カタクリ色の恋噺
「でも」
「慈が俺と遊んでくれたら、ちゃんと寝るから」
その言い方は狡い。
「ちょっとでいいから付き合え。お前も、少し気晴らしした方がいいだろ?」
そう言われて迷ってしまう。新太の動画を観ながら悩み続けるのに少し疲れた。短い時間でも何か違うものを見てみたい。そんな欲に負けて、快人の車で出掛けることになる。
夜の遊園地は男二人のおかしな客も優しく迎えてくれた。朝から来ていた客が帰ったあとで、駐車場も入場ゲートも空いている。夜の時間も丁寧に接してくれるクルーに見送られて中に入れば、きらきらしたイルミネーションが目に映る。
「いいな。恋人同士にぴったりだ」
眩い光の中を歩きながら言われて、慈の方は足が止まってしまった。そういうことなら自分はここにいられない。
「冗談だよ。お前を困らせるつもりはないんだ」
気づいた快人が身を引いた。
「とりあえず、お前が元気ならそれでいいから」
言いながら、上手く人混みを避けて眺めのいい場所まで連れていってくれる。甘えていいのだろうかと悩みながら、非日常的な景色に目を奪われて、そのうち慈も今いる世界に馴染んでいく。
並ばずに乗れるいくつかのアトラクションに乗って、その後は園内限定のお菓子を食べながら散策した。慈には恋人がいたことがないから、こんな夜はもちろん初めてだ。こんな風にただ楽しむだけの夜があっていいのだと、多分普通の人間はとっくに知っていることを学んだ気分で、少し哀しくなってしまう。
「どうかしたか?」
メリーゴーランドの進化版みたいなアトラクションを二人で眺めていれば、慈の気持ちに気づいたように快人が顔を向けた。職業柄もあるのか、快人は人の気持ちを敏感に感じ取ってしまう。
「楽しいなと思って」
回るキャリッジを囲む柵に腕を乗せて、思わず本音が零れた。新太の仕事を手伝い、家のことをして、部屋に帰れば叶いそうにない想いに悩む日々だった。辛いと思ったことはないが、それでも慈が新太のことだけを想って過ごしてきた数年、普通の人間は何度もこんな楽しい夜を過ごしていたのかもしれないと思えば、胸がきゅっと締めつけられる。彼らは家族になったり、別れてまた新しい恋人ができたり、次のステージに進んでいるのだろう。でも慈はずっと同じ日々を繰り返して、これからも別のステージに進むことはない。
「だろ? 世の中には楽しいことが沢山あるんだ」
快人が明るく言って、爽やかな笑顔を向けてくる。苦労の多い職業で、辛い思いも苦しい思いもしてきただろう。それでも快人からは負の感情が見えない。しっかり自分を持って、ブレない人生を歩んでいる。
「快人さんは凄いね。探しても簡単には見つからないくらいいい男」
「じゃあ、そのいい男の恋人になってみないか?」
自虐の意味も込めて言った言葉に、彼はまた曇りのない言葉を返してくる。
「だから、それは困るって」
「ああ、ごめん。慈が可愛いからつい」
全く反省のない口調で言いながら、彼が慈の肩に腕を回してくる。もう律儀に拒否するのも面倒で、大人しく彼の腕に収まっていれば、彼が肩に回した手で器用に髪を撫でてくる。
「なぁ。慈が欲しいものってなんだ?」
あと一周で終わりらしく、動きを遅らせるメリーゴーランドを見たまま、彼が静かな声で聞いてきた。
「何、突然?」
意味が分からなくて隣に目を遣れば、気づいた彼も優しい顔を向けてくれる。
「ずっと仕事ばかりだったから、誰かに何かを贈ることなんてなかった。でも気づいたら結構な金が貯まっていて、どうせなら大事な慈に何か買ってやりたいと思ってな」
「そんな」
「ずっと年下なんだから遠慮はいらない。実は金持ちの俺がなんでも買ってやる」
