カタクリ色の恋噺
快人が廊下を走ってリビングまでやってくる。
「電気も点けずに何をやっているんだ。って、お前……」
明かりを点けた室内の惨状を見て彼が言葉をなくす。だが繕う気などなかった。全部壊れてしまえばいい。そう思えて、本棚の本を破り、綺麗に破れなかったことにまた苛立って投げつける。
今まで大事に飾っていた、おまけの猫たちが床に散らばっていた。ダブって沢山あるものが自分を嘲笑っているかのように見えて、拾い上げて叩きつけてやる。
「おい、やめろ。お前が大事にしていたものじゃないか」
肩を押さえられて猫を拾えなくなって、仕方がないから踏みつけてやった。小さなプラスチックが砕けて、破片が足に刺さって痛む。それもまた自分を馬鹿にしているようで、痛みに構わず足を動かす。
「やめろって。怪我をする」
見かねた快人が、今度は動けないように正面から抱きしめた。
「離して」
「落ち着け」
暴れてみるが、力で敵う相手ではない。強く抱かれて、次第に何もかもどうでもよくなって、身体から力が抜けていた。
「まぁ、何があったのかは予想がつくけどな」
もう暴れないと分かったのか、彼が腕を緩めてくれる。
「とりあえず俺の部屋に来い。片付けは明日明るくなってからにしよう。俺も手伝うから」
優しく言われて、そこで何かがプツンと切れた。立っていられなくて、床の上に崩れてしまう。
「慈」
何故か自分と同じくらい辛そうな声を聞くと同時に、涙が落ちた。泣いていると自覚すればもう抑えられなくなって、声を上げて泣き続けてしまう。
「……新太さんが結婚した」
「ああ。ネットで見たよ」
同じように床に膝をついた快人が頬の涙を拭ってくれる。けれどそれを無駄にするように、次から次へと零れてしまう。
「だから奴はやめておけって言っただろ?」
確かに言われた。
「俺の方が余程いい男じゃないか」
そうだ。快人は優しくていい男で、おまけに慈を好きだと言ってくれる。どうして彼ではダメなのだろう。どうしてこんなにも新太が好きなのだろう。酷い扱いを受けたというのに、嫌いになれなくてどうしようもなく苦しい。
「女医さんだから勝ち目がないんだ」
「慈」
「どうしよう。もう番組の手伝いもいらないって言われてしまう。ねぇ、どうしたらいい? 新太に会えなくなってしまう。俺は」
「慈」
堪りかねたように、また強く抱きしめられた。
「もういいだろ? もう、俺にしておけ」
「快人さん」
「お前は俺といた方が幸せだ。もう分かっているだろ?」
反論できないのが悔しくて、ただはらはらと涙を零す。快人といれば幸せだ。そんなこと、もうずっと前から知っていた。身体が震えて、彼のシャツをぎゅっと掴んでしまう。
「……俺のことが好き? こんな俺を見ても、まだ好きでいてくれる?」
「当たり前だ。いつから見ていると思っている」
落ち着くように、彼が髪を撫でてくれる。これが新太ならどんなにいいだろう。快人に優しさを貰いながら、想うのは新太のことだ。護ってあげたい。彼の台詞と、綺麗な女医の顔が浮かんで狂いそうに苦しい。
「じゃあ、俺と寝て」
気がつけばそんなことを言っていた。流石に快人がピタリと動きを止める。
「俺のことが好きなんでしょう? それなら」
「自棄になるな。もっと自分を大事にしろ」
慈の言葉に呆れたのか、彼の身体が離れていく。だが正論など聞きたくなかった。
「快人さんまで俺を突き放す」
「そうじゃない。俺は」
「嫌なことを忘れて眠りたい。だから今夜だけ新太さんの代わりになって。新太さんが好きなままの俺じゃ抱けない?」
「あのな」
快人の困り顔が目に映った。分かっている。快人は不誠実なことはしない。慈が快人を好きでないことも知っている。それでも、叶わない想いに苦しみながら過ごす夜に耐えられそうになかった。一瞬でも苦しみから解放されたい。疲れて何もかも忘れて眠りたい。快人が自分を好きなら利害は一致する筈だ。
「お前は今冷静じゃない。あとで後悔するのはお前だ」
「あとのことなんて考えたくない」
「奴に言えない分、俺に我が侭を言って楽しむな」
「そんなんじゃない」
また涙が落ちる。
