カタクリ色の恋噺

 その台詞にまた驚かされた。
「新太さん、まさかあの公民館に来ていたんですか?」
「うん。こっそり行ったから彦音師匠に挨拶もできなかったけど。慈がネットで宣伝してくれたお陰で、いいものを観ることができたよ。あの演目は僕も得意だと思ってきたけど、まだまだ彦音師匠には敵わないって思った」
 やはりあの場にいたのは新太だった。後ろ姿でも慈が見間違う筈がない。
「慈、ありがとう。彦音師匠の傍にいてくれて。あんな風に最後に落語ができたのも、慈のお陰なんでしょう? 孫弟子の僕が言うのもおこがましいけど、でもありがとう」
 そう言った彼に抱き寄せられた。センタコンソールを越えて、彼の腕に優しく包まれる。ただの友人の触れ合いで、そこに恋愛感情はない。けれどどうしてこの人は、狙ったように慈が褒めてほしい部分を褒めてくれるのだろうと、切ない想いが胸に湧く。
「そうだ。これ」
 車を降りる直前、彼が鞄から何かを取り出した。
「ずっと前に買っていたから、チョコはもう消費期限切れかもしれないけど」
 手渡されたのは『ねこチョコ』だった。失恋の夜に全部踏みつけて捨ててしまったものが、また一つ慈の手に戻ってくる。
「お休み、慈。またね」
「はい。お休みなさい」
 そう言って別れて、ゆっくりと家に帰った。どんなに静かに車を入れても、帰ったことは快人にバレているだろう。申し訳ないと思うが、それもあと少しだ。引越し先が決まれば自分はもう快人の前に現れることはない。
 三階の部屋に戻って『ねこチョコ』の箱を開ければ、期待もしていなかったレアキャラが出てきた。パッケージにも姿が表示されないレアキャラの猫を手に取れば、白い猫が青いハートを抱いたデザインになっている。
 皮肉だなと思った。新太への想いが叶うことはないのに、何故ハートを抱いた猫が出てくるのだろう。それでも、こんな風に特別なものをくれる彼を、慈はもう嫌いになることはない。
 快人の優しさも彦音の命懸けの演目も看護の仕事への興味も、みな新太には敵わないと改めて知った。もうそれでいい。誰になんと言われようと、自分はその道を進んでいく。
 もう快人が夕食を持ってやってくることはない。自業自得でもそれが哀しかった。だがそれが自分が選んだ結末だ。
 すぐに引越しをするからレアキャラの猫を大事にしまって、そうするうちにいつの間にか泣いている自分に気づいた。新太と再会して、いつか落語を披露すると言ってもらえたのに、何故泣いているのだろう。分からないが、泣きたいなら泣いていればいいと思う。
 涙を流して拭うことを繰り返して、慈はまた新太を想った。
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