カタクリ色の恋噺

 涙に気づいた快人が頬に触れる。反射的に目を閉じてしまえば、離れた指先の代わりに唇が触れた。頬を辿って、そのまま互いの唇が重なる。
 キスがこんなに簡単なものだと知らなかった。新太とのキスには気が遠くなるほどの距離があるのに、快人は彼の方から求めてくれる。
「俺の部屋に来るか?」
「ここでいい」
「ここだと怪我をさせそうだ」
 彼が苦笑するから腕を引いて寝室に入れた。ベッドの上で、まだ葛藤があるらしい彼に手を伸ばす。伸ばしたもののどうしていいか分からなくて、彼のシャツを掴んでしまう。それで全部分かったというように、慈を見下ろす彼が眉を下げて笑った。
「初めてか? 奴とは本当に何もなかったみたいだな」
 複雑な表情だった。新太と慈の間に何もなかったと知って嬉しい立場の筈なのに、そこに哀れみの色が表れている。それだけ尽くして一度も愛されなかったのかと、彼の心の声が聞こえる。
 慈だって本音は身体の関係だけでも欲しかった。だが新太は決して、慈にそういう意味で触れようとしなかった。彼を想って一人でしたことはあるが、それも多くはない。ただ彼に尽くすだけで、毎日が精一杯だった。
「慈」
 物思いを咎めるように、彼の唇が降りてくる。
「本当にいいのか?」
 問われて頷けば、また涙が一つ落ちた。
「泣くな」
 涙にキスをされて、頬に移った唇が慈の唇に触れる。もう、新太以外の人とするキスに罪悪感はなかった。新太はもう手に入らない。だから誰とどうしようが勝手だ。いや、きっとそれは今までも同じだった。
「快人さん」
 胸を開けられて覚悟を決めた。肌を撫でられれば身体が震える。その震えを抑えるために、慈も彼の背に腕を回す。
 素肌を晒して、自分よりずっと力強い身体に覆い被さられて、新太ではない男との夜を過ごしてしまった。
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