たからもの、一つだけ。

「命に別状はありません。熱も下がりましたし、傷も半年もすれば目立たなくなるでしょう」
 コンクリートの平屋だった。やけに頑丈そうな建物の中で、一応白衣を着た男が涼本の処置をして、白いシーツを掛けてくれる。
「そうか。よかった」
「しばらく貧血が続くでしょうから、栄養のあるものを食べさせて、安静にさせてあげてください」
「ああ」
 闇医者にしては若くてまともに見える男だった。木川のくれた情報は確実で、彼は高額の治療費を払えば患者の事情は一切聞かずに処置を引き受ける主義らしい。警察に通報もしないという。
「矢名……」
 涼本は点滴を受けて眠っていた。さっきよりは顔色が戻っている。可能なら朝までここで休ませてやりたいが、帰れと言われるだろうか。治療費の倍払えば許してくれるだろうか。
「命に別状がないのは間違いないのですが」
 ベッドの涼本を見つめる宇美原に、隣で点滴の調整をしていた彼が、点滴パックに目を遣ったまま淡々と言った。さっきので病状説明は終わりではなかったのかと心で毒づきながら、ゆっくり彼の方へと視線を移す。
「残念なことが一つあります」
 まるで悪いことは最後まで取っておきましたというような言い方に、嫌な予感が募っていく。
「……なんだ?」
 問えば漸く彼も宇美原へと顔を向けた。
「左腕に麻痺が残ります。実際に不自由になるのは指先でしょうけど。設備の整った病院で検査をしてもらわないと分かりませんが、これまでのようには使えなくなるでしょうね」
 麻痺という言葉に頭が真っ白になる。
「治らないのか?」
「ええ。九割方治らないでしょうね」
「……そうか」
 言葉の意味は理解していくのに、心が受け入れてくれなかった。この自分が、一番大切な人間を護れなかった。その事実に胸を掻きむしりたくなる。どこまで時間を戻せば、怪我をしていない彼が戻ってくるだろうと、そんなおかしなことまで考える。
「治療費の他に入院費を払ってくれるなら、朝までいて構いませんが」
「ああ。そうさせてくれ」
 何かを考える気力がなくて、財布にあった現金を全て彼に手渡した。金額が多かったのか首を傾げる仕草を見せるが、そんなことに構っていられない。ただ涼本だけを見ていたい。
「あなたも少し寝た方がいいですよ。その辺の簡易ベッドを使っていいですから。じゃあ、何かあったら呼んでください」
 そう言って、腕はいいのに少し喜怒哀楽のおかしな闇医者は去っていった。
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