炎暑の国の至高の医師

 十日で治すと宣言してから一週間が経った。修業のことを知ったビャクゲツの配慮で、快適な環境で過ごさせてもらっている。一段落したところで眠ってしまうカシンに合わせて食事が運ばれてくるし、読んでおきたい本や見ておきたい植物も、望めばすぐに用意してくれる。我が侭をしているようで申し訳ないと言ったら、修業に満足できなくて腕を切られるより余程いいとザンヤに笑われてしまう。そんな訳で、恐縮しながらも修業優先の時間を過ごしていた。
 隙間時間には時々ギョクトがやってくる。ギョクトは勘がとても鋭くて、カシンの気が張り詰めているときには決して邪魔をしない。一息つきたいと思ったところで現れて、カシンが和むような話をして、長居もせずに帰っていく。この城の人間は、みな相手に対する観察力が鋭くて抜群の気遣いを見せる。主のビャクゲツがそうだから、彼を慕うみながついてくるのだろう。
 ギョクトにパティオでゆり玉を教わっていれば、よくザンヤもやってきた。ギョクトにねだられるまま高度な技を披露し、その後何故か褒美にとカシンの歌をねだる。カシンもぎこちないながら三つのゆり玉を操れるようになり、鮮やかな花の咲くパティオで過ごす時間は、ザンヤの病気も不穏な国の情勢も忘れてしまいそうになるほど穏やかだった。
 ザンヤの体調も悪くない。相変わらず街に出て調査をしているようだが、以前ほど無茶はしていないようだ。今の状況を打開するヒントが見つかっていればいい。そうでなくても、彼とビャクゲツとハクメイで、手荒なことをせずにゆっくりと街の人間の気持ちを戻していく。そんな風には解決できないだろうか。
「明日の夜会には出るんだろ?」
 その日もパティオの石段でギョクトと過ごしていると、あとからやってきたザンヤがそう聞いてきた。
「私はただの医師ですので」
「そう言うなって。ビャクゲツもカシンに楽しんでほしいと思っているようだ。ハープの奏者を頼んでいるらしいからな」
「それは聞いてみたいですけど」
「だろ?」
 二人で話していれば、カシンの身体に寄りかかってうとうとしていたギョクトも声を上げる。
「カシン様もぜひ参加してください。父上がよく働いた者に贈りものをするのが、とても素敵なのです」
「贈りもの?」
「ああ。以前ほど高価なものではないけど、小さな宝石とか酒とかだな」
 目を閉じてしまったギョクトの代わりにザンヤが答えてくれる。
「城で働く人間を大事にするのはいいことですね。ビャクゲツ様らしい」
 褒めたつもりだったのに、聞いたザンヤが何故か複雑な表情を見せる。
「奴は甘い。自分が酷い目に遭っても、同じことを返そうとしない」
「同じことを返せば争いが起きてしまうから、それでいいのではないですか?」
「ああ。だが妻も子どももいる身だから、もう少し冷酷になってもいい」
 咎めようと思っている訳ではなく、心配しているのだと伝わってきた。難しい言葉は分からなくても、なんとなく意味を察したらしいギョクトがカシンの腕に縋る。
「ギョクト様のお父様は、ちゃんとギョクト様を護ってくださいますよね」
「うん。母上もザンヤ様も、父上を助けてくださいますから」
 いい子だなと思う。ザンヤにも気遣いを見せる優しさは父親譲りだ。
「王妃様が心配されますから、そろそろ中に入りましょうか」
「明日の夜、カシン様も来てくださいね」
「ギョクト様に頼まれたら、断る訳にはいきませんね」
 そんなやりとりで、夜会への出席を決めたのだった。
 翌日の夜、広間に入れば多くの側近や使用人たちに迎えられる。みな華やかに着飾っていて楽しげだ。以前は王と交流のある街の人間も呼んでいたらしいが、今は城の人間だけ。それは少し寂しいが、みなが王に敬意を持っているのが分かって、いい空気に包まれている。食事と飲みものが並べられ、控えめにハープの演奏が始まり、カシンも広間の隅の壁に背を寄せて聞き入る。
 目を閉じて楽しんでいれば、一曲終わったところですぐ傍に人の気配を感じた。
「そうしていると雰囲気が違うものだな。使用人たちの間で軽く騒ぎになっている。あの美人は誰だってな」
「私は男です」
「男だって美人は美人だ」
 もう気配で誰だか分かってしまう彼に言われて、その顔を見られないまま頬を染めてしまう。普段と同じ格好でいるが、今夜はなんとなく、いつも縛っている髪を解いてみたのだ。ザンヤを全く意識していなかったと言えば嘘になる。
「メイドたちが張り切ってお前の夜会の衣装を用意していただろう? 何故着なかった?」
「慣れない場所で着慣れないものを着て過ごす自信がありませんでした。一応、これは医師の正装ですし」
「至高の医師の、だろ?」
 彼は至高の医師についてよく知っていた。聞けば協会でカシンに会ったあと、色々と調べていたらしい。確かに医師の地位によって纏うものが違うし、特に透明の宝石のついたフロントレットは、表向きは至高の医師しか身につけてはいけないことになっている。有事に光を放つ宝石は、ただの飾りではなく、絶望的な状況で一番先に至高の医師を見つけられるようにという意味がある。そんな状況に遭遇したことはないが、暗がりの治療でこの石の光に助けられたことは何度かある。今夜は治療ではないが、夜会に相応しい宝飾品を持っていなかったから、フロントレットごとやってきたのだ。
「着飾った様子が見てみたかった気もするけどな」
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