明日会えない恋人
首を振って抵抗するが、彼の気持ちが変わることはなかった。
「何をそんなに怯えている? 俺とこうするのは初めてじゃないだろ?」
素肌を寄せられて、存在を主張する彼の中心が触れる。わざと押しつけるように、貢本のその部分に擦りつけられる。
「お前も感じているらしいな」
指摘されて頬に血が上った。意地になっているが、ずっと欲しいと思っていた男こうされて、感じない筈がない。
「なぁ、お前が好きなのは誰だ? お前がこうしたいのは誰だ?」
問いながら、貢本が答えられないように、彼は頬や唇にキスをしながら腰を使って互いの中心を刺激し続けた。そのうち腰の奥から逃れられない快感がせり上がって、流されまいと必死に彼から距離を取ろうとする。
「トモヤくんとはこうすることはできなかったんだろ? それとも自分でしながら奴の身体でも思い浮かべていたのか?」
「……!」
触れてほしくない事実だった。鈴木知哉に関する記憶は中学で止まっている。だから成長した彼の姿は貢本の想像が補っていた。大人になった彼の腕の中で眠ることはあった。キスもした。だが流石にそれ以上彼としたことはない。例え想像でも、彼との思い出を汚したくなかったのだと、今なら分かる。
「俺を見ろ、謙」
頬に触れられて、また顔を彼に向けられる。
「今、目の前にいるのは誰だ?」
少し顔を離した彼と視線が合う。その目が誤魔化されてやる気はないと言っている。それでも、全てを忘れて本音を告げる勇気はない。
「……月見さんは? 会社は? 叔父さんは?」
「問題ない。俺の能力を知らない訳じゃないだろう? 全部なんとかしてみせる」
ずっと傍にいたから彼の力は知っている。彼なら言葉通り全て上手く収めてくれるかもしれない。けれど。
「母さんは? 母さんを哀しませてもいいんですか?」
「哀しませはしない。全部正直に告げる気もないけどな。兄弟二人で仲よく暮らしていくと言えば済む話だろ?」
真沙子の話を出せば逃げていくと思った。だが彼はそれも考えていた。
「母さんは、兄さんの奥さんや孫が欲しいと思っています」
「あの人は、自分の希望で子どもの人生を縛ったりするような人間じゃない。それは謙が一番よく知っているんじゃないのか?」
言い返せなかった。確かに真沙子は、夫が外に作った子どもを大事に育ててくれるような女性なのだ。
「それ以外のことで精一杯親孝行していけばいい。会社は叔父のところに子どもがいるから任せてもいいし、別に親族経営に拘る必要もないんだ」
そこまで言われて、抵抗する理由がなくなった。
「もうお前には心配する理由なんてない。だから幻影と遊んでいないで俺のものになれ」
聞き分けのない弟を諭すような言い方だった。賢くてまっすぐで、そんな彼が好きだった。複雑な生い立ちに落ち込むこともあったが、それを察した彼がおかしな方向に進まないように導いてくれた。クールなフリをしながら、いつも貢本を気にかけてくれた。彼の傍にいられれば自分は大丈夫だ。その気持ちが、彼の役に立つ人間になりたいという思いに変わった。誰よりも傍にいたいという思いが湧いて、それを抑えるために、知哉と会うようになってしまった。
もし真沙子のことも会社のことも気にしなくていいのなら、貢本の気持ちは決まっている。
「……好き。ずっと、小さい頃から、兄さんが好きだった」
「謙」
この二日間、有村が纏ってきた鋭い空気が解けていく。甘えるように身体の力を抜いて、貢本の首元に顔を埋めてくる。長く息を吐き出して、貢本の髪を撫でてくれる。
「俺も好きだ。初めて会ったときからずっと」
その言葉で、不確かだった自分の存在がしっかりとしたものに戻っていく。自分は消えたりしない。これから先、種類の違う不安や悩みに襲われることがあるかもしれない。それでも、好きだと言ってくれた彼の傍にいたい。辛いことがあっても、もう都合のいい妄想に逃げたりしない。
「ずっと、ちゃんと言えなくてごめん」
耳元で言われて込み上げるものがある。分かっている。本当は分かっていた。有村が家やグループの企業を護るために、自分の気持ちを抑えてきたことを。素っ気ないフリをしながら、真沙子と貢本の関係がよりよくなるために気遣ってくれていたことも。紘介の死があまりに突然で、その後の生活が思うようにいかなくなることも分かっていた。それなのに、突然彼への想いを断たなければならなくなって、馬鹿な方向に逃げてしまった。
「俺が子どもでした。兄さんに、迷惑を掛けた」
思わず涙が零れて、気づいた有村が拭ってくれる。
「いい。本音はずっと謙に甘えてほしかった。謙だけを大事にしていたかった」
少し身体を起こすようにして抱きしめられた。貢本も抱き返したくて腕を伸ばす。恋人のようなことをしていいのだろうかと躊躇いが出て触れられずにいれば、察した彼に笑われてしまう。
