明日会えない恋人
「この間はごめんね。紘一朗に叱られたんじゃない?」
二週間ぶりに会った久野は、貢本のことも有村のことも悪く言わず、以前と変わらない余裕の笑みを見せた。
もう二人で会うのはやめようと言われると思ったのに、何事もなかったかのようにランチに誘ってきたのだ。有村とのその後が気になって誘いに乗ったのだが、どうやら二人の関係も問題はないらしい。
という訳で、街中が見渡せる大きな窓のある店で、午後の日差しに照らされながらハンバーガーを食べていたりする。牛肉のパティはマッシュルームと玉葱のソースが効いておいしい。一つ二千円するハンバーガーを食べるのは初めてだが、意外にいいものだと思う。彼はいつも貢本が楽しめるような店をチョイスしてくれて、公私共に広い知識を持っているのだろうと感心してしまう。
「俺は大丈夫です。久野さんの方こそ何か言われたんじゃないですか?」
「いや。なんか勝手に怒りが収まったみたいで、また謙と会ってやってくれって言われたよ」
久野はこうして簡単に有村との裏話もばらしてしまう。
「ということだから、また時間があるときご飯に行ったり遊びに行ったりしよう。貢本さんみたいな美人と一緒にいられれば、俺も役得ってものだしさ」
「美人、ではないと思いますけど」
ごく控えめな顔立ちの自分には似つかわしくない言葉だと思いながら、彼の言い方がおかしくて笑ってしまう。
「美人、美人。美人だから俺のポテトをあげよう」
そう言って、彼はポテトをいくつか貢本の皿に移してくれた。
「ありがとうございます」
「貢本さんは細いから。それ以上痩せないようにしないと」
「そんなに細くはないと思いますけど」
なんとなく自分の腕を見てみるが、別に普通だと思う。
「自覚がないのが一番怖いよ。ま、このところ少しはよくなったみたいだけど。体力は恋愛の基本だからね」
おかしなことを言いながら、彼はナイフとフォークを使って貢本よりずっと大きいパティを平らげてしまう。
時々不思議なことを言うが、やはり気取らなくていい人だと思った。何度会ってもいい人で、逆によく分からなくなる。初めは、知哉のことを気に入らない有村が、彼を自分に宛てがったのだと思った。そして久野も別に嫌いではないから口説いている。だがどうやら違うらしい。貢本を口説くようなことを言いながら手を出してくるでもない彼も、水族館での有村の態度も謎だった。一体二人の目的はなんなのか。聞いてもはぐらかされそうで、その日も他愛もない話を続けてしまう。
食事のあと、久野がお気に入りだというスーツのセレクトショップにつれていってもらった。貢本の意見も聞きながら彼がいくつか買いものをして、店員に見送られて店を出る。何かプレゼントするよと言われたが、流石にそれは辞退した。
「あまり連れ回すと疲れちゃうだろうから、今日はこの辺でお開きにしようか。家まで送るよ」
「はい。すみません、いつも送ってもらって」
別にもっと一緒にいたいという訳ではないので、素直に頷く。
「可愛い子を家まで送り届けるのは男の義務でしょ? それに万が一貢本さんに何かあったら、俺が紘一朗に亡き者にされてしまうからね」
さらりとそんなことを言い、高級車を当たり前のように運転して、彼は部屋の前まで送ってくれた。
「あ、そうだ。忘れるところだった」
お礼を言って車を降りたところで楽しげに告げられる。
「映画のチケットが二枚手に入ったから、紘一朗に渡しておいたんだ。今度二人で行ってきてね」
「兄さんと?」
「そう。たまには二人で出掛けるのもいいでしょう?」
それはいいのだが、一体彼はどの立場でそう言っているのだろう。
「凄くいい映画だから、俺があげたチケットを無駄にしないでね」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
「俺とは今度、夜のドライブでもしようか。夜景が綺麗な場所があるから付き合って」
「俺でよければ」
応えれば満足げに笑って、彼は帰っていった。どうやらまだ貢本と会うことをやめるつもりはないらしい。もう有村には職場に呼んで問題ない人間だと伝えてあるのに、デート擬きを続けるのは何故だろう。有村も、久野と会うのをやめろと言わないのは何故だろう。
分からないまま部屋に戻って、着替えていたところで電話が鳴る。久野かと思ったが、相手は有村だ。
「明日の昼間、空いているか?」
「空いていますけど」
不機嫌というのか自棄気味というのか、とにかく穏やかではないらしい彼に言われて、真意を測りながら返す。
「じゃあ、映画に付き合ってくれ。二時からだから、昼に待ち合せて昼飯を食べてからにしよう」
「ああ。久野さんにチケットを貰った映画ですか?」
「そうだ。あいつ、この間の俺の水族館での態度に実は怒っていたらしくてな」
どういうこと? と聞く前に、じゃあ、明日なと切られてしまった。多分休日出勤の合間に掛けてきてくれたのだろう。明日は貴重なお休みだろうに、自分と会っていていいのだろうかと心配しながら、それでも彼と会えることに嬉しくなる。
このところ会社帰りに有村と会って、休日には久野か有村と会っている。これじゃリア充じゃないかと思って、いや、もうその言い方も古いのかと、どうでもいいことに悩む。
明日も出掛けるのなら家のことを済ませてしまおう。有村と映画なんて、どんな感じになるのだろう。そんな平和なことを思っていた。
