炎暑の国の至高の医師
何故か落ち着いたままのザンヤの様子が悔しいが、ギョクトが楽しそうだから、まぁ、いいかと思ってしまう。
「まずお前の実力を見てやろう」
「だから、私は二つ交互に投げることも怪しいのです」
「とにかくやってみろって」
言われて仕方なく投げてみる。
「ああ。破壊的に下手だな」
「二つ投げられているんだから、破壊的ではないでしょう?」
「リズムが悪いんだよ。もう少し高く投げてみろ」
太陽が降り注ぐパティオで、見たこともないような牡丹色の花に囲まれて、何故かゆり玉の指南を受けることになる。気紛れのように吹く風が、ザンヤの黒髪を揺らしていく。
「あ、カシン様上手」
素質がないから上手くならないと思っていたのに、何度か落として足に直撃させるうちに、三つのゆり玉を投げられるようになった。
「そう、その調子。肩の力を抜こうか」
「……っ」
不意討ちで後ろから両肩に触れられて、びくりと身体を震わせてしまう。
「おっと」
また足の甲に直撃させてしまう前に、ザンヤがゆり玉を救い上げるようにして護ってくれた。そのことに頓着することもなくまた四つのゆり玉を器用に操り始めてしまうから、ついその横顔を見つめてしまう。
「ザンヤ様、凄い」
「ほんと」
光に包まれたように明るいパティオの石段で、可愛らしい子どもと一緒に、高貴な男のゆり玉の腕を眺めている。出会い方は異常だったが、ザンヤは悔しいほどいい男だ。粗野な男を演じながら、カシンが掴みきれないくらいの想いと策略を胸に秘めている。これでもかというほどの失恋をしたから、もう恋愛感情で誰かを好きになることはない。そんな自分にも、ザンヤは魅力的に目に映る。彼を治すだけでなく、悩むことがあるなら手助けしてやりたい。心に引っ掛かっているものを全て取り去って、幸せに生きてほしいと思う。王族に対しておこがましい気持ちだと分かっている。それでも願わずにいられない。
高い木の枝がそよいで、この国の灼熱の日差しを逃がしてくれる。ギョクトの頭が熱くならないように覆ってやったショールの端が、心地よさそうに風に揺れている。
「カシン様、お歌を歌ってください」
少し眠くなったのか、カシンに身体を寄せたギョクトがねだる。
「歌?」
「ゆり玉には沢山歌があると聞きました。でもザンヤ様は歌ってくださらないのです」
「……俺は歌うのは苦手なんだよ」
石を投げるのをやめて、パシパシと器用に片手に二つずつゆり玉を収めてしまったザンヤが苦笑する。彼にも苦手なことがあると知って、ふっと表情が緩む。
「何を笑っている」
すぐに引っ込めたつもりの顔を見咎められてしまった。
「いえ。確かにザンヤ様が歌う様子は想像しにくいなと思って」
「なんだよ。じゃあ、お前は歌えるのかよ」
「人並みには」
祖母のシュクヤはゆり玉だけでなく、ゆり玉歌を歌うのも上手かった。歳を取っても声質が変わらないタイプで、カシンはだいぶ大きくなってからも彼女の歌をねだったものだ。修業で疲れた日も、彼女の歌声を聞けば心が回復した。カシンもゆり玉はなかなか上達しなかったが、歌はシュクヤに褒められたことがある。
「俺がこれを投げるから、合わせて歌ってみろよ」
「や、でも」
流石に、いい大人が人前で歌うのは恥ずかしい。
「ゆり玉で散々恥を晒しているじゃないか」
「カシン様、歌ってください」
「じゃあ、少しだけ」
ギョクトの頭を抱き寄せながら言えば、彼が擽ったそうに笑う。ザンヤがゆり玉を投げるのを見ていたら、自然とシュクヤが歌っていたゆり玉歌が出ていた。
一つ投げて、二度投げて。三度で投げるのお終いに。四度投げるは命を懸けて。
よく分からない歌詞の歌だ。だが物悲しいメロディーなのに、何故かずっと聞いていたくなる。