「……俺を好きだというのが、嘘じゃないって証明して」
「電気も点けずに何をやっているんだ。って、お前……」
明かりを点けた室内の惨状を見て彼が言葉をなくす。だが繕う気などなかった。全部壊れてしまえばいい。そう思えて、本棚の本を破り、綺麗に破れなかったことにまた苛立って投げつける。
今まで大事に飾っていた、おまけの猫たちが床に散らばっていた。ダブって沢山あるものが自分を嘲笑っているかのように見えて、拾い上げて叩きつけてやる。
「おい、やめろ。お前が大事にしていたものじゃないか」
肩を押さえられて猫を拾えなくなって、仕方がないから踏みつけてやった。小さなプラスチックが砕けて、破片が足に刺さって痛む。それもまた自分を馬鹿にしているようで、痛みに構わず足を動かす。
「やめろって。怪我をする」
見かねた快人が、今度は動けないように正面から抱きしめた。
「離して」
「落ち着け」
暴れてみるが、力で敵う相手ではない。強く抱かれて、次第に何もかもどうでもよくなって、身体から力が抜けていた。
「まぁ、何があったのかは予想がつくけどな」
もう暴れないと分かったのか、彼が腕を緩めてくれる。
「とりあえず俺の部屋に来い。片付けは明日明るくなってからにしよう。俺も手伝うから」
優しく言われて、そこで何かがプツンと切れた。立っていられなくて、床の上に崩れてしまう。
「慈」
何故か自分と同じくらい辛そうな声を聞くと同時に、涙が落ちた。泣いていると自覚すればもう抑えられなくなって、声を上げて泣き続けてしまう。
「……新太さんが結婚した」
「ああ。ネットで見たよ」
同じように床に膝をついた快人が頬の涙を拭ってくれる。けれどそれを無駄にするように、次から次へと零れてしまう。
「だから奴はやめておけって言っただろ?」
確かに言われた。
「俺の方が余程いい男じゃないか」
そうだ。快人は優しくていい男で、おまけに慈を好きだと言ってくれる。どうして彼ではダメなのだろう。どうしてこんなにも新太が好きなのだろう。酷い扱いを受けたというのに、嫌いになれなくてどうしようもなく苦しい。
「女医さんだから勝ち目がないんだ」
「慈」
「どうしよう。もう番組の手伝いもいらないって言われてしまう。ねぇ、どうしたらいい? 新太に会えなくなってしまう。俺は」
「慈」
堪りかねたように、また強く抱きしめられた。
「もういいだろ? もう、俺にしておけ」
「快人さん」
「お前は俺といた方が幸せだ。もう分かっているだろ?」
反論できないのが悔しくて、ただはらはらと涙を零す。快人といれば幸せだ。そんなこと、もうずっと前から知っていた。身体が震えて、彼のシャツをぎゅっと掴んでしまう。
「……俺のことが好き? こんな俺を見ても、まだ好きでいてくれる?」
「当たり前だ。いつから見ていると思っている」
落ち着くように、彼が髪を撫でてくれる。これが新太ならどんなにいいだろう。快人に優しさを貰いながら、想うのは新太のことだ。護ってあげたい。彼の台詞と、綺麗な女医の顔が浮かんで狂いそうに苦しい。
「じゃあ、俺と寝て」
気がつけばそんなことを言っていた。流石に快人がピタリと動きを止める。
「俺のことが好きなんでしょう? それなら」
「自棄になるな。もっと自分を大事にしろ」
慈の言葉に呆れたのか、彼の身体が離れていく。だが正論など聞きたくなかった。
「快人さんまで俺を突き放す」
「そうじゃない。俺は」
「嫌なことを忘れて眠りたい。だから今夜だけ新太さんの代わりになって。新太さんが好きなままの俺じゃ抱けない?」
「あのな」
快人の困り顔が目に映った。分かっている。快人は不誠実なことはしない。慈が快人を好きでないことも知っている。それでも、叶わない想いに苦しみながら過ごす夜に耐えられそうになかった。一瞬でも苦しみから解放されたい。疲れて何もかも忘れて眠りたい。快人が自分を好きなら利害は一致する筈だ。
「お前は今冷静じゃない。あとで後悔するのはお前だ」
「あとのことなんて考えたくない」
「奴に言えない分、俺に我が侭を言って楽しむな」
「そんなんじゃない」
また涙が落ちる。
「……俺を好きだというのが、嘘じゃないって証明して」