炎暑の国の至高の医師
不意討ちで出た名前に瞬いた。
「ザンヤ様が遊んでくださるのですか?」
昨夜のやりとりが浮かんで、慌てて健全な昼の散歩に相応しくない光景を振り払う。
「はい。ザンヤ様はゆり玉も上手ですし、金属を操って、動物や花を作ってくださいます」
剣だけでなく、金属も操れるという訳だ。
「前はよく遊んでくれましたけど、今はなかなか会ってくれなくて」
寂しげに言うギョクトに近づき、王妃が彼の髪を撫でる。
「ザンヤ様はお忙しいのです。父上とこの国のために動いてくださっているのですから」
「この国のために動く?」
「ええ。不甲斐ない私たちのために色々と動いてくださいます」
彼女の言葉にザンヤを敬う気持ちが含まれていた。どうしても夫に王になってほしかったという訳ではないらしい。それなら何故ビャクゲツが即位したのだろう。ますます分からない。
「もう少し出口の方まで行ってみましょうか。また別の花が咲いていますので」
それ以上は話せないというように、王妃がザンヤの話を切り上げた。王妃を困らせたくないので、カシンもパティオの向こうに目を向ける。
「カシン様にお花をあげる」
そう言ってギョクトも立ち上がったときだった。少し離れた位置でどさりと音がする。はっとして振り向けば、護衛が二人倒れているのが分かった。
「ギョクト様!」
敵を把握する前に、反射的に彼を腕に包み込む。
「……っ」
気づいたときには、目の前にいたフェイスベールの男にナイフを向けられていた。
「ギョクト!」
駆け寄ろうとした王妃の動きを、新たにやってきた男が後ろから封じてしまう。
「刃物を下ろしてください。幼い子どもに罪はない」
取り乱せば状況が悪化しそうで、目の前の男に静かに言った。
「王子を連れてくるように言われている。怪我をしたくなければ離れていろ」
温度のない声を返されて、見境なく攻撃されるよりもタチが悪いと思う。殺せと命令されれば、顔色一つ変えずにギョクトを刺してしまいそうだ。そんな相手に子どもを渡す訳にはいかない。
「お断りします」
「それならまずお前を排除する」
「カシン!」
男がナイフを振り下ろして、王妃が声を上げる。だがカシンも黙って子どもを殺られるような腑抜けではなかった。素早く手を翳した途端に、男が正面から倒れる。
「……!? 貴様、何をした?」
一人は倒せた。だがもう一人の男が王妃を突き放して向かってきて、そのスピードに怯んでしまう。
「……っ」
今度は流石に怪我を覚悟した。だがギョクトを強く抱いて目を閉じたところで、風を切る音を肌で感じる。
「……ザンヤ、様?」
痛みは訪れなかった。視線を遣れば、剣で敵を跳ね飛ばしたザンヤが、カシンとギョクトを庇うように跪いている。地面に身体を打ちつけた敵が起きる前に、また飛ぶように向かっていく。
「王妃様」
カシンが王妃の腕を引いて、ギョクトと共に背中に庇ったところで、ドォンと大きな音がした。辺りが煙に包まれて、ザンヤと対峙していた男の気配が遠ざかっていく。
「ったく、逃げる訓練まで受けているのかよ」
離れた場所でザンヤの呟きを聞いた、と思ったら、次の瞬間にはもう目の前に彼が戻っていた。素早い。やはり彼は高い戦闘能力を持っている。
「怪我はないか?」
今日の彼は、濃い青の足首までの長いシェンティの上に、肩から腕を隠すように薄布を纏っていた。戦闘向きの姿ではないのに、そんなことは問題ではないというように強い。
「私は大丈夫です。王妃様とギョクト様は」
「私たちも大丈夫。護っていただき感謝します」
顔を向ければ、ギョクトが王妃にしがみついていた。刃物は見せないように庇ったつもりだが、怖い事態だということは肌で感じただろう。敵にしても、せめて子どもを巻き込まないように争えないのだろうかと思ってしまう。
「見捨てて逃げていくとは、仲間意識はたいしたことないな」
足元に倒れている敵に目を遣って、ザンヤがその目をまっすぐこちらに向けてくる。
「どうやって倒した? お前は戦闘能力者じゃないだろう?」
そこは見逃してもらえないらしい。
「麻酔のようなものです。一時間程で目を覚まします」
「なるほど。流石だな」
僅かに口角を上げて敵に視線を戻す彼の横顔に、ふと頭に過るものがある。同じ横顔を、自分は過去城ではない場所で見ている気がする。
「王妃とギョクトを頼めるか?」
記憶を手繰り寄せる前に彼の声で我に返った。
「もちろん。ザンヤ様は?」
「俺はこいつを連れていく」
「連れていくって、どうして」
意識のない男の腕を肩に担ぐようにして、彼は先に城に向かってしまう。
「決まっている。誰に命令されたか吐かせるんだ」
顔だけ振り向いたその目にゾクリとした。遊びではない。彼の本気を感じる。だがそれは国王の兄がすることではない。
「待ってください。せめてハクメイを呼びましょう」
