明日会えない恋人
「映画ってこれだったんですね」
翌日。なんとなく不機嫌な彼と昼食を済ませて、向かったのはホテルのビルの中の映画館だった。シックな雰囲気で、子ども連れより社会人カップル向けに造られたような館内だが、手渡されたチケットには驚かされる。
「やめたいならやめてもいいぞ。別にあいつに従う必要はないしな」
「でもせっかくここまで来たし」
そう言って入り口のポスターに目を遣る。
久野がチケットをくれたのは、キャラクターもののアニメ映画だった。玩具屋にぬいぐるみが沢山並んでいるようなキャラクターで、人気すぎてこの映画も第二弾なのだという。
「ちょっと観てみましょうか。つまらなかったら出てくればいいですし」
「謙がそう言うなら」
渋々という様子で、それでも言うことを聞いてくれる彼に笑ってしまう。
「飲みものを買ってきますので、中で座っていてください」
「ああ。悪いな」
奥のカウンターで飲みものを買い、中に入れば有村が後ろを向いて手を振ってくれた。後ろの席だがスクリーンが観やすい位置で、流石彼のチョイスだなと思ってしまう。
「今頃、久野の奴は笑っているだろうな。こんなゆるキャラ映画で」
「実は厚意かもしれないですよ。意外と面白いかもしれないし」
「自分が謙と行かないことからして悪意だろ。謙はともかく、似合わない俺がポスターの前で恥ずかしがればいいとでも思ったんだろうな。いい性格だ」
「俺はともかくってなんですか」
そんなことを言い合ううちに暗くなり、予告映像が流れ出す。予告が終わればゆっくりとした音楽と共に、二頭身なんだか一頭身なんだか分からないキャラたちが画面に現れた。珍しい無声映画で、動きや表情が可愛くて見入ってしまう。
ふと有村は寝てしまったかと隣を見れば、背凭れに身体を沈めるようにしていた彼が、見上げるようにこちらを見つめていた。
「兄さ……」
思わず声が零れて、唇に指を当てる仕草で止められる。仕方なくスクリーンに顔を戻したものの、彼がずっと自分を見ているような気がして集中できなくなった。速まる鼓動に、隣の彼に胸の音がばれてしまわないかと不安になる。
それでも青を多く使った綺麗な映像と、ちょこまかと動く可愛いキャラたちに癒されるうちに、あっという間にエンドロールが流れた。
「面白かったか?」
周りが明るくなると同時に、軽く伸びをしながら聞かれる。
「思ったよりよかったですけど、兄さんは観ていました?」
「ああ。所々な」
隠しもせずにそう言われて、ふっと肩の力が抜けた。
「俺もこの間の態度はよくなかったし、これであいつの気が済むならよかったよ」
「久野さんは別に怒っていませんでしたよ」
「謙の前では猫を被っているんだよ、あいつは」
そんな打ち解けたやりとりをしながら建物を出て、若い女性が喜びそうな雑貨屋やカフェが並ぶ敷地内を歩いて、駐車場に戻っていく。
「部屋に行ってもいいか?」
「もちろん。昨日も仕事だったんでしょう? 俺の部屋でゆっくりしてください」
「ああ。悪いな」
素直に答えるくらい疲れているのだと知った。彼に少し寝てもらって、その間に夕食の支度をしよう。二人で食事をして、今夜はテレビも点けてみよう。そんな楽しい想像をしていたところで有村の携帯が震える。
「はい。ああ、それは聞いている。……そうか」
通話を始めた彼が取り乱すことはなかったが、何かトラブルが起こっていることは分かった。
「それならすぐに行く」
電話を終えた彼が一つ息を吐く。
「悪い。仕事に行かなきゃいけなくなった」
「身体、大丈夫ですか?」
思わず聞けば笑われてしまった。
「大丈夫じゃなきゃ、ゆるキャラの映画なんて観に来ていない」
「そうですけど」
貢本も小さく笑って返す。何か手伝えることがあればいいのだが、あいにく貢本は総務部員で、仕事で直接役に立つことはない。だから、少しでも彼の負担を減らすことを考える。
「俺は電車で帰りますから、すぐに仕事に向かってください」
「いや。それはダメだ。ちゃんと送る」
厳しい声音に瞬いてしまう。
「でも、直接会社に向かった方が楽でしょう? 急ぎのようだったし」
「いいんだ。一時間くらいは余裕もある」
彼が何を必死になっているのか分からないが、言い合って時間を使うのもよくないから、黙って送られることにした。仕事のことを考えなければならないだろうに、帰りの車内で、有村は先程観た映画や貢本が楽しめる話をしてくれる。
「悪いな。慌ただしくて。埋め合わせはちゃんとするから」
