たからもの、一つだけ。

「平気」
 涼本は怖いほど落ち着いていた。傷口を綺麗にして消毒する。すぐにガーゼに血が染みていく。仕方がないので新しいガーゼで覆って、寒くないように自分の上着を掛けてやる。身体の小さな彼は、すっぽりと宇美原のシャツに収まってしまう。
「車まで歩けるか?」
「うん。大丈夫」
 傷のせいか熱を持ち始める身体を支えて、マンションの地下駐車場へと向かった。助手席で毛布を掛けてやれば、彼が擽ったそうに笑う。
「着くまで寝ていろ。その方が身体が楽だろ?」
「別にもう痛くないから平気だよ」
「じゃあ、病院まで大人しくしていろ」
 少し考えて、木川が調べてくれた闇医者に行くことにした。この怪我で普通の病院に行けば、警察に通報される可能性がある。そこから御簾今日花に情報が流れることは避けたかった。
「何があった?」
 彼が眠らないから、病院に向かう間に聞くことにする。田舎なりに住宅が立ち並んでいる地域を過ぎて、車はひっそりとした夜道に入っていく。そのうち舗装も雑になって、でこぼこ路で車が小さく跳ねる。涼本の身体が痛まないように慎重に車を走らせる。
「今日花が来たんだ」
 予想通りのことを彼は言った。
「なんだか強そうな男の人と、とても頭のよさそうな男の人を連れてね」
 別れた涼本に何故そこまで執着するのか分からないが、彼女は金だけでなく優秀な部下とかなりのコネを持っていた。金で情報を売ってくれるような警察関係者か、逆に暴力団関係者か、とにかく欲しい情報は得て、満足するまで突き進む。そして何をしても罪にはならない。
「車に連れ込まれそうになって、もう逃げられないって思った。宇美原さんと離れるのは嫌だと思って、お守り代わりに持っていたナイフで今日花を刺してやろうと思ったんだけど、それだと弱みを握られて不利になるでしょう? だから、自分を刺してみた」
 どう聞いても笑える状況ではないのに、涼本は笑いながら言う。
「帰ってくれないともっと深く刺すって言ったら、一度引いてくれたんだ。多分あと数日は現れないと思うから、その間に次の対策をお願いできるかな? いつも紀人さんに頼んで申し訳ないけど」
 言いながら、涼本の目蓋が落ちていく。
「矢名」
「俺、自分にこんなことができるなんて思わなかった。本当に好きな人のためなら、結構なんでもできるんだね」
「矢名、もう喋るな。身体に障る」
 顔色をなくしていく彼に、堪らずそう返してしまう。
「紀人さん。俺ね……」
「矢名!」
 慌てて車を止めたタイミングで、彼が意識を落とした。
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