カタクリ色の恋噺
覚悟しておけと言った快人は、言葉通り大胆になった。当直でない日は毎日のように夕食を持って慈の部屋に来るし、休みの日はどこかに行こうと誘ってくる。自分が好きなのは新太だからと断り続けていたが、根負けして一度花火を見に行った。
渋滞を避けながら車で向かって、彼が探してくれた穴場スポットで夜空に浮かぶ夏の花を見上げる。
「凄い。さっきまでと別世界」
「だろ? ここは特等席なんだ」
他はどこも混み合っているのに、石段を上った先にある空き地のような場所は、他に二、三組の見物客しかいない不思議な空間。
「階段が急だから、張り切って浴衣で来たようなカップルには好まれないんだろうな」
「なるほど」
出店で買ってきた鈴カステラと飲みものを差し出せば、快人が大袈裟に喜んでくれる。慈は慈で、そんな恋人みたいなことをしている自分に擽ったくなる。ベタなデートに憧れなどない筈だったが、実は心の奥では望んでいたのかもしれない。
「綺麗ですね」
「だな。毎年見に来る人間の気持ちが分かるな」
それぞれが他のカップルの邪魔にならないよう、木陰に隠れて見上げていた。みな自分の相手のことしか考えていないと分かっていて、それでも、自分たちがどう見られているだろうと思えば落ち着かない。
紙袋いっぱいに入った鈴カステラに飽きてしまうと、快人と二人で無言になってしまった。ドォォンと大きな花火が上がって、夜の空気を振動させる。空が昼みたいに明るくなったと思えば、花火が消えた瞬間、上がる前よりもよりずっと暗くなる。
何度目かに空が明るくなったところで、何気なく奥の木陰に目を遣れば、若いカップルがキスをするのを目にしてしまった。
「……!」
慌てて花火に視線を戻そうとするが、そこで隣の快人も同じものを見ていたことに気づいてしまう。
「慈」
花火が落ちて辺りが暗くなる。それでも分かる快人の端整な顔が近づいた。キスをされると分かって、咄嗟に俯いて拒絶する。例えバレなくても、新太以外の人としたくない。そんな子どものようなことを思って、だが快人がくれた楽しい時間を壊すつもりはなかったのにと、上手く躱せなかった自分を悔やんでしまう。
「慈」
顔を上げれば流されてしまいそうで、ずっと暗い足元を見ていた。自分の新太への気持ちは軽いものじゃない。そんな気持ちで意地になっていて、せっかくの花火をいくつか見逃してしまう。
「ったく、強情だな」
先に折れてくれた彼が、呆れたように笑った。ほっとして顔を上げれば、そこで額に彼の指が触れる。
「あ……」
前髪を除けて、慈が何か言うより先に額に唇が触れた。一瞬で離れて、その後は慈の肩を抱いた彼が、また花火に顔を戻してしまう。
「今はこれで我慢してやる」
花火の大きな音がやんだところで彼が言った。
「お前も俺を好きになったら、そのときは遠慮しないけど」
「快人さん。俺は……」
気持ちに応えられないという言葉は、もう一度向き合った彼の人差し指に封じられてしまった。悪戯っぽく笑う彼が、また強く肩を抱いてくる。
「急いで答えを出そうとするな。そのうち気持ちも変わってくるから」
「快人さん」
気持ちは変わらないと言って争うのは、今は野暮だと思えた。空には自分にはもったいないくらいの花火が上がって消えていく。花火を楽しむだけなら、新太への気持ちに反することにはならないだろう。そう諦めて、快人の腕の中で大人しくしている。
「なぁ、次は二人でどこに行く?」
攻撃の手を緩める気はないらしい彼が、なんでもないことのように聞いた。
「快人さんと出掛けるのは今夜だけって、さっき言ったでしょう?」
「今夜だけで終わらせて堪るか。慈とデートするために、俺は寝ずの当直も頑張っているんだ」
「その言い方は狡い」
一応看護師の勉強を済ませている慈には、医師である快人の仕事の過酷さが分かった。
「俺、結構頑張っているんだぞ」
「知っています。いいお医者さんだって、掃除スタッフまで噂しているし」
「ありがたいな。でも、そんな俺にも息抜きだったりご褒美が必要なことがある」
肩を抱いたまま顔を向けた彼が、眉を下げて笑ってみせる。自惚れでなく、その顔が幸せそうで、困ってまた一つ花火を見逃してしまう。
