炎暑の国の至高の医師

 ザンヤとハクメイと三人で、国中の街を巡る日々が始まった。国王を悪く思う呪術に掛かった街に出向いて、街の人間がおかしくなったタイミングときっかけを探っていく。ただでさえ灼熱の時間には外出を控える国で、呪術に掛かった街の人間は更に、自分たちには買いものをするお金もないのだと思い込んで、夜もなかなか外に出ない。露店も開かれていなくて、聞き込みには苦労した。過ごしやすい時間を待っていては聞き込みは進まない。そう判断して、昼間から出歩くようになった。今日やってきたのは、呪術に掛かっているかどうか、まだ判断が怪しい街だ。
「ザンヤ様はあまり無理をされないでください。直射日光は身体に毒です」
 駆け回る彼の様子を目にすれば、ついそんな言葉が出てしまう。
「今は完治の状態だ。お前に心配される筋合いはない」
「それにしても動き回りすぎです」
「至高の医師のくせに心配性なんだよ。だからゆり玉も上手くならないんだ」
「ゆり玉は関係ないでしょう?」
 二人のやり合いを、ハクメイが目を細めて見ている。
「カシン様に城への滞在を勧めたのはギョクト様のためでしたが、ザンヤ様にとってもいいことだったようです。カシン様と話すザンヤ様は活き活きしている」
「何を言うのです。彼のような人物がいると知っていれば、私はすぐに家に帰っていました」
「あの夜、二人であんなことをしてしまったしな」
「何かあったみたいに言わないでください!」
 襲われかけた晩のことはハクメイも知らない筈だが、何を聞いても驚きませんというような、無敵の微笑みで二人の会話を聞いている。
「あ、子どもがいますね」
 やられっぱなしのやりとりを終えるのに都合よく、子どもが二人現れて、カシンが話を聞くことにした。綺麗に整備された石の道で呼び止めれば、怯える素振りもなくカシンの言葉に応えてくれる。
「お父さんとお母さんは元気ですか?」
 王室をどう思うか、などと難しいことを聞いても分からない年齢だから、そんな風に聞いてみた。
「元気です。夜はお店をやるって言って」
 しゃがんで目線を合わせたカシンに、三、四歳くらいの二人はそう言った。手に何やらお菓子の包みを持った可愛らしい男の子だ。兄弟ではないようだが、家族ぐるみで仲がいいのだろう。
「ちゃんとご飯は食べられていますか? 家の中で困ったことはない?」
 そう聞いてみるが、彼らは普通に楽しく暮らしていると言う。どうやらこの地域はまだ呪術に掛かっていないらしい。
「ありがとう。暑いから、あまり長い時間外にいてはダメですよ」
 カシンの言葉に素直に頷いて、にこにこ手を振りながら去っていく。なんて可愛らしいのだろう。
「子どもの話だけでは分かりませんが、この街はまだ無事のようですね」
 立ち上がって、あとからやってきた二人に報告する。真面目な報告のつもりだったのに、二人は微笑ましものでも見るようにカシンを見ている。
「何か?」
「いや。ギョクトに対してもそうだが、お前は本当に子どもが好きなんだな」
 指摘されて頬を染めた。子ども相手だと、言葉遣いや表情が違うと以前も言われたことがある。そんな様子がおかしかったのだろう。
「可愛らしいではないですか。見ていて護りたくなりますし」
 不機嫌を装って言ってみるが、カシンの子ども好きには、ちゃんときっかけがあるのだ。流行り病で治療院が激務だった頃、最後に診た子どもが拙い言葉でありがとうと言ってくれた。その一言でカシンのボロボロの身体が回復した。こんな小さな子を苦しませてはおけない。その気持ちで苦しい時期を乗り越えられた。そんな子どもだけが持つパワーが好きなのだ。
「俺はそんなお前が可愛らしいと思うよ」
「それはどうも」
「大人には冷たいんだな」
 言い合ううちに次の住人の姿を見つけて、話を聞きに行く。大人の住人はハクメイが担当する。物腰が柔らかいハクメイは、大抵どの住人にも受け入れられる。
「この街はまだ問題ないみたいだな」
 夕方まで街を回って、聞き込みは終わりにすることにした。人が多く集まる教会にも行ってみたが、人が集まって王族の不満を口にしているような様子もない。
「今は無事ということは、これから呪術の標的になる可能性があるということだ。明日はここと次の街と手分けをするか」
 ザンヤがそう言ったところで、目の前を走って横切っていく小さな子どもの姿に気がつく。これから暗くなるのに一人でいては危ない。そう思うが、それよりも彼が胸に抱いているものに意識を奪われてしまう。
「待って」
 見えなくならないうちに、思わず声を掛けてしまった。怖がらせてしまったかなと思ったが、相手はきょとんとして立ち止まってくれる。男性にしては小柄で控えめな顔立ちと、高めの声がよかったのかもしれない。こんばんは、と優しく言って、またしゃがんで子どもと目線の高さを合わせる。
「そのお菓子は誰に貰ったの?」
 問えば奪われるのを警戒するように、彼がぎゅっとお菓子の包みを抱きしめた。
「取ったりしないよ。でも、綺麗だなって思って」
 近づけばいい香りがした。そしてそれよりもお菓子を包んである薄い紙に目が行く。紙が貴重なこの国で、お菓子を包むものにしては上質すぎる。さっき会った二人の子どもも同じものを手にしていた。これは単なる偶然だろうか。
「知らないおじさんがくれた。おじさんだけでは食べきれないからあげるって」
 その言葉がカシンの不安を煽る。どうにかこのお菓子を手に入れたいが、子どもから無理に奪う訳にはいかない。どうすればいい。そう悩んでいたところで、目の前にスッと、一回り大きな包みが差し出される。
「これと交換してくれないかな。そっちが食べてみたくて」
 どこに隠し持っていたのか、ハクメイが王室のお菓子を手渡した。大きな包みに心奪われた子どもが、先に持っていたものと交換してくれる。
「ありがと。じゃあね」
「うん。気をつけて」
 手を振って帰っていく子どもを見送ったあとで、ハクメイに目を向ける。
「助かりました」
「お役に立てたのならよかった。このお菓子が気になるのですね」
24/32ページ
スキ