夕焼け色の道標
「慈が死ぬ気なんじゃないかと思って、本気で焦った」
駅で拾ってもらって、とりあえず向かったファミレスで快人がテーブルに突っ伏した。料理を待つ間に聞けば、夕方ネットに新太の熱愛報道が出て、慈に電話をしても繋がらない。職場の事務所に電話をしてみればもう退職したと言われて、何もかも捨てて自殺を考えているのではないかと思ったらしい。新太の記事が出るのは二、三日後だと思っていたが、どうやらネット版が先に出ていたようだ。
「すみません。名古屋に行っていたんです。彦音先生のお墓参りに行きたくなって」
「……そっか」
正直に言えば、身体を起こした彼が穏やかな表情に戻った。
「とりあえず遠出ができるほど元気ならよかったよ」
そう言って、程なく運ばれてきた料理を勧めてくれる。
「すみません、心配掛けて」
今更、機内モードで過ごしていたことが申し訳なくなった。自分が傷つかないことばかり考えていたが、そんな自分のせいで快人に無駄な苦労をさせてしまった。新太と離れることにしたのだし、今後はもっと広い視野で物事を考えられるようになりたい。それより先に快人にこれまでの恩を返したいが、一体自分はどうすればいいだろう。
「悪いと思うなら沢山食べろ。また少し痩せたみたいだし」
「……大丈夫。もうこれ以上は痩せないと思いますから」
そう言って食べ始めれば、色々と察したらしい彼も何も聞かずに食事を始めた。高カロリーそうなおかずを次々慈の皿に移そうとするのに、笑って抗議する。
「なぁ、慈」
他愛もない話をしながら食事をして、食後の焙じ茶の茶碗を置いたところで彼が言った。
「今から俺、一番卑怯なことを言うから」
「え?」
不敵な宣言に戸惑ううちに、彼がとんでもないことを告げる。
「二択にしよう。これから俺の家で暮らすか、もう一生俺に会わないか、どちらか選べ。慈の好きな方でいい」
「そんな」
なんだその二択はと思った。だが逃げるのは許さないというように、彼がテーブルの上で慈の手を掴んでしまう。
「一緒に暮らすのが嫌だと言うなら、俺は二度と慈の前に現れない。電話もラインも一切の連絡を絶つ。お前から連絡があっても応じない。それでもいいなら一人で暮らせばいい」
「快人さん……」
保育園の頃から慕っていた人間だ。彼を切ってしまうなんてできない。だがいくらなんでもそれは都合よすぎだ。そんなこちらの恐縮を読んだように、彼が目を細める。
「俺と一緒に暮らそう? 三階じゃなく俺と同じ場所で。今の部屋はあいつがいる事務所に近いから、居心地がいい訳じゃないだろ?」
「でも」
「俺と一生会えなくなってもいいのか?」
狡いと思った。もう彼に迷惑を掛けるのはよそうと思った気持ちを見透かすように、逃げ道を奪われてしまう。
「心苦しいって言うなら、俺が当直のときの家事をしてくれればいい。それなら俺も助かる。とりあえず環境を変えるのは悪くないだろ?」
彼は医師になるほど賢いのだ。こうなれば言葉で勝てないことは分かっている。
「もう知らないうちにお前が病気になっていたり、死ぬんじゃないかと思うなんて御免なんだ」
酷く辛そうに言われれば苦しくなる。
「一度一緒に暮らして、どうしても嫌なら出ていくのは止めない。だから今日はうんと言ってくれ」
本音を告げられて、胸にぎゅっと掴まれたような痛みが走った。
「……分かりました。でも家事をする他に少しでも家賃を払わせてください」
「ああ。譲歩するよ」
掴んでいた手を握手の形に変えて彼が微笑む。
やはり自分は幸せ者だ。その恩を返していけるように、もっとしっかりした人間になろう。まずは早く次の仕事を見つけなければ。
