カタクリ色の恋噺

「そういう酷いことを言うと、ここで襲うぞ」
 冗談だと分かっていて、つい身体を固くしてしまえば、彼が笑って腕を緩めてくれる。こんな自分たちも、他のカップルからは花火を楽しむ恋人同士に見えるのだろうか。そう思えば面映ゆくて、けれど別に嫌な気分ではなくて、どうしていいか分からなくなる。新太と会えない時間に他の男と楽しむなんて、罪悪感を持たなければならないのに、今は忘れていたいと思ってしまう。それが快人の魅力なのだろう。
「今度の休み、慈の部屋に行っていいか?」
 最後の花火が上がって落ちて、空が暗くなったところで彼が言った。
「大家さんだもん、いいに決まっているでしょう?」
 元々、快人が合鍵で勝手に入っていいという条件で住まわせてもらっている。部屋に来るのもいつものことではないかと思う慈に、彼が珍しく言葉を選ぶようにして告げる。
「そうじゃなくて、昼から一緒にいられないか? 一緒に映画を観たり、料理をしたり、そういうことをしてみたい」
「えっと」
「あ、もちろん、悪事を働こうなんて思っていないから」
 その言い方に、逆に想像して赤くなってしまった。
「本当にそういうつもりじゃなくて」
 快人の方も同じだったらしく、二人でおかしな空気になってしまう。両想いの初々しいカップルでもあるまいし、何をしているのだろう。次第にそう思えて、なんだか今更肩の力が抜ける。
「じゃあ、いつもご飯をご馳走になっているお礼に何か作ります」
「それは楽しみだな」
 ふと気がついて見回せば、とっくに周りのカップルたちはいなくなっていた。彼らはこれから恋人同士の甘い時間を過ごすのかもしれない。だが快人と自分は恋人ではないから、別の部屋に帰って眠る。
「来年も二人で来ような」
「予定が合えば」
 帰り道で言われて、拒絶できないようにぎゅっと手を握られたから、仕方がないのでそう答えた。大人だから、相手を気遣う嘘があってもいい。好きなのは新太だが、それを律儀に口にする必要はない。静かに思って彼の車で家に帰る。
 家の駐車場でまた額にキスをされたが、もう今夜は咎めるつもりはなかった。恋愛感情ではない。これは楽しい時間をくれた快人への細やかなお返しなのだと、そう思っていた。
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