炎暑の国の至高の医師

 翌日も同じ街に向かい、三人で子どもにお菓子を配る不審な男を探した。ただでさえ広い街で、神出鬼没なのか男は見つからない。黙ってやられている訳にはいかなので、お菓子を持った子どもに会ったら、ハクメイが持参したものと交換することを繰り返した。
「気づいた相手が仕掛けてきてくれれば手っ取り早いけどな」
「そうなればカシン様は危険ですね。私が一緒に回ることにしましょうか」
「いえ。私は相手を眠らせることができますので。ハクメイのテレパシーの能力があれば充分です」
 一度合流したところでそんなことを確認し合う。
「黒幕本人が出向いてきているとは考えにくい。下っ端の部下に配らせているんだろう。もしかしたら、自分が何を配っているのかも分かっていないかもしれない」
「だとしたら厄介ですが、何日配ってもお菓子の効果が出ないと分かれば、流石に焦って行動を起こすでしょう。それまで地道にやるしかない」
 ハクメイの言葉に頷いて、また三人がそれぞれ街の中に戻っていく。
 結局その日大きな成果を上げることはできなかったが、子どもからお菓子を受け取ったという親に話を聞くことができた。毎日子どもの前にふっと現れて、お菓子を渡して消えていく男がいるのだという。事情を説明して、今後も決して食べないように言って受け取ってくる。
「手強い相手ですね」
「ああ。少しずつ大人にも毒が回っていく」
 夜になって建物に灯りが灯る頃まで動き回って、城に戻ることにした。ハクメイにしてみれば、あまり遅くまでザンヤを連れまわして、ビャクゲツを心配させたくないのだろう。
「この街にはまだ夜の露店が出るようです。お二人で少し見て回ったらどうですか」
 だがその日は彼がそんなことを言う。
「お気持ちはありがたいですが、そんな余裕は」
「いや、そうしよう」
 何故かザンヤが話に乗ってしまう。
「ザンヤ様、一体何を」
「いいじゃないか。お前も修業やら調査やらで疲れただろ? 欲しいものの一つくらい買ってやる」
「では、私はもう少し街を調べていますから」
 結局二人に押し切られる形で、ザンヤと露店を見て回ることになった。初めは恐縮していたが、次第に珍しい露店の品物に心奪われていく。こんなことはいつぶりだろう。以前、何を見ても哀しい時期があったが、いつのまにか抜け出していたのだと気づかされる。
「あ、あれ綺麗だな」
 ザンヤが露店の一つの前で足を止めた。若い男性が、広げた敷物の上に沢山の金属の鎖を並べている。金属を操る能力を持つザンヤは、やはり気になるのだろう。
「凄いな。こんな繊細なものを作るには時間が掛かっただろ?」
「ええ。丸一日」
 素肌に金属の首飾りをいくつも下げた彼が、人懐っこく応える。そんな彼の様子も気に入ったというように、ザンヤが一つ手に取る。
「これを」
「ありがと。一番手間を掛けたものを選ぶなんて、お兄さんお目が高い」
 露店にしては高価なものを、あっさり買ってしまう彼に驚く。だがすぐに、彼は国王の兄なのだと思い出す。色々ありすぎて、少なくともここ一年は、王族として当たり前の権利を使うことすらなかったかもしれない。それを考えれば、買いものくらい好きなだけしてほしいと思う。
「カシンは何か見たいものはないのか?」
「いえ。もう充分楽しませていただきました」
「じゃあ、少し歩いてもいいか?」
 カシンの想いに反して、ザンヤが買いものを続けることはなかった。露店が並ぶ道を抜けて、街の入り口付近まで歩いていく。
「街を抜けてしまっては、ハクメイが心配するのではありませんか?」
「ああ。だから少しだけ」
 あっさり街を出て砂の上を歩き出した彼についていけば、小高い丘に登ることになる。足を止めた彼の視線の先に目を遣れば、そこに果てしなく静かで綺麗な空間が広がっていた。砂漠の砂の色と空の紺色。満天の星が瞬いて、暗いという感じがしない。
「いい国だな」
 思う存分景色を眺めて、ザンヤが静かに言った。
「暑さは厳しいが、優秀な能力者が多くいて、民はみな賢く国王にも力がある。本当なら何一つ問題ない国の筈なんだ」
「ザンヤ様」
 彼の苦悩を理解するなど到底できないと分かっていて、それでも胸が痛んだ。彼は認めなかったが、病のせいで弟に王位を譲ることになったのだろう。幼い頃から次期国王として生きてきた彼にとって、その決断はどれほど重かっただろう。それでも彼は、弟を護ろうと必死になっている。
「悪い」
 重くなってしまった空気を払うように彼が言った。
「お詫びだ。手を出せ、カシン」
「手?」
 よく分からないまま両手を差し出せば、右手にひんやりとしたものが落とされた。持ち上げてみて、漸くそれがさっき露店で買った鎖だと分かる。
「私に? どうして」
「いいじゃないか。俺が作ったものじゃなくて悪いけど」
 ただの医師にとっては高価すぎる品だった。どうしていいか分からなくて固まってしまっていれば、呆れたように笑う彼に取り上げられてしまう。
「やっぱり、他の男が作ったものをそのまま渡すのも癪だな。少し細工をしよう」
 そう言って、鎖を手にしたまま何やら考え込む。
「そうだ。ギョクトに貰った石を持っているか?」
「はい。御守りだと言われたので、ずっと」
 言われるまま手渡せば、ザンヤが鎖の形を少し変えて、そこにギョクトの石を嵌め込んでしまう。
「凄い」
 繊細な鎖の模様が石を包み込む形になって、思わず声を上げた。彼の器用な指先が、留め具のようなものを作り出していく。
「髪を上げろ」
26/32ページ
スキ