「恋人でも作ればいいのに。快人さんなら選び放題でしょう?」
渋滞を避けながら車で向かって、彼が探してくれた穴場スポットで夜空に浮かぶ夏の花を見上げる。
「凄い。さっきまでと別世界」
「だろ? ここは特等席なんだ」
他はどこも混み合っているのに、石段を上った先にある空き地のような場所は、他に二、三組の見物客しかいない不思議な空間。
「階段が急だから、張り切って浴衣で来たようなカップルには好まれないんだろうな」
「なるほど」
出店で買ってきた鈴カステラと飲みものを差し出せば、快人が大袈裟に喜んでくれる。慈は慈で、そんな恋人みたいなことをしている自分に擽ったくなる。ベタなデートに憧れなどない筈だったが、実は心の奥では望んでいたのかもしれない。
「綺麗ですね」
「だな。毎年見に来る人間の気持ちが分かるな」
それぞれが他のカップルの邪魔にならないよう、木陰に隠れて見上げていた。みな自分の相手のことしか考えていないと分かっていて、それでも、自分たちがどう見られているだろうと思えば落ち着かない。
紙袋いっぱいに入った鈴カステラに飽きてしまうと、快人と二人で無言になってしまった。ドォォンと大きな花火が上がって、夜の空気を振動させる。空が昼みたいに明るくなったと思えば、花火が消えた瞬間、上がる前よりもよりずっと暗くなる。
何度目かに空が明るくなったところで、何気なく奥の木陰に目を遣れば、若いカップルがキスをするのを目にしてしまった。
「……!」
慌てて花火に視線を戻そうとするが、そこで隣の快人も同じものを見ていたことに気づいてしまう。
「慈」
花火が落ちて辺りが暗くなる。それでも分かる快人の端整な顔が近づいた。キスをされると分かって、咄嗟に俯いて拒絶する。例えバレなくても、新太以外の人としたくない。そんな子どものようなことを思って、だが快人がくれた楽しい時間を壊すつもりはなかったのにと、上手く躱せなかった自分を悔やんでしまう。
「慈」
顔を上げれば流されてしまいそうで、ずっと暗い足元を見ていた。自分の新太への気持ちは軽いものじゃない。そんな気持ちで意地になっていて、せっかくの花火をいくつか見逃してしまう。
「ったく、強情だな」
先に折れてくれた彼が、呆れたように笑った。ほっとして顔を上げれば、そこで額に彼の指が触れる。
「あ……」
前髪を除けて、慈が何か言うより先に額に唇が触れた。一瞬で離れて、その後は慈の肩を抱いた彼が、また花火に顔を戻してしまう。
「今はこれで我慢してやる」
花火の大きな音がやんだところで彼が言った。
「お前も俺を好きになったら、そのときは遠慮しないけど」
「快人さん。俺は……」
気持ちに応えられないという言葉は、もう一度向き合った彼の人差し指に封じられてしまった。悪戯っぽく笑う彼が、また強く肩を抱いてくる。
「急いで答えを出そうとするな。そのうち気持ちも変わってくるから」
「快人さん」
気持ちは変わらないと言って争うのは、今は野暮だと思えた。空には自分にはもったいないくらいの花火が上がって消えていく。花火を楽しむだけなら、新太への気持ちに反することにはならないだろう。そう諦めて、快人の腕の中で大人しくしている。
「なぁ、次は二人でどこに行く?」
攻撃の手を緩める気はないらしい彼が、なんでもないことのように聞いた。
「快人さんと出掛けるのは今夜だけって、さっき言ったでしょう?」
「今夜だけで終わらせて堪るか。慈とデートするために、俺は寝ずの当直も頑張っているんだ」
「その言い方は狡い」
一応看護師の勉強を済ませている慈には、医師である快人の仕事の過酷さが分かった。
「俺、結構頑張っているんだぞ」
「知っています。いいお医者さんだって、掃除スタッフまで噂しているし」
「ありがたいな。でも、そんな俺にも息抜きだったりご褒美が必要なことがある」
肩を抱いたまま顔を向けた彼が、眉を下げて笑ってみせる。自惚れでなく、その顔が幸せそうで、困ってまた一つ花火を見逃してしまう。
「恋人でも作ればいいのに。快人さんなら選び放題でしょう?」