二週間ぶりに会った久野は、貢本のことも有村のことも悪く言わず、以前と変わらない余裕の笑みを見せた。
もう二人で会うのはやめようと言われると思ったのに、何事もなかったかのようにランチに誘ってきたのだ。有村とのその後が気になって誘いに乗ったのだが、どうやら二人の関係も問題はないらしい。
という訳で、街中が見渡せる大きな窓のある店で、午後の日差しに照らされながらハンバーガーを食べていたりする。牛肉のパティはマッシュルームと玉葱のソースが効いておいしい。一つ二千円するハンバーガーを食べるのは初めてだが、意外にいいものだと思う。彼はいつも貢本が楽しめるような店をチョイスしてくれて、公私共に広い知識を持っているのだろうと感心してしまう。
「俺は大丈夫です。久野さんの方こそ何か言われたんじゃないですか?」
「いや。なんか勝手に怒りが収まったみたいで、また謙と会ってやってくれって言われたよ」
久野はこうして簡単に有村との裏話もばらしてしまう。
「ということだから、また時間があるときご飯に行ったり遊びに行ったりしよう。貢本さんみたいな美人と一緒にいられれば、俺も役得ってものだしさ」
「美人、ではないと思いますけど」
ごく控えめな顔立ちの自分には似つかわしくない言葉だと思いながら、彼の言い方がおかしくて笑ってしまう。
「美人、美人。美人だから俺のポテトをあげよう」
そう言って、彼はポテトをいくつか貢本の皿に移してくれた。
「ありがとうございます」
「貢本さんは細いから。それ以上痩せないようにしないと」
「そんなに細くはないと思いますけど」
なんとなく自分の腕を見てみるが、別に普通だと思う。
「自覚がないのが一番怖いよ。ま、このところ少しはよくなったみたいだけど。体力は恋愛の基本だからね」
おかしなことを言いながら、彼はナイフとフォークを使って貢本よりずっと大きいパティを平らげてしまう。
時々不思議なことを言うが、やはり気取らなくていい人だと思った。何度会ってもいい人で、逆によく分からなくなる。初めは、知哉のことを気に入らない有村が、彼を自分に宛てがったのだと思った。そして久野も別に嫌いではないから口説いている。だがどうやら違うらしい。貢本を口説くようなことを言いながら手を出してくるでもない彼も、水族館での有村の態度も謎だった。一体二人の目的はなんなのか。聞いてもはぐらかされそうで、その日も他愛もない話を続けてしまう。
食事のあと、久野がお気に入りだというスーツのセレクトショップにつれていってもらった。貢本の意見も聞きながら彼がいくつか買いものをして、店員に見送られて店を出る。何かプレゼントするよと言われたが、流石にそれは辞退した。
「あまり連れ回すと疲れちゃうだろうから、今日はこの辺でお開きにしようか。家まで送るよ」
「はい。すみません、いつも送ってもらって」
別にもっと一緒にいたいという訳ではないので、素直に頷く。
「可愛い子を家まで送り届けるのは男の義務でしょ? それに万が一貢本さんに何かあったら、俺が紘一朗に亡き者にされてしまうからね」
さらりとそんなことを言い、高級車を当たり前のように運転して、彼は部屋の前まで送ってくれた。
「あ、そうだ。忘れるところだった」
お礼を言って車を降りたところで楽しげに告げられる。
「映画のチケットが二枚手に入ったから、紘一朗に渡しておいたんだ。今度二人で行ってきてね」
「兄さんと?」
「そう。たまには二人で出掛けるのもいいでしょう?」
それはいいのだが、一体彼はどの立場でそう言っているのだろう。
「凄くいい映画だから、俺があげたチケットを無駄にしないでね」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
「俺とは今度、夜のドライブでもしようか。夜景が綺麗な場所があるから付き合って」
「俺でよければ」
応えれば満足げに笑って、彼は帰っていった。どうやらまだ貢本と会うことをやめるつもりはないらしい。もう有村には職場に呼んで問題ない人間だと伝えてあるのに、デート擬きを続けるのは何故だろう。有村も、久野と会うのをやめろと言わないのは何故だろう。
分からないまま部屋に戻って、着替えていたところで電話が鳴る。久野かと思ったが、相手は有村だ。
「明日の昼間、空いているか?」
「空いていますけど」
不機嫌というのか自棄気味というのか、とにかく穏やかではないらしい彼に言われて、真意を測りながら返す。
「じゃあ、映画に付き合ってくれ。二時からだから、昼に待ち合せて昼飯を食べてからにしよう」
「ああ。久野さんにチケットを貰った映画ですか?」
「そうだ。あいつ、この間の俺の水族館での態度に実は怒っていたらしくてな」
どういうこと? と聞く前に、じゃあ、明日なと切られてしまった。多分休日出勤の合間に掛けてきてくれたのだろう。明日は貴重なお休みだろうに、自分と会っていていいのだろうかと心配しながら、それでも彼と会えることに嬉しくなる。
このところ会社帰りに有村と会って、休日には久野か有村と会っている。これじゃリア充じゃないかと思って、いや、もうその言い方も古いのかと、どうでもいいことに悩む。
明日も出掛けるのなら家のことを済ませてしまおう。有村と映画なんて、どんな感じになるのだろう。そんな平和なことを思っていた。