翌日。なんとなく不機嫌な彼と昼食を済ませて、向かったのはホテルのビルの中の映画館だった。シックな雰囲気で、子ども連れより社会人カップル向けに造られたような館内だが、手渡されたチケットには驚かされる。
「やめたいならやめてもいいぞ。別にあいつに従う必要はないしな」
「でもせっかくここまで来たし」
そう言って入り口のポスターに目を遣る。
久野がチケットをくれたのは、キャラクターもののアニメ映画だった。玩具屋にぬいぐるみが沢山並んでいるようなキャラクターで、人気すぎてこの映画も第二弾なのだという。
「ちょっと観てみましょうか。つまらなかったら出てくればいいですし」
「謙がそう言うなら」
渋々という様子で、それでも言うことを聞いてくれる彼に笑ってしまう。
「飲みものを買ってきますので、中で座っていてください」
「ああ。悪いな」
奥のカウンターで飲みものを買い、中に入れば有村が後ろを向いて手を振ってくれた。後ろの席だがスクリーンが観やすい位置で、流石彼のチョイスだなと思ってしまう。
「今頃、久野の奴は笑っているだろうな。こんなゆるキャラ映画で」
「実は厚意かもしれないですよ。意外と面白いかもしれないし」
「自分が謙と行かないことからして悪意だろ。謙はともかく、似合わない俺がポスターの前で恥ずかしがればいいとでも思ったんだろうな。いい性格だ」
「俺はともかくってなんですか」
そんなことを言い合ううちに暗くなり、予告映像が流れ出す。予告が終わればゆっくりとした音楽と共に、二頭身なんだか一頭身なんだか分からないキャラたちが画面に現れた。珍しい無声映画で、動きや表情が可愛くて見入ってしまう。
ふと有村は寝てしまったかと隣を見れば、背凭れに身体を沈めるようにしていた彼が、見上げるようにこちらを見つめていた。
「兄さ……」
思わず声が零れて、唇に指を当てる仕草で止められる。仕方なくスクリーンに顔を戻したものの、彼がずっと自分を見ているような気がして集中できなくなった。速まる鼓動に、隣の彼に胸の音がばれてしまわないかと不安になる。
それでも青を多く使った綺麗な映像と、ちょこまかと動く可愛いキャラたちに癒されるうちに、あっという間にエンドロールが流れた。
「面白かったか?」
周りが明るくなると同時に、軽く伸びをしながら聞かれる。
「思ったよりよかったですけど、兄さんは観ていました?」
「ああ。所々な」
隠しもせずにそう言われて、ふっと肩の力が抜けた。
「俺もこの間の態度はよくなかったし、これであいつの気が済むならよかったよ」
「久野さんは別に怒っていませんでしたよ」
「謙の前では猫を被っているんだよ、あいつは」
そんな打ち解けたやりとりをしながら建物を出て、若い女性が喜びそうな雑貨屋やカフェが並ぶ敷地内を歩いて、駐車場に戻っていく。
「部屋に行ってもいいか?」
「もちろん。昨日も仕事だったんでしょう? 俺の部屋でゆっくりしてください」
「ああ。悪いな」
素直に答えるくらい疲れているのだと知った。彼に少し寝てもらって、その間に夕食の支度をしよう。二人で食事をして、今夜はテレビも点けてみよう。そんな楽しい想像をしていたところで有村の携帯が震える。
「はい。ああ、それは聞いている。……そうか」
通話を始めた彼が取り乱すことはなかったが、何かトラブルが起こっていることは分かった。
「それならすぐに行く」
電話を終えた彼が一つ息を吐く。
「悪い。仕事に行かなきゃいけなくなった」
「身体、大丈夫ですか?」
思わず聞けば笑われてしまった。
「大丈夫じゃなきゃ、ゆるキャラの映画なんて観に来ていない」
「そうですけど」
貢本も小さく笑って返す。何か手伝えることがあればいいのだが、あいにく貢本は総務部員で、仕事で直接役に立つことはない。だから、少しでも彼の負担を減らすことを考える。
「俺は電車で帰りますから、すぐに仕事に向かってください」
「いや。それはダメだ。ちゃんと送る」
厳しい声音に瞬いてしまう。
「でも、直接会社に向かった方が楽でしょう? 急ぎのようだったし」
「いいんだ。一時間くらいは余裕もある」
彼が何を必死になっているのか分からないが、言い合って時間を使うのもよくないから、黙って送られることにした。仕事のことを考えなければならないだろうに、帰りの車内で、有村は先程観た映画や貢本が楽しめる話をしてくれる。
「悪いな。慌ただしくて。埋め合わせはちゃんとするから」