「カシン様、綺麗な声」
ギョクトがカシンに抱かれたまま目を閉じてしまうから、肩を撫でながらもう一度初めから歌ってやる。四度投げるは命を懸けて。ゆり玉如きに、何故命を懸けなければならないのだろう。この歌を聞くたびに思うことをまた思う。
「不思議な歌だな」
石を手の中に収めたザンヤに目を向けられて、流石に恥ずかしくなった。
「ゆり玉歌って、こんな風に歌詞の意味がよく分からないものが多いんです。多くは忘れてしまいましたけど、これだけは祖母が何度も歌っていたので、頭に残っていて」
カシンに身体を預けて、ギョクトはすっかり眠ってしまった。
「綺麗な歌声で驚いた」
「え?」
ギョクトに注意が逸れていて、向けられた言葉を理解するのに時間が掛かった。
「部屋に運んでもらおう。……ハクメイ」
もう一度言ってくれることもなく、立ち上がった彼が呼ぶ。すぐに現れたハクメイが目の前で跪いた。相変わらず凄い能力者だ。
「ギョクトを部屋まで運んでくれるか?」
「かしこまりました」
幼い子どもを起こさないように、ハクメイは上手く彼の身体を抱き上げる。
「城の中に不審な動きはないか?」
「はい。コクネツも落ち着きましたし、ビャクゲツ様も問題なく公務についておられます」
「そうか」
ザンヤが城に目を遣って目を細める。ああ、弟の幸せを願っているのだなと分かって、カシンの方はザンヤの顔を見つめてしまう。この城にある問題が全て解決して、王室と国の人々の間にある誤解が消えればいい。だが、穏やかな国が戻った瞬間に、ザンヤが消えてしまいそうな気がする。そんなことはさせない。彼にも幸せになってもらう。そしてカシンはまた医師の仕事をして、遠くからザンヤの幸せを願っていられたらいい。
「カシン」
肩を叩かれて我に返った。既にギョクトを連れたハクメイは城に戻ってしまっている。自分も部屋に戻って修業の続きをしようと思う。
「街に出てみないか」
「まずお前の実力を見てやろう」
「だから、私は二つ交互に投げることも怪しいのです」
「とにかくやってみろって」
言われて仕方なく投げてみる。
「ああ。破壊的に下手だな」
「二つ投げられているんだから、破壊的ではないでしょう?」
「リズムが悪いんだよ。もう少し高く投げてみろ」
太陽が降り注ぐパティオで、見たこともないような牡丹色の花に囲まれて、何故かゆり玉の指南を受けることになる。気紛れのように吹く風が、ザンヤの黒髪を揺らしていく。
「あ、カシン様上手」
素質がないから上手くならないと思っていたのに、何度か落として足に直撃させるうちに、三つのゆり玉を投げられるようになった。
「そう、その調子。肩の力を抜こうか」
「……っ」
不意討ちで後ろから両肩に触れられて、びくりと身体を震わせてしまう。
「おっと」
また足の甲に直撃させてしまう前に、ザンヤがゆり玉を救い上げるようにして護ってくれた。そのことに頓着することもなくまた四つのゆり玉を器用に操り始めてしまうから、ついその横顔を見つめてしまう。
「ザンヤ様、凄い」
「ほんと」
光に包まれたように明るいパティオの石段で、可愛らしい子どもと一緒に、高貴な男のゆり玉の腕を眺めている。出会い方は異常だったが、ザンヤは悔しいほどいい男だ。粗野な男を演じながら、カシンが掴みきれないくらいの想いと策略を胸に秘めている。これでもかというほどの失恋をしたから、もう恋愛感情で誰かを好きになることはない。そんな自分にも、ザンヤは魅力的に目に映る。彼を治すだけでなく、悩むことがあるなら手助けしてやりたい。心に引っ掛かっているものを全て取り去って、幸せに生きてほしいと思う。王族に対しておこがましい気持ちだと分かっている。それでも願わずにいられない。
