炎暑の国の至高の医師
暑いのが当然の国でも、特に暑い日だった。
あの日、他の治療院から来た若い医師二人と、カシンは教会の慈善診療に出ていた。神父が人格者で、祈りの時間のあとすぐに教会の建物を解放してくれていたから、簡単に待ち合いスペースと治療スペースを仕切って、三人で患者を診ていたのだ。セイオンの国は人々が治療院に掛かれないほど貧しい国でも、酷い国でもない。ただ、人には自分の意思ではどうにもできない不幸に見舞われる時期があって、生活に困ることもある。治療院で自分の病気を治せる医師に巡り合えずにやってくる者もいる。理由など聞かなくていい。カシンたちは、ただやってくる患者を精一杯治すだけ。建物に入りきらない患者が木陰で列を作って待っている。彼らを少しでも早く楽にしてやれればいい。そんな思いでいたのだ。
「順番は順番です」
休憩に出た筈の仲間の声が聞こえてきたのは、午後になってからだった。やりとりが続くのを感じてカシンも外に出てみれば、部下に抱えられるようにして目を閉じる若い男の姿が目に映る。質素な姿だが、フェイスベールでも隠しきれない高貴なオーラを纏った男だ。そのときは気づけなかったが、彼が次期国王のザンヤだったのだ。
「このままでは命を落としてしまう。報酬は好きなだけ与えるから、どうかこの方を」
「報酬の問題ではありません」
一見すると微熱で眠っているようにしか見えないから、仲間の医師には分からなかったのだろう。だが心臓がかなり弱っていることがカシンには分かる。
「……やめろ。俺は最後でいい」
声を出すのも辛いだろうに、部下を窘める姿に気持ちを動かされた。他の人間に気を遣ってか、木陰にもならない場所にいる彼の傍に向かって、そっと手を翳す。
「これで少し楽になります。ちゃんと診ますから、安心して待っていてください」
心臓が突然止まったり暴走を起こしたりしない術を掛けて、部下の男ごとひんやりとした膜で覆ってやれば、横になったままの男がカシンに目を向けた。何かを言おうと口を動かそうとするから、手のひらを見せるようにして止めてやる。
「体力を消費しないでください。大丈夫。何も話さなくてもあなたの身体のことは全て分かる」
そう言って、すぐに建物に戻ったのだ。
「相変わらずカシンは甘い。ああいうのにみな応えていたら、予定通り患者が診られなくなる」
仲間の医師には呆れられてしまったが後悔はなかった。能力者でも体力は無限ではないから、予定外に力を消費してはいけないという彼の言葉は正しい。だが、その日は残りの患者を全て診ても力を残せると分かっていたのだ。
約束通りカシンがザンヤの治療をして、礼を言って帰っていく彼らを見送った。大掛かりな治療になってしまって、ザンヤは治療後に眠ってしまった。部下の男が彼の顔を隠すように頭から布で覆ってしまったが、それでも身に纏う空気が違う気がした。背も高い。体力が回復すれば、きっと惚れ惚れするような美丈夫になるだろう。どう頑張っても上手く筋肉のつかない体質のカシンだから、彼の姿にそんな希望を見ていた。その彼と、まさか城の寝室で再会するとは思わない。
「……ん」
過去の夢を見ていて、気がつけばベッドの前の床に倒れていた。褒められた格好ではないが、手にしていた花も散っていないし、腕の傷も増えていない。修業は順調だ。ザンヤを治してみせる。そして自分もいい加減、辛い過去を忘れて元の自分に戻って生きたい。
ギョクトの声が聞こえた気がしてパティオに向かえば、彼がまたゆり玉で遊んでいた。その傍に今日はザンヤが座っている。
「ザンヤ様もやってみせてください」
「よし、見ていろ」
ギョクトからゆり玉石を受け取った彼が両手に二つずつ乗せる。
「……凄い」
後ろからそっと覗き見して去るつもりが、思わず声を上げてしまった。ザンヤは四つの石を操り、目が離せなくなるような技を見せる。
「カシン様!」
「なんだ、黙って見ているなんて趣味が悪いな」
ギョクトが傍にいるからなのか、今日のザンヤは随分と機嫌がいい。
「立ってないでこっちに来いよ」
「カシン様、ここに座ってください」
なんだか嫌な予感がしたが、ギョクトが手招きするから彼らのもとに向かう。
「お前もやってみろ」
石段に座れば、思った通りゆり玉石を手渡されてしまった。
「私はゆり玉が苦手なのです」
「なんだ、至高の医師のくせにゆり玉もできないのか」
「医師は関係ないでしょう?」
二人の言い合いを、ギョクトが楽しげに眺めている。
「ザンヤ様はゆり玉の先生なのです。カシン様も教えてもらえば上手くなります」
逃げてしまいたかったが、曇りのない目でギョクトに見つめられれば断れない。
「仕方ない。そこまで言うなら教えてやる」
「別に私は」
「報酬は身体でいい」
「子どもの前で何を言っているんですか!」
カシンは焦るが、ギョクトは楽しげなままだ。
「ザンヤ様とカシン様は仲よしです。お父様とお母様と同じです」
「そんな筈ありません!」
無邪気な子どもの言葉に焦ってしまって赤面する。
「至高の医師が焦る様子はいいな。ギョクト、お手柄だ」
