炎暑の国の至高の医師

 言う通りにしてくれるなら全てを話す。コクネツはそう言ったという。彼の願い通り、王と王妃だけを筆談を使って部屋に呼んだと、ハクメイがテレパシーで報告を受けたのはそこまでだ。王と王妃だけといっても、最低限の警護はついているだろう。昨夜話した感じでは、彼に危険な様子はなかった。それなのにこの嫌な予感はなんだろう。
「ビャクゲツたちが心配だ。黒幕本人に先にコクネツの動きがバレれば、自棄になって何をするか分からない」
 城に黒幕がいると決まっているような言い方だ。やはりザンヤとハクメイには目星がついているのだ。国王一家はもちろん、護ると約束したコクネツも危険な目に遭ってほしくない。間違った思いに囚われて過ちを犯してしまったが、それで人生を終わりにする必要はない。ビャクゲツならやり直す手助けをしてくれる。だから無事でいてほしい。少し前まで人生に絶望していた自分とは思えない気持ちが湧いて強くなる。
 願いがある。欲しいものがある。城で過ごした時間は、小さな世界で生きてきたカシンにとって大きなものを見せてくれた。望みを叶えたい。だから、カシンを成長させてくれた王室の世界も、幸せであってほしいと思う。
「裏から回りましょう」
 城の敷地に入って、ハクメイがキャリッジを裏に回した。コクネツには、あまり人通りは多くないが、何かあればすぐに外にいる警護の者が駆けつけられる部屋を与えていたのだ。
「死角になってよく見えないが、争っている様子はない。俺たちも中に入れてもらおう」
 小さな窓から覗いて安堵したように言うザンヤに頷いて、ハクメイと彼に続いて中に入ろうとしたときだった。
「……っ!」
 突然中からの熱風に晒されて、反射的に顔を庇う。
「カシン!」
 ザンヤが腕に抱いて庇ってくれる。その前をハクメイが盾になって護る。
「元皇太子まで登場か」
 目にした様子に息を呑んだ。部屋の中が静かだったのは、静かなやりとりが行われていたからではない。そうならざるを得なかったからだ。足元には既に数名の警護の者が倒れている。その先に、王妃の首に腕を回したムラギリの姿があった。そのすぐ前に、膝立ちの状態で縛られたビャクゲツとコクネツが並んでいる。
「なんの真似だ。お前はビャクゲツの一番の側近だろ?」
 ビャクゲツの姿にザンヤの声が低くなる。すぐにでも溢れ出てしまいそうな怒りを、なんとか抑えているのが伝わってくる。
「コクネツが私がいないところで密告などしようとするからいけないのだ。危険だから行ってはいけないと言ったのに、ビャクゲツ様はコクネツの言葉の方を信じようとした」
「悪事を働くお前が悪い。自業自得だ」
 黒幕はムラギリで、どうやらこの場で知らないのはカシンだけだったらしい。捕らわれた王妃でさえ顔色を変えることがない。
「代々城に仕えてきたが、ビャクゲツ王になってから特別な手当ても待遇もなくなった。父親や伯父が働いていた頃に比べて質素な生活をせざるを得ない。私だけ随分と不公平だと思ってな」
「そんなことで……」
 自分なんかが口を挟む状況でないと分かっていて、それでも零さずにいられなかった。王の側近だ。質素といっても、国の大多数より余程いい生活をしているのだ。
「ムラギリ」
 彼の注意がカシンに向く前にビャクゲツが呼ぶ。縛られているが、彼の高潔なオーラは変わらない。
「必要以上に金品を与えることはできなくても、私はムラギリを大事にしてきたつもりだ。大勢の前で優れた側近だと讃えたことも、一度や二度ではないだろう?」
 そこでカシンも気がつく。確信はなくとも、ビャクゲツはムラギリの怪しい動きに気づいていた。もしお前が犯人ならここで心を改めてくれと、そんなつもりで宝石を与えていたのだ。それをハクメイも知っていた。
「私が欲しいのはあんな小さな宝石ではない」
 だがビャクゲツの思いは伝わらない。
「王妃の命が惜しければ、今すぐ王位をギョクトに譲ると宣言しろ。後見人を私にして遠くに行くというなら命だけは助けてやる」
 そんな横暴が許される筈がないと叫びたくなった。こんな男に任せれば、国はすぐに滅びる。
「断る」
 ビャクゲツが一分の迷いもなく返したところで、ムラギリの腕から王妃が消えた。はっとして辺りを見回せば、部屋の後ろで王妃を救い出したザンヤが不敵に笑っている。
「注意散漫だ。お前、実はたいして強くないな」
 わざと煽るようなことを言って彼が外に出れば、機嫌を損ねたムラギリも夜空に飛び出していった。
「ザンヤ様!」
 カシンも追おうとして、その前に床に倒れたコクネツの怪我が酷いことに気がつく。
「コクネツ、分かりますか? 鞭で打たれたのですね。すぐに手当てをしますから」
 上手くやれなくて済まないと言う彼に首を振って、彼の傷を癒していく。
「ギョクト様をお連れします。一人でいては危険です」
 ハクメイが出ていったあとで、王と王妃、警護の者の怪我を順に診ていく。彼らの怪我がたいしたことがなかったことが救いだ。
「お父様、お母様」
「ギョクト! 無事でよかった」
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