目覚めたら傍にいて

「……一体、何を言っているんだ」
 本格的に身の危険を感じて逃れようとするのを封じて、佐々木は友聖の身体を仰向けの体勢に変えてしまう。
「……冗談やめようよ」
「冗談とは心外ですね」
 気がつけば両手首をシーツに固定されていた。想像より力が強くて逃げられない。暗がりに慣れた目が、真上にある端整な顔を捉える。
「僕の気持ちは伝えた筈ですけど」
「お、男同士じゃないか」
「それが何か?」
 絶体絶命という言葉が浮かんだ。やはり部屋に泊めたのは間違いだった。でも心配して来てくれた。いや、それとこれとは話が別だ。動きを封じられた思考はパニックに陥る。そんな友聖の様子が分かるのか、彼が同じ姿勢のままふっと笑う。
「そんなに怯えなくても、取って食ったりしませんよ」
 いや、ある意味食われるのではないだろうか、という心の突っ込み通り、彼の顔が近づいてくる。右手だけ解放されてぱたぱたと暴れるが、それでも全く逃れることができない。
 つと、唇が触れた。
「好きです」
 唇が離れたタイミングで言って、彼はそのまま友聖の耳元に唇を寄せる。
「友聖のことをもっと知りたいし、悩みや痛みは僕も引き受けたい」
「佐々木、さん」
 職業柄なのか流れるように甘い声で囁かれて、一瞬彼の恋人になったような錯覚に陥ってしまう。
「という訳で抱きます」
「いやいや、待っ……」
 抵抗虚しくまた唇が塞がれる。今度は舌で少しずつ口内を探られて、そんなことをされれば頭より先に身体が反応してしまう。下半身にまずい感覚が走って、恥ずかしさに頬が染まる。
 そうこうするうちにシャツを捲り上げられて、胸元に直に触れられた。いよいよ理性が怪しくなる。遠い記憶にはなるが、友聖もこのような行為が初めてではない。だがそれはあくまで相手が女性の話で、男性にそうされて感じてしまいそうな自分に混乱してしまう。
「あ……」
 胸の飾りを摘まむようにされて高い声が零れた。恥ずかしさに口元を覆おうとして、佐々木にそれを封じられる。
「声、我慢しなくていいんですよ。僕しか聞いてないんだし」
「や……」
 そのまま頭からシャツを引き抜かれてしまった。
「想像通り。綺麗な身体」
「そんなこと……、あ……っ」
 無駄と知りつつ手で肌を隠そうとして、その些細な抵抗も彼に止められてしまった。上品な獣に舌なめずりするように見つめられて、それでいて繊細な指の動きで肌を撫でられれば、羞恥なのか興奮なのか分からないもので身体が震える。
「まずいな」
 小さな呟きに目を遣れば、視界の先で佐々木もシャツを脱ぎ捨てるのが分かった。混乱の中で、それでも彼の身体の美しさには驚かされる。決してがっちりしている訳ではないのにバランスよく筋肉がついている。中学まで野球をやっていたというが、今でも何か鍛えているのだろうか。友聖も体質改善のために時々運動はしているが、彼のように筋肉がつくところまではいかない。
「……っ!」
「考えごとですか? 余裕ですね」
 下着の中に入り込んだ指が友聖に絡んできた。
「や……、ダメだって」
「どうして? よくしてあげますって」
 悪戯っぽく言い、彼が指に力を籠めて上下させる。
「や……、佐々木さん、お願い」
 強烈な感覚がせり上がってくる。ぎゅっと目を閉じて、流されまいと必死に意識を逸らす。
「腕はここです」
 シーツを掴んで悶えていたら、その手を彼の背中に誘導された。そうすれば楽になるような気がして、言う通りに抱きしめてしまう。触れ合って、彼のしっとりとした肌を感じて、身体はますます熱を上げていく。そのうち下着も取り払われて全裸になってしまった。
「友聖」
「ん……」
 耳を甘く噛みながら、彼の指は巧みな刺激を与え続ける。なんとか自分を保とうとする友聖の意識は、彼の吐息交じりの声に崩壊寸前に追い詰められる。
「好きです、友聖」
「佐々木さん、お願いだから喋らないで……」
 友聖が彼の声に弱いと気づいているのだろう。彼はわざと艶っぽい声で責め続ける。
「好き。傍にいて護りたい」
「や、ダメだって」
「愛しています」
「ん……っ」