「言っただろ。もう何も心配ないって。俺は謙が好きだ」
「何をそんなに怯えている? 俺とこうするのは初めてじゃないだろ?」
素肌を寄せられて、存在を主張する彼の中心が触れる。わざと押しつけるように、貢本のその部分に擦りつけられる。
「お前も感じているらしいな」
指摘されて頬に血が上った。意地になっているが、ずっと欲しいと思っていた男こうされて、感じない筈がない。
「なぁ、お前が好きなのは誰だ? お前がこうしたいのは誰だ?」
問いながら、貢本が答えられないように、彼は頬や唇にキスをしながら腰を使って互いの中心を刺激し続けた。そのうち腰の奥から逃れられない快感がせり上がって、流されまいと必死に彼から距離を取ろうとする。
「トモヤくんとはこうすることはできなかったんだろ? それとも自分でしながら奴の身体でも思い浮かべていたのか?」
「……!」
触れてほしくない事実だった。鈴木知哉に関する記憶は中学で止まっている。だから成長した彼の姿は貢本の想像が補っていた。大人になった彼の腕の中で眠ることはあった。キスもした。だが流石にそれ以上彼としたことはない。例え想像でも、彼との思い出を汚したくなかったのだと、今なら分かる。
「俺を見ろ、謙」
頬に触れられて、また顔を彼に向けられる。
「今、目の前にいるのは誰だ?」
少し顔を離した彼と視線が合う。その目が誤魔化されてやる気はないと言っている。それでも、全てを忘れて本音を告げる勇気はない。
「……月見さんは? 会社は? 叔父さんは?」
「問題ない。俺の能力を知らない訳じゃないだろう? 全部なんとかしてみせる」
ずっと傍にいたから彼の力は知っている。彼なら言葉通り全て上手く収めてくれるかもしれない。けれど。
「母さんは? 母さんを哀しませてもいいんですか?」
「哀しませはしない。全部正直に告げる気もないけどな。兄弟二人で仲よく暮らしていくと言えば済む話だろ?」
真沙子の話を出せば逃げていくと思った。だが彼はそれも考えていた。
「母さんは、兄さんの奥さんや孫が欲しいと思っています」
「あの人は、自分の希望で子どもの人生を縛ったりするような人間じゃない。それは謙が一番よく知っているんじゃないのか?」
言い返せなかった。確かに真沙子は、夫が外に作った子どもを大事に育ててくれるような女性なのだ。
「それ以外のことで精一杯親孝行していけばいい。会社は叔父のところに子どもがいるから任せてもいいし、別に親族経営に拘る必要もないんだ」
そこまで言われて、抵抗する理由がなくなった。
「もうお前には心配する理由なんてない。だから幻影と遊んでいないで俺のものになれ」
聞き分けのない弟を諭すような言い方だった。賢くてまっすぐで、そんな彼が好きだった。複雑な生い立ちに落ち込むこともあったが、それを察した彼がおかしな方向に進まないように導いてくれた。クールなフリをしながら、いつも貢本を気にかけてくれた。彼の傍にいられれば自分は大丈夫だ。その気持ちが、彼の役に立つ人間になりたいという思いに変わった。誰よりも傍にいたいという思いが湧いて、それを抑えるために、知哉と会うようになってしまった。
もし真沙子のことも会社のことも気にしなくていいのなら、貢本の気持ちは決まっている。
「……好き。ずっと、小さい頃から、兄さんが好きだった」
「謙」
この二日間、有村が纏ってきた鋭い空気が解けていく。甘えるように身体の力を抜いて、貢本の首元に顔を埋めてくる。長く息を吐き出して、貢本の髪を撫でてくれる。
「俺も好きだ。初めて会ったときからずっと」
その言葉で、不確かだった自分の存在がしっかりとしたものに戻っていく。自分は消えたりしない。これから先、種類の違う不安や悩みに襲われることがあるかもしれない。それでも、好きだと言ってくれた彼の傍にいたい。辛いことがあっても、もう都合のいい妄想に逃げたりしない。
「ずっと、ちゃんと言えなくてごめん」
耳元で言われて込み上げるものがある。分かっている。本当は分かっていた。有村が家やグループの企業を護るために、自分の気持ちを抑えてきたことを。素っ気ないフリをしながら、真沙子と貢本の関係がよりよくなるために気遣ってくれていたことも。紘介の死があまりに突然で、その後の生活が思うようにいかなくなることも分かっていた。それなのに、突然彼への想いを断たなければならなくなって、馬鹿な方向に逃げてしまった。
「俺が子どもでした。兄さんに、迷惑を掛けた」
思わず涙が零れて、気づいた有村が拭ってくれる。
「いい。本音はずっと謙に甘えてほしかった。謙だけを大事にしていたかった」
少し身体を起こすようにして抱きしめられた。貢本も抱き返したくて腕を伸ばす。恋人のようなことをしていいのだろうかと躊躇いが出て触れられずにいれば、察した彼に笑われてしまう。
「言っただろ。もう何も心配ないって。俺は謙が好きだ」