たからもの、一つだけ。

 一週間で諸々の手続きと支度を済ませ、涼本と二人で北に向かった。
 区画整理や市町村統合のタイミングで役所が正式な手続きを遅らせ、国土交通省のホームページでも最新の住所が確認できない地域というものがある。免許証を使う本人確認でさえ、新旧どちらの住所でも構いませんよと言われるような大らかな場所。そこに越せば簡単に探されることはないと、以前から目星はつけていた。
 住む場所もすぐに見つかり、涼本との新しい生活が始まる。選んだのは鉄筋コンクリートの低層マンションで、地方都市では意外なほどセキュリティがしっかりしてしる。
「コンビニもスーパーも前住んでいたところと変わらないね。なんの不自由もなさそう」
「ネットで買いものもできるしな。娯楽が少ないのは退屈だろうけど」
 片付けの途中でコンビニのお握りを食べながら言えば、涼本が静かに笑って首を振る。
「俺は元から外で遊び回るタイプじゃないし、宇美原さんがいてくれれば充分」
「嬉しい言葉だな。これは夜に倍にして返してやらないと」
「もう、またそんなことを言う」
 他愛もないことを言って笑う時間が幸せだった。
 預貯金もあるし仕事の当てもあるから、涼本一人くらい護っていける。事務所も木川に任せておけば当面の心配はないだろう。現実的なことを考えてみても不安はない。
「……宇美原さん」
「なぁ。そろそろ紀人と呼んでくれないか」
 一日の活動を終えてベッドに収まれば、ごく自然に彼を求めてしまう。
「恥ずかしいって」
「今更なんだよ」
 彼が身を捩るようにして視線から逃れるから、ますます困らせてやりたくなる。耳元でねだれば、彼が眉を下げた困り顔を見せる。
 ここに来て、涼本の纏う空気は変わった。元から控えめで寂しげだったものに、この頃は男を惑わすような色気が混じる。花の香りに惑わされて花粉を運ぶ役目を負ってしまう蜂のように、宇美原は彼の魅力に惹かれている。不思議なのは、それなんの不満もないことだ。涼本が望むなら自分はなんだって叶えてやると、そう思ってしまう。
「恋人だろ?」
 耳朶に唇で触れれば、彼の身体が小さく震えた。
「……紀人、さん」
 漸く小さく声にされて、抑えが利かなくなる。
「矢名」
「や……、あ……っ」
 貫けば背を反らせた彼が高い声を上げる。その声に煽られて、激しく腰を打ちつけてしまう。
「矢名」
 吐き出して、彼にぴたりと身体を寄せてみても、身体の熱が収まってくれない。繋がったまま胸の尖りを摘まむようにすれば、彼の身体が震えて、宇美原の中心が締めつけられる。そうなればもう我慢が利かなくなって、また求めてしまう。
「紀人さん、好き」
 強く抱いてキスをして、その夜も溢れそうな気持ちを体現する時間を過ごすのだった。
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