駆け引きトライアングル

 制服警官が二人入ってくる直前に、大岡が刃物とロープを隠してしまう。
「喧嘩の通報があったのですが、この二人ですか?」
 警官が実果子と幹矢氏の顔を交互に見て言うのに、大岡が綺麗に微笑んで応える。
「離婚話が拗れて、少し派手に言い合ってしまっただけです。ご近所さんが心配して通報してしまったみたいで。弁護士の私がやってきましたので、もう問題ありません。お忙しい中お手間を掛けて申し訳ありません」
 流れるような言葉で弁解する大岡に訝しげな顔を見せたものの、結局は彼の弁護士という立場を知って警官は帰っていった。よかった。とりあえず実果子の逮捕という事態は逃れられた。だがこれで終わりではない。
「聡太。悪いけど、このマンション周辺に野次馬がいるようなら、パトカーが来たのは誤報だったという話を広めておいて。僕はネットの方をなんとかする」
 実果子は経営者だ。彼女が警察が出動するほどの騒動を起こしたと知られれば、話はどこまで広がるか分からない。彼女から会社まで奪いたくない。そんな彼の配慮が伝わってくる。
「戸倉くんは悪いけど、実果子さんをどこかのホテルに連れていってくれるかな。料金はうち持ちでいいから、セキュリティーが万全なところ」
「分かりました」
 刃物を取り上げられてから放心状態のようになっていた彼女が、戸倉に声を掛けられて漸く正気を取り戻す。
「大岡先生の奢りで豪華なホテルに泊まっていいって。ラッキーだね」
 彼のそんな言い方に狂気も削がれてしまったようだ。
「大丈夫ですよ。大岡先生はそこらの弁護士よりずっと優秀ですから、あなたがこれからも問題なく仕事ができるようにしっかり後始末してくれます」
 そう言ってやれば、彼女が呆れたように息を吐く。
「刃物を向けられたっていうのに、お人よしな事務員さんね」
「お褒めに預かり光栄です」
 富田はお人よしではないし、その証拠に年下の男を利用しようとしてしまったが、せっかく褒められたので素直に聞いておく。
「またお茶を買いに行きますから」
 そう言ってやれば、彼女の顔がまた少し穏やかになった。
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