彼の手を控えめに握り返しながら、そう思った。
駅で拾ってもらって、とりあえず向かったファミレスで快人がテーブルに突っ伏した。料理を待つ間に聞けば、夕方ネットに新太の熱愛報道が出て、慈に電話をしても繋がらない。職場の事務所に電話をしてみればもう退職したと言われて、何もかも捨てて自殺を考えているのではないかと思ったらしい。新太の記事が出るのは二、三日後だと思っていたが、どうやらネット版が先に出ていたようだ。
「すみません。名古屋に行っていたんです。彦音先生のお墓参りに行きたくなって」
「……そっか」
正直に言えば、身体を起こした彼が穏やかな表情に戻った。
「とりあえず遠出ができるほど元気ならよかったよ」
そう言って、程なく運ばれてきた料理を勧めてくれる。
「すみません、心配掛けて」
今更、機内モードで過ごしていたことが申し訳なくなった。自分が傷つかないことばかり考えていたが、そんな自分のせいで快人に無駄な苦労をさせてしまった。新太と離れることにしたのだし、今後はもっと広い視野で物事を考えられるようになりたい。それより先に快人にこれまでの恩を返したいが、一体自分はどうすればいいだろう。
「悪いと思うなら沢山食べろ。また少し痩せたみたいだし」
「……大丈夫。もうこれ以上は痩せないと思いますから」
そう言って食べ始めれば、色々と察したらしい彼も何も聞かずに食事を始めた。高カロリーそうなおかずを次々慈の皿に移そうとするのに、笑って抗議する。
「なぁ、慈」
他愛もない話をしながら食事をして、食後の焙じ茶の茶碗を置いたところで彼が言った。
「今から俺、一番卑怯なことを言うから」
「え?」
不敵な宣言に戸惑ううちに、彼がとんでもないことを告げる。
「二択にしよう。これから俺の家で暮らすか、もう一生俺に会わないか、どちらか選べ。慈の好きな方でいい」
「そんな」
なんだその二択はと思った。だが逃げるのは許さないというように、彼がテーブルの上で慈の手を掴んでしまう。
「一緒に暮らすのが嫌だと言うなら、俺は二度と慈の前に現れない。電話もラインも一切の連絡を絶つ。お前から連絡があっても応じない。それでもいいなら一人で暮らせばいい」
「快人さん……」
保育園の頃から慕っていた人間だ。彼を切ってしまうなんてできない。だがいくらなんでもそれは都合よすぎだ。そんなこちらの恐縮を読んだように、彼が目を細める。
「俺と一緒に暮らそう? 三階じゃなく俺と同じ場所で。今の部屋はあいつがいる事務所に近いから、居心地がいい訳じゃないだろ?」
「でも」
「俺と一生会えなくなってもいいのか?」
狡いと思った。もう彼に迷惑を掛けるのはよそうと思った気持ちを見透かすように、逃げ道を奪われてしまう。
「心苦しいって言うなら、俺が当直のときの家事をしてくれればいい。それなら俺も助かる。とりあえず環境を変えるのは悪くないだろ?」
彼は医師になるほど賢いのだ。こうなれば言葉で勝てないことは分かっている。
「もう知らないうちにお前が病気になっていたり、死ぬんじゃないかと思うなんて御免なんだ」
酷く辛そうに言われれば苦しくなる。
「一度一緒に暮らして、どうしても嫌なら出ていくのは止めない。だから今日はうんと言ってくれ」
本音を告げられて、胸にぎゅっと掴まれたような痛みが走った。
「……分かりました。でも家事をする他に少しでも家賃を払わせてください」
「ああ。譲歩するよ」
掴んでいた手を握手の形に変えて彼が微笑む。
やはり自分は幸せ者だ。その恩を返していけるように、もっとしっかりした人間になろう。まずは早く次の仕事を見つけなければ。
彼の手を控えめに握り返しながら、そう思った。