駆け引きトライアングル
激しい女性だが、富田は実果子を悪い人間だとは思えない。だが実際に話をする大岡の苦労も分かるから、どっちつかずの言い方になってしまう。
「ふふ。聡太のそういうとこ好きだな。人を簡単に嫌ったり、悪く言ったりしないところ」
そう返して笑ってみせる彼に困ってしまった。買い被りすぎだ。富田だって嫌いなものは嫌いだし、気が立っていれば悪口の一つも言う。
「俺は……」
「この間はごめん」
タクシーを待つために足を止めた歩道で、大通りを見たまま彼が言った。
「勝手を繰り返しておきながら、部下に対して余計なことを言った」
戦闘モードの日の言い争いのことだとすぐに分かる。
「もうあの日謝ってもらいましたよ。それに、俺の方こそ勇人さんに世話になっておきながらあんな言い方はなかった」
タクシーはなかなか来ない上に他にも待っている人がいるから捕まらない。時間に余裕があるから駅まで歩こうということになって、並んで白い歩道の上を歩いていく。
「プライベートまで付き合わせすぎたかなって反省したんだ。家のことまでやらせちゃったし、こっちも聡太のことに口を出したり、事務所のボスとしては線引きが甘かったなって」
「別にそれは」
これからは仕事だけの関係になろうと言われたらどうしようと、不安に押し潰されそうだった。煌とのことを言われて怒ったのは、プライベートを詮索されたくなかったからではなく、それを平気で言われたからだ。だが気持ちを隠しながら、今まで通り世話を焼きたいという希望を伝えられるような、高度な言葉は出てこない。
「これからも協力しますから」
このままただのボスと部下の関係に戻りたくない。焦る気持ちから、出てきたのは更に自分の首を絞める提案だった。
「協力?」
「そう。好きな人ができたと言っていたでしょう? それならこれからは一夜の相手のセッティングじゃなく、その人と上手くいくように協力します。情報収集もするし、偶然出会うように仕向けることもできる。彼女が突然来たときのために、部屋も綺麗な方がいいでしょう? そのために掃除でも買いものでもなんでもします」
「そう」
いい提案だと思ったのに、彼の反応が薄くて焦りが募る。
「勇人さんの本命ってどんな人ですか?」
何故そんな自分を痛めつけるようなことを聞くのだと、もう一人の自分が突っ込んでいる。だが止められない。
「前に若い子は疲れるって言っていたから、同い年くらいの」
「あ、あのタクシー乗れそう」
大岡が二台続くタクシーに気づいて手を上げる。ここから先に大岡の次の仕事先に向かって、彼が降りたあとそのまま富田は事務所に戻る予定だ。車を歩道に寄せて止めてくれたタクシーに乗り込みながら、何を一人ベラベラと話しているのだろうと、羞恥に襲われる。彼の仕事先まで車で十分。気まずい時間を耐えるのには充分な時間だ。
「意地っ張りな人だと思うよ」
運転席から聞こえてくるラジオに聞き入るフリをしようと思ったのに、車が走り出したところで彼がぽつりと零す。
「本音を出さないから、こっちも攻めていいのか分からなくなる。もう結構長く一緒にいるんだけど」
彼の本命の話だと分かった。意地っ張りで大岡ですら簡単には落とせないほどの女性。それはさぞいい女なのだろう。
「お言葉に甘える。その人と上手くいくまで協力よろしく」
「任せてください」
運転手にミラー越しに目を向けられるほど元気のいい声で返してしまって、一体自分は何をしているのだろうと、心は絶望していた。
「ふふ。聡太のそういうとこ好きだな。人を簡単に嫌ったり、悪く言ったりしないところ」
そう返して笑ってみせる彼に困ってしまった。買い被りすぎだ。富田だって嫌いなものは嫌いだし、気が立っていれば悪口の一つも言う。
「俺は……」
「この間はごめん」
タクシーを待つために足を止めた歩道で、大通りを見たまま彼が言った。
「勝手を繰り返しておきながら、部下に対して余計なことを言った」
戦闘モードの日の言い争いのことだとすぐに分かる。
「もうあの日謝ってもらいましたよ。それに、俺の方こそ勇人さんに世話になっておきながらあんな言い方はなかった」
タクシーはなかなか来ない上に他にも待っている人がいるから捕まらない。時間に余裕があるから駅まで歩こうということになって、並んで白い歩道の上を歩いていく。
「プライベートまで付き合わせすぎたかなって反省したんだ。家のことまでやらせちゃったし、こっちも聡太のことに口を出したり、事務所のボスとしては線引きが甘かったなって」
「別にそれは」
これからは仕事だけの関係になろうと言われたらどうしようと、不安に押し潰されそうだった。煌とのことを言われて怒ったのは、プライベートを詮索されたくなかったからではなく、それを平気で言われたからだ。だが気持ちを隠しながら、今まで通り世話を焼きたいという希望を伝えられるような、高度な言葉は出てこない。
「これからも協力しますから」
このままただのボスと部下の関係に戻りたくない。焦る気持ちから、出てきたのは更に自分の首を絞める提案だった。
「協力?」
「そう。好きな人ができたと言っていたでしょう? それならこれからは一夜の相手のセッティングじゃなく、その人と上手くいくように協力します。情報収集もするし、偶然出会うように仕向けることもできる。彼女が突然来たときのために、部屋も綺麗な方がいいでしょう? そのために掃除でも買いものでもなんでもします」
「そう」
いい提案だと思ったのに、彼の反応が薄くて焦りが募る。
「勇人さんの本命ってどんな人ですか?」
何故そんな自分を痛めつけるようなことを聞くのだと、もう一人の自分が突っ込んでいる。だが止められない。
「前に若い子は疲れるって言っていたから、同い年くらいの」
「あ、あのタクシー乗れそう」
大岡が二台続くタクシーに気づいて手を上げる。ここから先に大岡の次の仕事先に向かって、彼が降りたあとそのまま富田は事務所に戻る予定だ。車を歩道に寄せて止めてくれたタクシーに乗り込みながら、何を一人ベラベラと話しているのだろうと、羞恥に襲われる。彼の仕事先まで車で十分。気まずい時間を耐えるのには充分な時間だ。
「意地っ張りな人だと思うよ」
運転席から聞こえてくるラジオに聞き入るフリをしようと思ったのに、車が走り出したところで彼がぽつりと零す。
「本音を出さないから、こっちも攻めていいのか分からなくなる。もう結構長く一緒にいるんだけど」
彼の本命の話だと分かった。意地っ張りで大岡ですら簡単には落とせないほどの女性。それはさぞいい女なのだろう。
「お言葉に甘える。その人と上手くいくまで協力よろしく」
「任せてください」
運転手にミラー越しに目を向けられるほど元気のいい声で返してしまって、一体自分は何をしているのだろうと、心は絶望していた。