 その瞬間、友聖は彼の手の中で達してしまった。直後の真っ白な思考でしばらく息を吐いていたが、正常な思考が戻るにつれ、身に起こったとんでもない状況にパニックになる。
「あの……、俺……」
「よかったですか?」
 友聖が放ったものを彼が手早く処理してくれた。途方に暮れる友聖と違い、佐々木はこんなときにも冷静で、隣で横になった彼に覗き込まれて、意地のように身体を背けてしまう。
「友聖」
 気を悪くすることもなく、彼がぴたりと身体を寄せてきた。背中に伝わる少し速い鼓動を感じて、友聖もまた胸の音を速めてしまう。
「好き」
 また彼の柔らかな声が届いた。友聖の身体を落ち着かせるように、佐々木が髪を梳いてくる。とても器用なのだろう。彼にそうされると心地よさに目蓋が下りてしまう。誰かに髪を撫でてもらうなんていつぶりだろうと、頭の片隅でそんなことを思う。
「無理にこんなことをする僕を、嫌いになりますか?」
 静かに問われて困ってしまった。恋人でもない男とこんな風になるなんて、普段の友聖には考えられない。突然で驚きもした。けれど何故か全く、彼に対して怒りの気持ちは湧かない。
「……嫌いには、ならない」
 ぽつりと返した。それで充分だというように、身体を抱く腕に力が籠もる。
「好きです。どこを探しても、きっと友聖ほどの人には会えない」
「そんなことない。俺は、そんな風に言ってもらえる人間じゃない」
 誤解をしているのなら解いてあげなければと、つい必死になってしまう。ずっと人に迷惑を掛けて生きてきた。一度自分の存在ごと否定されて、そのトラウマで一人静かに生きている。その程度の人間なのだと伝えようとするのに、彼の言葉が先を封じてしまう。
「友聖は優しくて綺麗で、僕にとってこの上ない理想の人です」
「ん……っ」
 首筋を唇で撫でられ、油断していた身体が跳ねる。
「こうして触れられるのが夢のようなんですよ」
「そんな、こと……」
 背中に触れる佐々木の体温が、少し上がるのが分かる。
「僕が今まで間違ったことを言ったことがありますか?」
 ないと思う。そう心で呟くうちに、彼の指先が動き出した。首から友聖の肌を撫でて、ごく自然に腰の下の部分を割るように下りていく。
「僕が好きになったんですから間違いありません。友聖は魅力的です。見た目も、中身も全部」
「……っ!」
 躊躇いなくその部分を開かれ、普段決して人に見せたりしない場所に触れられた。
 その瞬間はっとする。男同士で繋がるということは、つまりそこに佐々木が入ってくるということなのだろう。もちろんそんな経験はないから、痛みや衝撃を想像して怖くなる。自分も達してしまったから、彼にも気持ちよくなってもらうのが礼儀だろうか。でも、身体が壊れてしまわないだろうか。
「友聖」
 友聖の顔を見てはいないのに、佐々木は気持ちを読んでしまったらしい。ふっと笑って、柔らかく抱き込んでくる。
「心配しなくても、初めての友聖に無理に入ろうとなんてしませんよ」
「あ、うん。えっと」
 直接的な言い方をされれば、恥ずかしくて困ってしまう。
「でも、流石に僕もこのままでは終われませんからね」
 さっきより少しだけ余裕をなくした声で言うと、佐々木は恐怖で萎えてしまった友聖の前に触れてきた。一度果てているというのに、器用に擦られればそこはまた力を取り戻していく。
「あ……」
 思わず声を上げて身体を震わせれば、煽ってしまうのか彼の呼吸も少し速くなる。時々肌に触れる彼自身の大きさを感じて、男の自分もドキドキしてしまう。
「友聖。ごめん。少しだけ我慢してもらえますか」
 そう言うと、佐々木は硬くなったその部分を友聖の腿の間に押しつけるようにした。先程放ったもののお陰で、滑らかに隙間を割って入ってくる。限界まで突き入れられれば、友聖のものと触れて互いに刺激し合ってしまう。
「ん、…………あっ」
 抜き差しを始められ、友聖は初めての感覚に身体がコントロールできなくなった。佐々木の手がタイミングを合わせるように友聖の前も擦り上げるから、身体が絶頂を求めて、それしか考えられなくなってしまう。
「もう一度いけそう? 僕はもう限界」
「……一緒に、いきたい」
