カタクリ色の恋噺
自分も誰か別の人間と寝れば少しは気が晴れると思った。
だが実際そんなことはなくて、目覚めて襲われたのは後悔と罪悪感だ。リビングのソファーに座って、散らかったままのフローリングをぼんやりと眺める。片付けなければ、といくつか拾ったが、そのうち面倒になって諦めたのだ。新太に貰って大事にしていた猫たちがただのプラスチックになって散らばっていて、それがどうしようもなく哀しい。
「先シャワーどうも。身体どうだ?」
快人が髪を拭きながら出てきて、慌ててスリッパを持って近づいた。こんな部屋を裸足で歩けば怪我をしてしまう。
「ありがとう。優しいな」
その言葉が酷く的外れな気がして笑ってしまった。部屋をこんな風に荒らしたのは自分だし、そんな自分に一晩中彼を付き合わせたのだ。
快人はずっと優しかった。欲のまま抱いてくれていいと思ったのに、慈の身体を優先して少しでも慈が気持ちよくなれるように触れてくる。急で色々と準備がなかったから、慈の中に入ることもしなかった。互いのものを擦り合わせて昂って吐き出す。それでも挿入がなかったからといってカウントはゼロにはならない。自分は新太以外の男と寝てしまった。もう一途を売りにはできない。そもそも新太にとって、自分が価値のある商品だったかは謎だけれど。ああ、さっきから胸に湧くのは自虐ばかりだ。
「ちょっと顔色が悪いな」
慈の心の内も知らずに、快人が頬に触れてくる。
「熱はないけど。ごめん、疲れさせちゃったな」
何一つ悪くない彼に謝られて、ガラス細工にヒビが入るみたいに胸が痛む。
「何か温かいものでも買ってくるよ。あとで片付けも手伝うから、少しのんびりしていろ。何か欲しいものはあるか?」
問われて首を振れば、優しくソファーに誘導されて髪を撫でられた。
「何かあったらすぐスマホに連絡くれよ」
そう言って部屋を出ていく彼の背を、何もできないまま見送る。
何か作るから一緒に食べよう? そう言ってやるのが正しいと分かっていた。だがそうすれば流されてしまいそうで怖かった。自分はまだ新太とこうなることを諦めきれない。結局快人と寝たことで、失恋の辛さの他に余計な罪悪感まで抱える羽目になった。気持ちに応えるつもりはないのに、巻き込んでしまった彼に申し訳なくて、ソファーの上で膝を抱えて小さくなる。
そこで突然テーブルの上のスマートフォンが鳴り出して、びくりと身体を震わせた。快人ではない。こんな朝早くから誰だろうと思うが、画面の時間表示を見ればもう十時で、然程早くもない時間だと知る。仕事の人間かもしれないから無視もできない。警戒しながら通話ボタンに触れる。
「……浅井です」
「朝からすみません。私、甘茶蔓彦音の親戚の者です」
丁寧に返ってきた女性の声が意外な名前を告げる。
「実は浅井さんにお願いしたいことがあって電話しました。少し話を聞いていただいてよろしいでしょうか?」
思ってもみない人物の登場に、一瞬だけ辛い気持ちを忘れられた気がした。
だが実際そんなことはなくて、目覚めて襲われたのは後悔と罪悪感だ。リビングのソファーに座って、散らかったままのフローリングをぼんやりと眺める。片付けなければ、といくつか拾ったが、そのうち面倒になって諦めたのだ。新太に貰って大事にしていた猫たちがただのプラスチックになって散らばっていて、それがどうしようもなく哀しい。
「先シャワーどうも。身体どうだ?」
快人が髪を拭きながら出てきて、慌ててスリッパを持って近づいた。こんな部屋を裸足で歩けば怪我をしてしまう。
「ありがとう。優しいな」
その言葉が酷く的外れな気がして笑ってしまった。部屋をこんな風に荒らしたのは自分だし、そんな自分に一晩中彼を付き合わせたのだ。
快人はずっと優しかった。欲のまま抱いてくれていいと思ったのに、慈の身体を優先して少しでも慈が気持ちよくなれるように触れてくる。急で色々と準備がなかったから、慈の中に入ることもしなかった。互いのものを擦り合わせて昂って吐き出す。それでも挿入がなかったからといってカウントはゼロにはならない。自分は新太以外の男と寝てしまった。もう一途を売りにはできない。そもそも新太にとって、自分が価値のある商品だったかは謎だけれど。ああ、さっきから胸に湧くのは自虐ばかりだ。
「ちょっと顔色が悪いな」
慈の心の内も知らずに、快人が頬に触れてくる。
「熱はないけど。ごめん、疲れさせちゃったな」
何一つ悪くない彼に謝られて、ガラス細工にヒビが入るみたいに胸が痛む。
「何か温かいものでも買ってくるよ。あとで片付けも手伝うから、少しのんびりしていろ。何か欲しいものはあるか?」
問われて首を振れば、優しくソファーに誘導されて髪を撫でられた。
「何かあったらすぐスマホに連絡くれよ」
そう言って部屋を出ていく彼の背を、何もできないまま見送る。
何か作るから一緒に食べよう? そう言ってやるのが正しいと分かっていた。だがそうすれば流されてしまいそうで怖かった。自分はまだ新太とこうなることを諦めきれない。結局快人と寝たことで、失恋の辛さの他に余計な罪悪感まで抱える羽目になった。気持ちに応えるつもりはないのに、巻き込んでしまった彼に申し訳なくて、ソファーの上で膝を抱えて小さくなる。
そこで突然テーブルの上のスマートフォンが鳴り出して、びくりと身体を震わせた。快人ではない。こんな朝早くから誰だろうと思うが、画面の時間表示を見ればもう十時で、然程早くもない時間だと知る。仕事の人間かもしれないから無視もできない。警戒しながら通話ボタンに触れる。
「……浅井です」
「朝からすみません。私、甘茶蔓彦音の親戚の者です」
丁寧に返ってきた女性の声が意外な名前を告げる。
「実は浅井さんにお願いしたいことがあって電話しました。少し話を聞いていただいてよろしいでしょうか?」
思ってもみない人物の登場に、一瞬だけ辛い気持ちを忘れられた気がした。