなく愛おしくて、もうこの気持ちは変わらないと確信する。
「好きだ、矢名」
「……うん。俺も」
涼本は何も聞かなかった。
鍋の中身を片付けたあとの夕食は、穏やかで、ここ数日で一番幸せなものになる。
緩く彼を抱いて眠った。久しぶりにクリアになった思考で、彼との未来を思い描く。
「もっと早くそうしていればよかったんだ」
眠る彼の顔を見つめながら、ぽつりと零れた。
「……ごめん。左手が上手く動かなくて」
どうやら鍋ごと落として中身をダメにしてしまったらしい。宇美原に叱られるのを恐れる子どものように俯く彼にふっと息を吐いて、自分も床に膝をついて彼の顔を覗き込む。
「怪我はないか?」
頬に触れれば彼の身体が一度びくりと震えた。
「ごめん。ご飯ダメにしちゃって」
「矢名」
「俺、紀人さんに迷惑を掛けてばっかりで」
いつもの泣き笑いの顔かと思えば、その日はその顔がぱりんと壊れて、彼が本当に泣き出してしまった。
「迷惑だなんて思っていない。俺はお前さえ傍にいればそれでいいんだ」
抱きしめて言葉を尽くしながら、自分のことばかりで彼の気持ちを考えてやれなかったことを猛省する。不自由な手で慣れない場所で、彼はそれでも弱音を吐かなかった。だが内心どれだけ不安だっただろうと今更気がつく。宇美原には初めから何もなかった。けれど涼本は違う。普通の生活も仕事も何もかも捨ててついてきてくれた。その彼を護ってやれるのは自分しかいないと、改めてその事実に気づかされる。
「ごめん。矢名の腕を治してやりたくて勉強ばかりしていた。それで矢名を大事にできなくなったら本末転倒だな」
髪を撫でながらゆっくりと告げれば、とりあえず宇美原に嫌われてはいないと分かったのだろう。彼がぎゅっと身体を寄せてくれる。
「矢名。俺は大事なことを間違っていた。クールなフリをして、そうなりきれていなかった。でももう、この辺りで決着をつけようと思う」
「紀人さん?」
「もう矢名にこんな不自由な生活はさせない。二人で前いたところに戻って、俺のマンションで仲よく暮らそう?」
「紀人さん、一体……」
顔を上げた彼にそれ以上問われないうちに、唇を塞いで強く抱きしめてやった。不自由な手でシャツを握る彼がどうしようもなく愛おしくて、もうこの気持ちは変わらないと確信する。
「好きだ、矢名」
「……うん。俺も」
涼本は何も聞かなかった。
鍋の中身を片付けたあとの夕食は、穏やかで、ここ数日で一番幸せなものになる。
緩く彼を抱いて眠った。久しぶりにクリアになった思考で、彼との未来を思い描く。
「もっと早くそうしていればよかったんだ」
眠る彼の顔を見つめながら、ぽつりと零れた。