たからもの、一つだけ。

 涼本の住まいが一旦空き部屋になったのはそういう事情だったらしい。御簾今日花の後ろには、秘書の他にやたら仕事の速い弁護士がついているのかもしれない。同業としてそんなことを思う。
「俺がローンを引き受けて、彼女に贈ってあげられたら格好よかったんですけど、流石にそんなお金はなくて」
「そんな必要はない」
 思わず強く返してしまった。
「お前が慰謝料を請求してもいい話だろう?」
「宇美原さんに頼めば、結構な金額を取ってくれそうですね」
 笑うところではないのに彼がまた笑う。知らない人間が見れば、笑う以外に感情はないのかと言われてしまいそうだが、宇美原には彼の胸の中にあるものが見えていた。哀しくて苦しくてどうしようもないと言っている。放っておけば、ぱりんと壊れて消えてしまいそうだ。
「お詫びとして俺にも単身用のマンションを買うと言ってくれたんですけど、一応俺にもプライドがありますから、それは辞退したんです。それなのに、部屋を決めて落ち着く前にこんなことになるなんて、情けないにも程がある」
「矢名」
 涼本は悪くないし情けなくもない。大変な目に遭って、それでも人を責めることなく生きている。体調くらい崩しても仕方ないのだ。
 それよりも、彼の話で気になったことを聞かずにはいられない。
「家を出て、入院するまではどこに住んでいたんだ?」
 問えば彼がまた恥じるように視線を下げる。
「職場に近いウィークリーマンションで仮住まいをしていました。とりあえず仕事に行かないといけないし、ウィークリーマンションなら敷金なんかがいらないので。元から俺の荷物なんてたいしてなかったし、すぐに新しい部屋を探すつもりだったんですけど」
 それを聞いて堪らない気持ちになった。今時はウィークリーマンションだって、そう環境は悪くない。だがやはり一般的な部屋より不便はあるだろう。治安の面でも不安がないとは言えない。退院後もすぐに身体の調子が戻る訳ではない。心の傷だってある。そんな彼に、少しでもいい部屋で身体を休めてほしい。
「退院したら、俺の部屋に来ないか?」
 考えるより先にそう言っていた。
「えっと、あの……」
 突然の提案に彼が戸惑いを見せる。
「矢名の部屋を用意する。部屋が余っているんだ」
 弱っている彼に対して卑怯だという自覚はあった。だがここで躊躇ってどうするという気持ちが勝る。傍にいたい。だがそれ以上に、彼を護ってやりたい。
「手は出さないと約束する。金も掛からないし、一人でいるよりいいだろ?」
「でも」
「嫌ならすぐに出ていけばいい。とにかく一度俺のところに来い」
 困ったように宇美原を見る彼に、考える隙を与えず畳み掛けた。
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