「褒められた」
あの日、他の治療院から来た若い医師二人と、カシンは教会の慈善診療に出ていた。神父が人格者で、祈りの時間のあとすぐに教会の建物を解放してくれていたから、簡単に待ち合いスペースと治療スペースを仕切って、三人で患者を診ていたのだ。セイオンの国は人々が治療院に掛かれないほど貧しい国でも、酷い国でもない。ただ、人には自分の意思ではどうにもできない不幸に見舞われる時期があって、生活に困ることもある。治療院で自分の病気を治せる医師に巡り合えずにやってくる者もいる。理由など聞かなくていい。カシンたちは、ただやってくる患者を精一杯治すだけ。建物に入りきらない患者が木陰で列を作って待っている。彼らを少しでも早く楽にしてやれればいい。そんな思いでいたのだ。
「順番は順番です」
休憩に出た筈の仲間の声が聞こえてきたのは、午後になってからだった。やりとりが続くのを感じてカシンも外に出てみれば、部下に抱えられるようにして目を閉じる若い男の姿が目に映る。質素な姿だが、フェイスベールでも隠しきれない高貴なオーラを纏った男だ。そのときは気づけなかったが、彼が次期国王のザンヤだったのだ。
「このままでは命を落としてしまう。報酬は好きなだけ与えるから、どうかこの方を」
「報酬の問題ではありません」
一見すると微熱で眠っているようにしか見えないから、仲間の医師には分からなかったのだろう。だが心臓がかなり弱っていることがカシンには分かる。
「……やめろ。俺は最後でいい」
声を出すのも辛いだろうに、部下を窘める姿に気持ちを動かされた。他の人間に気を遣ってか、木陰にもならない場所にいる彼の傍に向かって、そっと手を翳す。
「これで少し楽になります。ちゃんと診ますから、安心して待っていてください」
心臓が突然止まったり暴走を起こしたりしない術を掛けて、部下の男ごとひんやりとした膜で覆ってやれば、横になったままの男がカシンに目を向けた。何かを言おうと口を動かそうとするから、手のひらを見せるようにして止めてやる。
「体力を消費しないでください。大丈夫。何も話さなくてもあなたの身体のことは全て分かる」
そう言って、すぐに建物に戻ったのだ。
「相変わらずカシンは甘い。ああいうのにみな応えていたら、予定通り患者が診られなくなる」
仲間の医師には呆れられてしまったが後悔はなかった。能力者でも体力は無限ではないから、予定外に力を消費してはいけないという彼の言葉は正しい。だが、その日は残りの患者を全て診ても力を残せると分かっていたのだ。
約束通りカシンがザンヤの治療をして、礼を言って帰っていく彼らを見送った。大掛かりな治療になってしまって、ザンヤは治療後に眠ってしまった。部下の男が彼の顔を隠すように頭から布で覆ってしまったが、それでも身に纏う空気が違う気がした。背も高い。体力が回復すれば、きっと惚れ惚れするような美丈夫になるだろう。どう頑張っても上手く筋肉のつかない体質のカシンだから、彼の姿にそんな希望を見ていた。その彼と、まさか城の寝室で再会するとは思わない。
「……ん」
過去の夢を見ていて、気がつけばベッドの前の床に倒れていた。褒められた格好ではないが、手にしていた花も散っていないし、腕の傷も増えていない。修業は順調だ。ザンヤを治してみせる。そして自分もいい加減、辛い過去を忘れて元の自分に戻って生きたい。
ギョクトの声が聞こえた気がしてパティオに向かえば、彼がまたゆり玉で遊んでいた。その傍に今日はザンヤが座っている。
「ザンヤ様もやってみせてください」
「よし、見ていろ」
ギョクトからゆり玉石を受け取った彼が両手に二つずつ乗せる。
「……凄い」
後ろからそっと覗き見して去るつもりが、思わず声を上げてしまった。ザンヤは四つの石を操り、目が離せなくなるような技を見せる。
「カシン様!」
「なんだ、黙って見ているなんて趣味が悪いな」
ギョクトが傍にいるからなのか、今日のザンヤは随分と機嫌がいい。
「立ってないでこっちに来いよ」
「カシン様、ここに座ってください」
なんだか嫌な予感がしたが、ギョクトが手招きするから彼らのもとに向かう。
「お前もやってみろ」
石段に座れば、思った通りゆり玉石を手渡されてしまった。
「私はゆり玉が苦手なのです」
「なんだ、至高の医師のくせにゆり玉もできないのか」
「医師は関係ないでしょう?」
二人の言い合いを、ギョクトが楽しげに眺めている。
「ザンヤ様はゆり玉の先生なのです。カシン様も教えてもらえば上手くなります」
逃げてしまいたかったが、曇りのない目でギョクトに見つめられれば断れない。
「仕方ない。そこまで言うなら教えてやる」
「別に私は」
「報酬は身体でいい」
「子どもの前で何を言っているんですか!」
カシンは焦るが、ギョクトは楽しげなままだ。
「ザンヤ様とカシン様は仲よしです。お父様とお母様と同じです」
「そんな筈ありません!」
無邪気な子どもの言葉に焦ってしまって赤面する。
「至高の医師が焦る様子はいいな。ギョクト、お手柄だ」
「褒められた」