炎暑の国の至高の医師
『至高の三度』は伝説と言っていいくらい起こらない現象だ。
一位の医師が能力で重病を治した場合、能力を使っているのだから当然病気は完治する。だがごく稀に同じ病を発症する者がいる。何度も再発した場合、一位の医師に治せるのは三度まで。正確には、二度治したあと再発した者は、死の運命を受け入れるしかない。神に天に来ることを望まれた者。そんな風に気持ちを納得させるのだ。
二度一位の医師の治療を受けて再発した場合、三度目の治療は時期を見極めなければならない。三度目は治すための治療ではなく、余命を痛みなく穏やかに過ごすための処置。三度目の治療を受けた者の寿命は長くて三ヵ月。亡くなるまでほぼ苦痛のない生活を約束されるものの、死は確実にやってくる。そして四度目の治療はなんの意味もなさないだけでなく、治療をする医師の命も危険に晒す。
そもそも一位の医師が少ないのだから、この現象を見てきた者はほぼゼロだ。だがカシンは至高の三度を経験した人間を知っている。他でもない、祖母のシュクヤが、祖父のゲッカを治すことができずに亡くしている。痛みで苦しむゲッカに、シュクヤは死が約束されてしまう三度目の治療をした。もちろんゲッカを死なせるつもりはなく、自分の能力なら『至高の三度』の忌まわしいルールも消し去れると信じて力を使った。だが至高の三度の言い伝えは現実になった。シュクヤが自分の持つ全ての能力を使ったことが裏目に出たのか、ゲッカは一ヵ月で亡くなってしまった。ゲッカが亡くなる直前に四度目の治療をしようとしたシュクヤを止めたのが、ゲッカ自身だった。もういいんだ。それが彼の最後の言葉だったという。
一番大切な人を治すことのできなかったシュクヤは、至高の医師として生きることを辞めた。夫の後を追うことも考えたが、そのすぐあとカシンが生まれて、この子のために生きようと思ったという。なんの巡り合わせか、カシンは一位の医師の能力を持って生まれてきた。両親ではとても扱えない能力を、祖母の彼女が育ててくれた。能力の使い方だけでなく、医師としての禁忌も繰り返し学んできた。当然、至高の三度についてもよく聞いている。治せるのは二度まで。三度目の治療は三ヵ月後に死ぬ者の苦痛をなくすだけのもの。そして、四度目の治療は決してしてはいけない。
部屋でシュクヤとのやりとりを思い返していて、そこでふと別の映像が甦った。休日の教会で患者を診ていた日に、その場所に似つかわしくない高貴な男が連れられてきたことがあった。衣服は質素でも、身に纏うオーラを隠しきれていない男は重病で、ほとんど意識を失うほど苦しんでいた。
「……そうか、私か」
考えてみれば、シュクヤが医師を辞めてから、この地に一位の医師はカシンしかいなかったのだから当然だ。過去にザンヤの治療をしたのは自分だ。漸く過去の記憶と彼の言葉が繋がっていく。
「二度目なら治せる」
思いが抑えきれずに零れる。彼は誤解している。二度目までは治せるのに、至高の医師の治療は二度受けられないと思っている。起こる可能性が低すぎて医師ですら知らないような話だから、間違った情報を持っていたとしても不思議ではない。
カシンが治せば、彼の自分を痛めつけるような生活も変わる。突然の発作で苦しむこともなくなる。彼を治すことができれば、自分も半年前の酷い記憶から解放されるかもしれない。
じっとしていられなくなって、すぐに力を取り戻す修業に掛かった。部屋に花が飾られてあったから、一本花瓶から抜いて茎を折った。折った部分に気を当てて元の姿に戻す。放つ気が大きすぎれば、カシンの気に負けた花が粉々に散ってしまうから、気の調整に注意を払う。こんな地味な訓練を何千、何万と繰り返して、至高の医師まで上り詰めた。一位の医師の能力を持って生まれたからと言って、全て能力のお陰でやってこられた訳ではない。それなのに、何故あんな仕打ちを受けなければならなかったのだろう。
「……!」
意識が逸れた瞬間、手にしていた花が散った。失態に心が乱れる。これが患者相手ならどうなっていた。それを思って目を閉じる。こんなことではザンヤの病は治せない。
心を鎮めてから、三位の医師が治療で使う刃物を具現化した。その小さな刃物で、左の二の腕の内側を切る。修業が上手くいかないときに、戒めのために自身の身体を傷つけて血を流す。神経を傷つけはしないが、痛みは感じる深さで切る。精神的な戒めにもなるし、患者の身体を切る訓練にもなる。
久しぶりに本気で治したいと思う患者に出会ったのだ。わざと悪ぶって、生き急ぐような日々を過ごしているのなら、本来の彼に戻してやりたい。彼を想い、もう一度花瓶の花を手にする。
「すぐに警護の者を!」
そこで俄に部屋の外が騒がしくなった。
「何があったのです?」
ドアを開けて警護の人間の一人に聞けば、彼が青い顔で答えてくれる。
「部屋に閉じ込めておいた敵の男が暴れ出したのです。ザンヤ様が、城の者に危害を加えるなら殺すと仰って」
