カタクリ色の恋噺

 だが現実はシビアだった。新太はお礼として月二万円くれるが、もちろんそれだけでは生活していけない。いつ呼び出しが入るか分からないから、看護師として病院で働く気は更々ない。考えて、時給のいい夜の工場のスポットの仕事に通った。寝不足の辛さも新太への想いで麻痺させる。栄養ドリンクと新太のテレビの録画が心のお守り。そんな、幸せだが人間としてギリギリの生活にストップを掛けたのが、昔馴染の快人だった。
 親族経営で自身も内科医として働く病院で、早朝からの清掃スタッフとして働けるようにしてくれた。本音は看護師として働いてほしかったようだが、急変だろうと急患だろうと、自分は定時に帰って新太のところに向かう。患者より好きな男を優先する人間は、看護師の仕事なんてできないと言い切れば、彼も呆れ顔で納得してくれる。
 平日午前中の規則的な仕事は、スポットの夜勤よりずっと身体が楽だった。新太に予定外で呼び出されるのは午後が多いから、なんとか両立もできる。
 更に快人は、空き部屋だった自宅の三階を提供してくれた。元々快人の伯父夫婦が息子夫婦と二世帯で住むつもりで建てたが、お嫁さんとの折り合いが悪くて使わなくなったらしい。快人が丸ごと譲り受けた家の三階に、慈を住まわせてくれた。家賃はいらない。その代わり快人が合鍵で勝手に部屋に入ることは許して、たまに一緒に食事をする。そんな易しすぎる条件で、慈は彼と同じ建物で暮らしている。彼のお陰で、以前よりずっとまともな生活ができるようになったのだ。
 新太が幸せなら自分はどんな生活でもいいと思っていた。だがまともな生活をしていた方が、新太にも細やかな気遣いができると知った。新太に気遣いを褒められることも増えた。
 快人には言葉にできないほど感謝している。
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