「医者にどうこう言われる筋合いはない」
「ザンヤ様が遊んでくださるのですか?」
昨夜のやりとりが浮かんで、慌てて健全な昼の散歩に相応しくない光景を振り払う。
「はい。ザンヤ様はゆり玉も上手ですし、金属を操って、動物や花を作ってくださいます」
剣だけでなく、金属も操れるという訳だ。
「前はよく遊んでくれましたけど、今はなかなか会ってくれなくて」
寂しげに言うギョクトに近づき、王妃が彼の髪を撫でる。
「ザンヤ様はお忙しいのです。父上とこの国のために動いてくださっているのですから」
「この国のために動く?」
「ええ。不甲斐ない私たちのために色々と動いてくださいます」
彼女の言葉にザンヤを敬う気持ちが含まれていた。どうしても夫に王になってほしかったという訳ではないらしい。それなら何故ビャクゲツが即位したのだろう。ますます分からない。
「もう少し出口の方まで行ってみましょうか。また別の花が咲いていますので」
それ以上は話せないというように、王妃がザンヤの話を切り上げた。王妃を困らせたくないので、カシンもパティオの向こうに目を向ける。
「カシン様にお花をあげる」
そう言ってギョクトも立ち上がったときだった。少し離れた位置でどさりと音がする。はっとして振り向けば、護衛が二人倒れているのが分かった。
「ギョクト様!」
敵を把握する前に、反射的に彼を腕に包み込む。
「……っ」
気づいたときには、目の前にいたフェイスベールの男にナイフを向けられていた。
「ギョクト!」
駆け寄ろうとした王妃の動きを、新たにやってきた男が後ろから封じてしまう。
「刃物を下ろしてください。幼い子どもに罪はない」
取り乱せば状況が悪化しそうで、目の前の男に静かに言った。
「王子を連れてくるように言われている。怪我をしたくなければ離れていろ」
温度のない声を返されて、見境なく攻撃されるよりもタチが悪いと思う。殺せと命令されれば、顔色一つ変えずにギョクトを刺してしまいそうだ。そんな相手に子どもを渡す訳にはいかない。
「お断りします」
「それならまずお前を排除する」
「カシン!」
男がナイフを振り下ろして、王妃が声を上げる。だがカシンも黙って子どもを殺られるような腑抜けではなかった。素早く手を翳した途端に、男が正面から倒れる。
「……!? 貴様、何をした?」
一人は倒せた。だがもう一人の男が王妃を突き放して向かってきて、そのスピードに怯んでしまう。
「……っ」
今度は流石に怪我を覚悟した。だがギョクトを強く抱いて目を閉じたところで、風を切る音を肌で感じる。
「……ザンヤ、様?」
痛みは訪れなかった。視線を遣れば、剣で敵を跳ね飛ばしたザンヤが、カシンとギョクトを庇うように跪いている。地面に身体を打ちつけた敵が起きる前に、また飛ぶように向かっていく。
「王妃様」
カシンが王妃の腕を引いて、ギョクトと共に背中に庇ったところで、ドォンと大きな音がした。辺りが煙に包まれて、ザンヤと対峙していた男の気配が遠ざかっていく。
「ったく、逃げる訓練まで受けているのかよ」
離れた場所でザンヤの呟きを聞いた、と思ったら、次の瞬間にはもう目の前に彼が戻っていた。素早い。やはり彼は高い戦闘能力を持っている。
「怪我はないか?」
今日の彼は、濃い青の足首までの長いシェンティの上に、肩から腕を隠すように薄布を纏っていた。戦闘向きの姿ではないのに、そんなことは問題ではないというように強い。
「私は大丈夫です。王妃様とギョクト様は」
「私たちも大丈夫。護っていただき感謝します」
顔を向ければ、ギョクトが王妃にしがみついていた。刃物は見せないように庇ったつもりだが、怖い事態だということは肌で感じただろう。敵にしても、せめて子どもを巻き込まないように争えないのだろうかと思ってしまう。
「見捨てて逃げていくとは、仲間意識はたいしたことないな」
足元に倒れている敵に目を遣って、ザンヤがその目をまっすぐこちらに向けてくる。
「どうやって倒した? お前は戦闘能力者じゃないだろう?」
そこは見逃してもらえないらしい。
「麻酔のようなものです。一時間程で目を覚まします」
「なるほど。流石だな」
僅かに口角を上げて敵に視線を戻す彼の横顔に、ふと頭に過るものがある。同じ横顔を、自分は過去城ではない場所で見ている気がする。
「王妃とギョクトを頼めるか?」
記憶を手繰り寄せる前に彼の声で我に返った。
「もちろん。ザンヤ様は?」
「俺はこいつを連れていく」
「連れていくって、どうして」
意識のない男の腕を肩に担ぐようにして、彼は先に城に向かってしまう。
「決まっている。誰に命令されたか吐かせるんだ」
顔だけ振り向いたその目にゾクリとした。遊びではない。彼の本気を感じる。だがそれは国王の兄がすることではない。
「待ってください。せめてハクメイを呼びましょう」
「医者にどうこう言われる筋合いはない」