屈託なく言われて心が負けそうになった。お金やプレゼントに心が揺れた訳じゃない。こんな風に自分のことを考えてくれる男の傍にいれば、どんなに幸せだろうと思ってしまって、すぐにそんな狡い自分が嫌になる。
「俺は」
動きを止めたキャリッジから降りてきた乗客に気を取られるフリをして、彼を見ないようにして言った。
「俺は新太さんが欲しい」
言葉にすれば気持ちを再確認できる。
「新太さん以外に欲しいものなんてない」
そう言えば当然、二人の間に無言の間ができてしまう。
「そっか」
怒った快人に置いていかれる覚悟までしたが、今日の彼は穏やかなままだった。
「じゃあ、俺の欲しいものも教えておく。俺は慈が欲しい」
正面から向き合う形にされて、その顔が真摯なものに変わる。
「お前が奴を諦められないように、俺もお前を諦められない。だから、覚悟しておけ」
自信に満ちた表情で言われて、拒否できなかった。
「さて、帰りに何か食べて帰るか」
一瞬で元に戻った彼に動けずにいれば、腕を組まれて、恋人のような格好で歩く羽目になった。もう男同士がどうだと気にする余裕もない。甘えてはいけない。新太が好きな自分は快人から離れなければいけないと思うのに、快人のことを考えていれば新太のことで悩む暇がなくて、そんな時間に救われてもいる。
「何がいい? イタリアンでもフレンチでも、和食以外ならどこでも連れていってやる」
「和食はダメなの?」
「当たり前だ。落語に出てくるような食べものを食べて堪るか」
「それじゃ、普段の食事にも困るでしょう?」
素直に新太に嫉妬する快人に、流石に笑ってしまった。笑える立場ではないが、彼も楽しげにしているからいいのかなと思ってしまう。
閉園間際だというのに夏のイルミネーションはいつまでも綺麗で、園内のクルーはみな親切で、快人と数時間だけ別の世界に来てしまったような不思議な夜を過ごした。
「慈が俺と遊んでくれたら、ちゃんと寝るから」
その言い方は狡い。
「ちょっとでいいから付き合え。お前も、少し気晴らしした方がいいだろ?」
そう言われて迷ってしまう。新太の動画を観ながら悩み続けるのに少し疲れた。短い時間でも何か違うものを見てみたい。そんな欲に負けて、快人の車で出掛けることになる。
夜の遊園地は男二人のおかしな客も優しく迎えてくれた。朝から来ていた客が帰ったあとで、駐車場も入場ゲートも空いている。夜の時間も丁寧に接してくれるクルーに見送られて中に入れば、きらきらしたイルミネーションが目に映る。
「いいな。恋人同士にぴったりだ」
眩い光の中を歩きながら言われて、慈の方は足が止まってしまった。そういうことなら自分はここにいられない。
「冗談だよ。お前を困らせるつもりはないんだ」
気づいた快人が身を引いた。
「とりあえず、お前が元気ならそれでいいから」
言いながら、上手く人混みを避けて眺めのいい場所まで連れていってくれる。甘えていいのだろうかと悩みながら、非日常的な景色に目を奪われて、そのうち慈も今いる世界に馴染んでいく。
並ばずに乗れるいくつかのアトラクションに乗って、その後は園内限定のお菓子を食べながら散策した。慈には恋人がいたことがないから、こんな夜はもちろん初めてだ。こんな風にただ楽しむだけの夜があっていいのだと、多分普通の人間はとっくに知っていることを学んだ気分で、少し哀しくなってしまう。
「どうかしたか?」
メリーゴーランドの進化版みたいなアトラクションを二人で眺めていれば、慈の気持ちに気づいたように快人が顔を向けた。職業柄もあるのか、快人は人の気持ちを敏感に感じ取ってしまう。
「楽しいなと思って」
