カタクリ色の恋噺

 快人に比べたらそうだろう。確かに浮世離れしたところがあると思う。だが押さえるべきところは押さえていて、だからどんな大御所も彼の番組出演を断らないのだ。そして見た目に関して言えば、もうどうしようもないほど好きだ。新太の才能だけでなく、見た目も慈の気持ちを引いて仕方がない。きついところがない優しげに整った顔立ち。眉が生まれつき少し短めで、笑うと困った顔になるのも憎らしい。そんな顔で頼みごとをされればいちころだ。その顔を他の誰にも見せないでほしいと思ってしまう。身長は一般男性の平均より低めだが、慈よりは高いから問題ない。とにかくちょっと不思議な性格も、綺麗な見た目も全部好きなのだ。世の中に、人格者しか好きになってはいけないなんてルールはない。
「……新太さんを見ていると幸せなんだ」
 どう言えばこの溢れそうな気持ちを分かってもらえるだろう。考えて、出てきたのは酷く単純な言葉だった。
「新太さんが笑っているのを見ると、俺も幸せな気分になる。人生で初めてこの人の傍にいたいっていう人を見つけたんだ。今新太さんがいなくなったら、俺はなんのために生きているか分からなくなってしまう」
「ああ、そうかよ」
 完全に機嫌を損ねてしまった彼が、テーブルから立ち上がる。それはそうだろう。男が男を好きだという話を長々聞かされて面白い筈がない。
「快人さん」
 帰ろうとする彼を追えば、彼が一度テレビ台の前で足を止めた。テレビの横には、新太がくれた『ねこチョコ』のおまけが並んでいて、へそ天や香箱座りやアンモニャイトの猫たちが平和に笑っている。
「これ、あいつがくれたんだろ?」
「そうだけど」
「たかが二百円に喜べるんだからな」
 一体どうしたのだろう。快人がそんな言い方をするなんて珍しい。困って言葉をなくせば、彼はさっさと玄関に向かってしまった。掛ける言葉を見つけられないまま後を追えば、靴を履き終えた彼が立ち上がって、また小さくため息を吐く。
「今の俺は機嫌が悪い。だから一つ言っておいてやる」
「何?」
「あの男はゲイじゃない」
 嘘ではないというように、慈に強い視線を向けてくる。
「男もイケるかもしれないって感覚はあるんだろうよ。でも半分はネタだ。あいつは最終的に女を選ぶ」
「いきなり何? どうして快人さんにそんなこと分かるの?」
「俺が、完全にそうだから」
「……え?」
 言うだけ言って、お休み、と彼は去っていってしまった。残された慈はそのまま玄関に立ち尽くしてしまう。
 完全にそうということは、快人は男性が好きなのだろうか。知らなかった。だが何故それを自分に言う必要がある?
 しばらく考えたが、答えなど出る筈もなくて、諦めてキッチンに戻った。洗いものを済ませて、簡単に他の家事も済ませてしまう。そうすればもうすることがなくなって、さっきまで快人といたテーブルに戻ってしまう。
 何故か快人を怒らせてしまった。多分新太の話をしたのがよくなかったのだろう。なんとなく、以前から快人は新太をよく思っていない節がある。世話になっている彼だから、ここに来るときは気分よくいてほしいのだが、なかなか上手くいかない。こんなとき新太ならどうするだろう。気難しい大御所とも上手く番組を進める彼だから、快人相手でも楽しくやれてしまうだろうか。
 新太のことを考えれば彼の姿が見たくなって、スマートフォンに手を伸ばした。保存してある番組を再生する前に寄席の情報を確認して、それから落語ファンのコミュニティも覗いてみる。
 そこでふと、画面に京都の和小物専門店の広告が表示された。巾着袋や手ぬぐいの商品が映った後で、沢山の扇子が映し出される。
『願い扇子。手にした人の願いを叶える縁起のいい扇子です』
 そんな広告の煽り文句に、慈はまんまと掛かってしまった。
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