駆け引きトライアングル
トライアングルは富田、大岡、煌ではなく、実は富田、大岡、戸倉だった。人生経験豊富な戸倉は二人の秘めた気持ちに気づいて、ずっともどかしい思いを抱えてきたという。自分の入院で何かいいきっかけをあたえてやれないかと考え、退職時に纏まったお金を貸していた煌に、返済をチャラにする代わりに二人の本心を引き出すようにと命じたらしい。だがかなり早い段階で、煌は富田を気に入り指令を放棄してしまった。
「色々と迷惑を掛けてすみませんでした」
バイトの最終日に彼に詫びれば、「迷惑なんて掛けられていないし、よく考えればこれからもアタックすればいいだけだから平気」と返された。彼は実は法学部の出らしく、来年から院に行って弁護士を目指すことにしたらしい。
「俺も弁護士になって堂々と奪いに行くから」
そう宣言した彼が、大学院で素敵な人に巡り会ってくれればいい。余計なお世話と知りながらそんな風に願っている。
長谷実果子は無事離婚が成立して、慰謝料も相場より高い五百万取ることができた。あの夜の騒動のお陰で、幹矢氏が彼女の怒りの根深さに気づいたらしい。浮気の他に、病気で子どもが作れないと嘘を吐いたことは悪かったと謝罪して、それで彼女の気持ちもだいぶ落ち着いたらしい。ネットの噂も信憑性がゼロに近いところまで落ち着かせることができて、実果子は無事に仕事に戻った。願わくは今度は穏やかに想い合える人と出会ってほしい。それがなくても、社員やお客から必要とされる経営者として幸せに生きてほしい。そう思って、彼女が嫌な思い出を忘れた頃、またお茶を買いに行く予定でいる。
「おかえりなさい」
ドアの開く音に気づいて玄関に向かえば、富田の一時間遅れで返ってきた彼に抱き寄せられた。
「ただいま」
ついさっきまで事務所で一緒にいたというのにもう恋しくなっていて、ぎゅっとその首に抱きついてしまう。もう一緒にいるための嘘は必要なくなって、富田は大岡の部屋の合鍵を預けてもらえることになった。富田の方が早い日は、こうして先に帰って料理をしながら待っている。女性と食事に行くなどというカモフラージュを挟まなくてよくなった分、長く一緒にいられるようになって、その幸せを噛みしめている。
「今日は鯖のトマト煮を作ってみました。こういう変わり種もいいかなって」
「聡太が作るものはなんでもおいしいから」
「ありがたいお言葉です」
「何、その他人行儀な言い方は」
どうでもいいことを言い合う時間が宝物のように大切だ。
「そういえば、戸倉さんはもうとっくに僕たちが上手くいったことに気づいているみたいだね」
コンロの火を止めたところで、手を洗い終えた彼に後ろから抱きしめられて、密かに頬を染める。
「戸倉くんからの報告もあったでしょうからね」
富田と大岡がくっついたことに喜んだ戸倉は、借金チャラの他に煌の院の学費を半分出してあげることにしたらしい。「収まるところに収まってくれてよかった」と言われて気恥ずかしくもあるが、祝福の気持ちはありがたく受け取ろうと思っている。
「それで考えたんだけど、もう戸倉さんにバレているなら、いっそ一緒に暮らしちゃわない?」
「え?」
突然の提案に振り向けば、彼がにっこり余裕の微笑みを向けてくる。ああ、自信があるときの顔だと思えば、なんの問題もない気がして、素直に提案に乗っておこうと思う。
「いい考えですね。そうすれば、もう俺を引き止めるためにシャツを切り裂いておくなんてことをしなくてよくなる」
「その通り。今度一緒に部屋を見に行こう。聡太の気に入った物件にすればいいから」
こんな風に、隠しごとがなくなっていく二人の関係が嬉しい。
二人の部屋で、大切な彼のための家事をして過ごす。富田の望んできたものが綺麗に収まる気がして、一つまた過去の痼りから解放される。多くの依頼人を救う彼のために、今度は自分が彼を護っていきたい。欲しくて欲しくて堪らなかったものだ。富田の方が決して離してやらない。