回るキャリッジを囲む柵に腕を乗せて、思わず本音が零れた。新太の仕事を手伝い、家のことをして、部屋に帰れば叶いそうにない想いに悩む日々だった。辛いと思ったことはないが、それでも慈が新太のことだけを想って過ごしてきた数年、普通の人間は何度もこんな楽しい夜を過ごしていたのかもしれないと思えば、胸がきゅっと締めつけられる。彼らは家族になったり、別れてまた新しい恋人ができたり、次のステージに進んでいるのだろう。でも慈はずっと同じ日々を繰り返して、これからも別のステージに進むことはない。
「だろ? 世の中には楽しいことが沢山あるんだ」
快人が明るく言って、爽やかな笑顔を向けてくる。苦労の多い職業で、辛い思いも苦しい思いもしてきただろう。それでも快人からは負の感情が見えない。しっかり自分を持って、ブレない人生を歩んでいる。
「快人さんは凄いね。探しても簡単には見つからないくらいいい男」
「じゃあ、そのいい男の恋人になってみないか?」
自虐の意味も込めて言った言葉に、彼はまた曇りのない言葉を返してくる。
「だから、それは困るって」
「ああ、ごめん。慈が可愛いからつい」
全く反省のない口調で言いながら、彼が慈の肩に腕を回してくる。もう律儀に拒否するのも面倒で、大人しく彼の腕に収まっていれば、彼が肩に回した手で器用に髪を撫でてくる。
「なぁ。慈が欲しいものってなんだ?」
あと一周で終わりらしく、動きを遅らせるメリーゴーランドを見たまま、彼が静かな声で聞いてきた。
「何、突然?」
意味が分からなくて隣に目を遣れば、気づいた彼も優しい顔を向けてくれる。
「ずっと仕事ばかりだったから、誰かに何かを贈ることなんてなかった。でも気づいたら結構な金が貯まっていて、どうせなら大事な慈に何か買ってやりたいと思ってな」
「そんな」
「ずっと年下なんだから遠慮はいらない。実は金持ちの俺がなんでも買ってやる」
屈託なく言われて心が負けそうになった。お金やプレゼントに心が揺れた訳じゃない。こんな風に自分のことを考えてくれる男の傍にいれば、どんなに幸せだろうと思ってしまって、すぐにそんな狡い自分が嫌になる。
「俺は」
動きを止めたキャリッジから降りてきた乗客に気を取られるフリをして、彼を見ないようにして言った。
「俺は新太さんが欲しい」
言葉にすれば気持ちを再確認できる。
「新太さん以外に欲しいものなんてない」
そう言えば当然、二人の間に無言の間ができてしまう。
「そっか」
怒った快人に置いていかれる覚悟までしたが、今日の彼は穏やかなままだった。
「じゃあ、俺の欲しいものも教えておく。俺は慈が欲しい」
正面から向き合う形にされて、その顔が真摯なものに変わる。
「お前が奴を諦められないように、俺もお前を諦められない。だから、覚悟しておけ」
自信に満ちた表情で言われて、拒否できなかった。
「さて、帰りに何か食べて帰るか」
一瞬で元に戻った彼に動けずにいれば、腕を組まれて、恋人のような格好で歩く羽目になった。もう男同士がどうだと気にする余裕もない。甘えてはいけない。新太が好きな自分は快人から離れなければいけないと思うのに、快人のことを考えていれば新太のことで悩む暇がなくて、そんな時間に救われてもいる。
「何がいい? イタリアンでもフレンチでも、和食以外ならどこでも連れていってやる」
「和食はダメなの?」
「当たり前だ。落語に出てくるような食べものを食べて堪るか」
「それじゃ、普段の食事にも困るでしょう?」
素直に新太に嫉妬する快人に、流石に笑ってしまった。笑える立場ではないが、彼も楽しげにしているからいいのかなと思ってしまう。
閉園間際だというのに夏のイルミネーションはいつまでも綺麗で、園内のクルーはみな親切で、快人と数時間だけ別の世界に来てしまったような不思議な夜を過ごした。