一位の医師が能力で重病を治した場合、能力を使っているのだから当然病気は完治する。だがごく稀に同じ病を発症する者がいる。何度も再発した場合、一位の医師に治せるのは三度まで。正確には、二度治したあと再発した者は、死の運命を受け入れるしかない。神に天に来ることを望まれた者。そんな風に気持ちを納得させるのだ。
二度一位の医師の治療を受けて再発した場合、三度目の治療は時期を見極めなければならない。三度目は治すための治療ではなく、余命を痛みなく穏やかに過ごすための処置。三度目の治療を受けた者の寿命は長くて三ヵ月。亡くなるまでほぼ苦痛のない生活を約束されるものの、死は確実にやってくる。そして四度目の治療はなんの意味もなさないだけでなく、治療をする医師の命も危険に晒す。
そもそも一位の医師が少ないのだから、この現象を見てきた者はほぼゼロだ。だがカシンは至高の三度を経験した人間を知っている。他でもない、祖母のシュクヤが、祖父のゲッカを治すことができずに亡くしている。痛みで苦しむゲッカに、シュクヤは死が約束されてしまう三度目の治療をした。もちろんゲッカを死なせるつもりはなく、自分の能力なら『至高の三度』の忌まわしいルールも消し去れると信じて力を使った。だが至高の三度の言い伝えは現実になった。シュクヤが自分の持つ全ての能力を使ったことが裏目に出たのか、ゲッカは一ヵ月で亡くなってしまった。ゲッカが亡くなる直前に四度目の治療をしようとしたシュクヤを止めたのが、ゲッカ自身だった。もういいんだ。それが彼の最後の言葉だったという。
一番大切な人を治すことのできなかったシュクヤは、至高の医師として生きることを辞めた。夫の後を追うことも考えたが、そのすぐあとカシンが生まれて、この子のために生きようと思ったという。なんの巡り合わせか、カシンは一位の医師の能力を持って生まれてきた。両親ではとても扱えない能力を、祖母の彼女が育ててくれた。能力の使い方だけでなく、医師としての禁忌も繰り返し学んできた。当然、至高の三度についてもよく聞いている。治せるのは二度まで。三度目の治療は三ヵ月後に死ぬ者の苦痛をなくすだけのもの。そして、四度目の治療は決してしてはいけない。
部屋でシュクヤとのやりとりを思い返していて、そこでふと別の映像が甦った。休日の教会で患者を診ていた日に、その場所に似つかわしくない高貴な男が連れられてきたことがあった。衣服は質素でも、身に纏うオーラを隠しきれていない男は重病で、ほとんど意識を失うほど苦しんでいた。
「……そうか、私か」
考えてみれば、シュクヤが医師を辞めてから、この地に一位の医師はカシンしかいなかったのだから当然だ。過去にザンヤの治療をしたのは自分だ。漸く過去の記憶と彼の言葉が繋がっていく。
「二度目なら治せる」
思いが抑えきれずに零れる。彼は誤解している。二度目までは治せるのに、至高の医師の治療は二度受けられないと思っている。起こる可能性が低すぎて医師ですら知らないような話だから、間違った情報を持っていたとしても不思議ではない。
カシンが治せば、彼の自分を痛めつけるような生活も変わる。突然の発作で苦しむこともなくなる。彼を治すことができれば、自分も半年前の酷い記憶から解放されるかもしれない。
じっとしていられなくなって、すぐに力を取り戻す修業に掛かった。部屋に花が飾られてあったから、一本花瓶から抜いて茎を折った。折った部分に気を当てて元の姿に戻す。放つ気が大きすぎれば、カシンの気に負けた花が粉々に散ってしまうから、気の調整に注意を払う。こんな地味な訓練を何千、何万と繰り返して、至高の医師まで上り詰めた。一位の医師の能力を持って生まれたからと言って、全て能力のお陰でやってこられた訳ではない。それなのに、何故あんな仕打ちを受けなければならなかったのだろう。
「……!」
意識が逸れた瞬間、手にしていた花が散った。失態に心が乱れる。これが患者相手ならどうなっていた。それを思って目を閉じる。こんなことではザンヤの病は治せない。
心を鎮めてから、三位の医師が治療で使う刃物を具現化した。その小さな刃物で、左の二の腕の内側を切る。修業が上手くいかないときに、戒めのために自身の身体を傷つけて血を流す。神経を傷つけはしないが、痛みは感じる深さで切る。精神的な戒めにもなるし、患者の身体を切る訓練にもなる。
久しぶりに本気で治したいと思う患者に出会ったのだ。わざと悪ぶって、生き急ぐような日々を過ごしているのなら、本来の彼に戻してやりたい。彼を想い、もう一度花瓶の花を手にする。
「すぐに警護の者を!」
そこで俄に部屋の外が騒がしくなった。
「何があったのです?」
ドアを開けて警護の人間の一人に聞けば、彼が青い顔で答えてくれる。
「部屋に閉じ込めておいた敵の男が暴れ出したのです。ザンヤ様が、城の者に危害を加えるなら殺すと仰って」