駆け引きトライアングル

 竹を割ったような答えに、頭を打たれた気分だった。
「鋏……」
「だってこのブランド洗濯にも強いし、横ならまだしも縦に破れることなんてまずないでしょ? 鋏で綺麗に切った。それしかなくない?」
 その瞬間自身の愚かさを恥じた。確かめもせず、誤解したまま煌に縋ろうとしていた。もう少しで彼を傷つけるところだった。いや、もう傷つけてしまっているから詫びるしかない。
「申し訳ありません」
 それまで二人の間にあった空気を壊して、ソファーの前で土下座して詫びた。
「戸倉くんを利用しようとしていました。どう言ってもらっても構いませんので、どうか許してください」
「え、ちょっと、いきなり何?」
「俺はやっぱり、戸倉くんのものになることはできません。例え盛大な勘違いでも、もう手遅れだとしても、それでも彼を忘れられない」
 そう言って一度上げた頭をまたフローリングに近づければ、しばらく無言でいた彼がふっと笑う。
「このまま勢いでやっちゃえば、俺のテクニックに嵌って抜け出せなくなると思ったけど、その前に拒否されてしまったね。残念。俺の力不足」
 怒ってくれていいのに、どこまでも彼は寛大だ。
「実は俺も謝らないといけないことがあるんだ」
 富田の身体を起こして、同じように床に座った彼が目を合わせてくる。
「実は伯母さんの作戦だったんだ。大岡さんと富田さんは想い合っている筈なのにどっちも素直じゃないから上手くいかない。だから報酬を上げるから、カンフル剤になってほしいってね」
「戸倉さんの作戦?」
「そう。でも俺がすぐに富田さんに本気になってしまって、作戦もうやむやになっていたんだけど」
 病室での戸倉の言葉を思い出す。確か彼女も指令や報酬がどうのと言っていた。つまりはそういうことだったのだ。
「だから罪悪感を持つ必要はないよ。俺も諦めるつもりはないし。でも今夜は一旦お預けにしようか」
 少し前まで嫌な奴だと思っていた彼が、いまでは年上のように温かい言葉をくれる。一旦と言ってくれるが、もう二度と彼に寄りかかることはないだろう。一度とことん馬鹿なことをしてみて分かった。気が済んだ。気持ちを捻じ曲げてもやもやを抱え続けて生きていくより、辛くても本心で生きていく方が、どうやら楽らしい。
「このお詫びとお礼は近日必ず。申し訳ないけど今日はお暇させてもらいます」
「うん。俺もこのままいられるときついから」
 本音を見せてくれる彼に頭を下げて、もとの服に着替えるために脱衣室に向かう。そこで鞄の中のスマホが点灯したことに気づいた。無視してもいいと思うのに、なんとなく気になって手に取って、そこで目を見開く。大岡でも戸倉でもなく、何故か実果子からのラインだ。
『お世話になりました。事務所の誠意を持った対応に感謝します』
 彼女らしくない文章に、身体中の血が一度に下りていく。
「戸倉くんごめん。ちょっと手伝ってもらえるかな。どうやら人手がいりそうで」
「何かあったんですか?」
 傍にやってきた彼にラインをそのまま見せれば、流石の彼も言葉をなくした。
「……俺、車あるんで足になります」
「うん。とりあえず勇人さんに連絡をして指示を仰ぐ」
 どうか間に合ってくれ。どうか馬鹿なことをしないでくれ。自身の問題など一度に忘れて、気が強いフリで実は心に爆弾を抱えた彼女を思って願わずにはいられなかった。
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