「好きだよ、聡太」
「はい。俺も」
恋を手に入れて少し強くなった自分を感じて、富田は大切な彼に身を寄せるのだった。
✽end✽
→あとがき
「色々と迷惑を掛けてすみませんでした」
バイトの最終日に彼に詫びれば、「迷惑なんて掛けられていないし、よく考えればこれからもアタックすればいいだけだから平気」と返された。彼は実は法学部の出らしく、来年から院に行って弁護士を目指すことにしたらしい。
「俺も弁護士になって堂々と奪いに行くから」
そう宣言した彼が、大学院で素敵な人に巡り会ってくれればいい。余計なお世話と知りながらそんな風に願っている。
長谷実果子は無事離婚が成立して、慰謝料も相場より高い五百万取ることができた。あの夜の騒動のお陰で、幹矢氏が彼女の怒りの根深さに気づいたらしい。浮気の他に、病気で子どもが作れないと嘘を吐いたことは悪かったと謝罪して、それで彼女の気持ちもだいぶ落ち着いたらしい。ネットの噂も信憑性がゼロに近いところまで落ち着かせることができて、実果子は無事に仕事に戻った。願わくは今度は穏やかに想い合える人と出会ってほしい。それがなくても、社員やお客から必要とされる経営者として幸せに生きてほしい。そう思って、彼女が嫌な思い出を忘れた頃、またお茶を買いに行く予定でいる。
「おかえりなさい」
ドアの開く音に気づいて玄関に向かえば、富田の一時間遅れで返ってきた彼に抱き寄せられた。
「ただいま」
ついさっきまで事務所で一緒にいたというのにもう恋しくなっていて、ぎゅっとその首に抱きついてしまう。もう一緒にいるための嘘は必要なくなって、富田は大岡の部屋の合鍵を預けてもらえることになった。富田の方が早い日は、こうして先に帰って料理をしながら待っている。女性と食事に行くなどというカモフラージュを挟まなくてよくなった分、長く一緒にいられるようになって、その幸せを噛みしめている。
「今日は鯖のトマト煮を作ってみました。こういう変わり種もいいかなって」
「聡太が作るものはなんでもおいしいから」
「ありがたいお言葉です」
「何、その他人行儀な言い方は」
どうでもいいことを言い合う時間が宝物のように大切だ。
「そういえば、戸倉さんはもうとっくに僕たちが上手くいったことに気づいているみたいだね」
コンロの火を止めたところで、手を洗い終えた彼に後ろから抱きしめられて、密かに頬を染める。
「戸倉くんからの報告もあったでしょうからね」
富田と大岡がくっついたことに喜んだ戸倉は、借金チャラの他に煌の院の学費を半分出してあげることにしたらしい。「収まるところに収まってくれてよかった」と言われて気恥ずかしくもあるが、祝福の気持ちはありがたく受け取ろうと思っている。
「それで考えたんだけど、もう戸倉さんにバレているなら、いっそ一緒に暮らしちゃわない?」
「え?」
突然の提案に振り向けば、彼がにっこり余裕の微笑みを向けてくる。ああ、自信があるときの顔だと思えば、なんの問題もない気がして、素直に提案に乗っておこうと思う。
「いい考えですね。そうすれば、もう俺を引き止めるためにシャツを切り裂いておくなんてことをしなくてよくなる」
「その通り。今度一緒に部屋を見に行こう。聡太の気に入った物件にすればいいから」
こんな風に、隠しごとがなくなっていく二人の関係が嬉しい。
二人の部屋で、大切な彼のための家事をして過ごす。富田の望んできたものが綺麗に収まる気がして、一つまた過去の痼りから解放される。多くの依頼人を救う彼のために、今度は自分が彼を護っていきたい。欲しくて欲しくて堪らなかったものだ。富田の方が決して離してやらない。
「好きだよ、聡太」
「はい。俺も」
恋を手に入れて少し強くなった自分を感じて、富田は大切な彼に身を寄せるのだった。
✽end✽
→あとがき