高い木の枝がそよいで、この国の灼熱の日差しを逃がしてくれる。ギョクトの頭が熱くならないように覆ってやったショールの端が、心地よさそうに風に揺れている。
「カシン様、お歌を歌ってください」
少し眠くなったのか、カシンに身体を寄せたギョクトがねだる。
「歌?」
「ゆり玉には沢山歌があると聞きました。でもザンヤ様は歌ってくださらないのです」
「……俺は歌うのは苦手なんだよ」
石を投げるのをやめて、パシパシと器用に片手に二つずつゆり玉を収めてしまったザンヤが苦笑する。彼にも苦手なことがあると知って、ふっと表情が緩む。
「何を笑っている」
すぐに引っ込めたつもりの顔を見咎められてしまった。
「いえ。確かにザンヤ様が歌う様子は想像しにくいなと思って」
「なんだよ。じゃあ、お前は歌えるのかよ」
「人並みには」
祖母のシュクヤはゆり玉だけでなく、ゆり玉歌を歌うのも上手かった。歳を取っても声質が変わらないタイプで、カシンはだいぶ大きくなってからも彼女の歌をねだったものだ。修業で疲れた日も、彼女の歌声を聞けば心が回復した。カシンもゆり玉はなかなか上達しなかったが、歌はシュクヤに褒められたことがある。
「俺がこれを投げるから、合わせて歌ってみろよ」
「や、でも」
流石に、いい大人が人前で歌うのは恥ずかしい。
「ゆり玉で散々恥を晒しているじゃないか」
「カシン様、歌ってください」
「じゃあ、少しだけ」
ギョクトの頭を抱き寄せながら言えば、彼が擽ったそうに笑う。ザンヤがゆり玉を投げるのを見ていたら、自然とシュクヤが歌っていたゆり玉歌が出ていた。
一つ投げて、二度投げて。三度で投げるのお終いに。四度投げるは命を懸けて。
よく分からない歌詞の歌だ。だが物悲しいメロディーなのに、何故かずっと聞いていたくなる。
「カシン様、綺麗な声」
ギョクトがカシンに抱かれたまま目を閉じてしまうから、肩を撫でながらもう一度初めから歌ってやる。四度投げるは命を懸けて。ゆり玉如きに、何故命を懸けなければならないのだろう。この歌を聞くたびに思うことをまた思う。
「不思議な歌だな」
石を手の中に収めたザンヤに目を向けられて、流石に恥ずかしくなった。
「ゆり玉歌って、こんな風に歌詞の意味がよく分からないものが多いんです。多くは忘れてしまいましたけど、これだけは祖母が何度も歌っていたので、頭に残っていて」
カシンに身体を預けて、ギョクトはすっかり眠ってしまった。
「綺麗な歌声で驚いた」
「え?」
ギョクトに注意が逸れていて、向けられた言葉を理解するのに時間が掛かった。
「部屋に運んでもらおう。……ハクメイ」
もう一度言ってくれることもなく、立ち上がった彼が呼ぶ。すぐに現れたハクメイが目の前で跪いた。相変わらず凄い能力者だ。
「ギョクトを部屋まで運んでくれるか?」
「かしこまりました」
幼い子どもを起こさないように、ハクメイは上手く彼の身体を抱き上げる。
「城の中に不審な動きはないか?」
「はい。コクネツも落ち着きましたし、ビャクゲツ様も問題なく公務についておられます」
「そうか」
ザンヤが城に目を遣って目を細める。ああ、弟の幸せを願っているのだなと分かって、カシンの方はザンヤの顔を見つめてしまう。この城にある問題が全て解決して、王室と国の人々の間にある誤解が消えればいい。だが、穏やかな国が戻った瞬間に、ザンヤが消えてしまいそうな気がする。そんなことはさせない。彼にも幸せになってもらう。そしてカシンはまた医師の仕事をして、遠くからザンヤの幸せを願っていられたらいい。
「カシン」
肩を叩かれて我に返った。既にギョクトを連れたハクメイは城に戻ってしまっている。自分も部屋に戻って修業の続きをしようと思う。
「街に出てみないか」