 恥ずかしいことを言っている自覚などなかった。身体が熱くてどうにかなりそうで、佐々木にも同じくらいよくなってほしいと思う。
「友聖」
 佐々木の腰使いが速くなる。
「いくよ、友聖」
「うん。……出して」
 佐々木の腰がまた速くなり、友聖を擦る指先にも力が籠められる。
「ん……、ダメ……」
「友聖……!」
「や……っ」
 二度目だというのに友聖が先に達して、直後に佐々木も精を放った。息が上がって仕方がない。ありえない状況で二度も達してしまった自分が信じられない。腿と下腹部に互いが放った熱いものを感じて、途端にとても恥ずかしくなる。
「あの、俺……」
 戸惑う友聖を仰向けにすると、佐々木が簡単に後始末をしてくれた。それを終えると、髪を除けるように撫でて、額にキスをくれる。
「怒っていますか?」
 隣に横になった彼に問われて、小さく首を振った。こんなことをするつもりはなかった。男性同士でこうなるなんて考えたこともなかった。それでも、今彼を突き放そうとは思わない。もしここで帰られてしまえば、寂しくてどうにかなってしまう。
 こちらの混乱を鎮めるように、佐々木が肩から腕を回してくれる。
「好き」
 また彼が言う。佐々木は何度も好きだと言ってくれた。こうなってしまった以上、一夜の間違いで済ますか彼の気持ちに応えるか、答えを出さなければならない気がする。だが今の友聖には本当に分からなくて、答えることができない。
「佐々木さん、あの」
「ねぇ、友聖」
 何か言わなければと焦る友聖に、彼がいつもの穏やかな声を向けてくれた。無理に答えを求めたりしない。そう言われた気がして、少しだけ肩の力が抜ける。
「いい加減、雅紀って呼んでくれません?」
 それはそれで困るお願いで押し黙ってしまう。雅紀、と心の中で呟いてみるが、やはり照れがある。
「『佐々木』も『雅紀』もたいして変わらないじゃないですか」
「そういう問題?」
 思わず笑ってしまえば、彼も満足げ表情になるのが分かった。
「よかった。笑ってくれた」
 額にまた彼の唇が触れて、くすぐったいような感覚に包まれる。
「僕、自分の名前が大好きなんですよ」
「うん、そんな気がする」
 届く声が心地よくて目を閉じれば、彼が優しく髪を撫でてくれる。触れる指先が気持ちよくて、少しずつ眠りの世界が近くなる。
「ちゃんと理由があるんですよ」
「どんな?」
 目を瞑ったまま問えば、佐々木がふふと笑って続ける。
「佐々木雅紀って『さ』と『ま』と『き』しか使わないでしょう? だから保育園のとき、自分の名前が書けるようになるのが一番早かったんです。自慢したくて、延長保育のときなんかに、先生に沢山書いてみせたりしてね」
「へぇ……」
 保育園児の佐々木を思い浮かべる。てっきり幼稚園から大学まで一貫のエリート学校にでも通っていたかと思っていたから、延長保育という単語を意外に思ってしまう。
「先生が凄く褒めてくれたんですよ。雅紀くんは頭のいい子ねって。それで僕は、自分は頭のいい子なんだって、すっかり勘違いしてしまった」
「実際そうだったと思うけど」
「いえ。今思えば自分は頭がいいという思い込みのもとに、人一倍勉強していただけだったんですよ。実際高校のときなんかは、自主的に勉強しなくても僕より成績のいい生徒なんてごろごろいましたからね。そうこうするうちに司法試験なんてものにまで合格してしまって。全部、スタートは『ささきまさき』という平仮名だった気がするんですよね」
「面白いね」
「でしょう?」
 ベッドからずり落ちていた上掛けを引っ張って、佐々木が友聖の肩を覆ってくれる。その中でまた、しっかりと友聖を抱き直す。
「人間なんて単純なんですよ。思い込みで、どんな風にでも生きていける」
「そうかもしれないね」
 きっと佐々木は、今までもこれからもずっとこんな風に前を向いて生きていくのだろう。それが少し羨ましい。けれど負の感情はなくて、逆に彼に幸せを分けてもらっているような感覚で。腕の中で、友聖はもうずっと感じることのなかった、ふわふわとした幸せな気持ちに包まれる。
 この時間がずっと続いてほしくて、自分も佐々木の胸に身体を寄せる。
「お休みなさい」
「……うん」
 好きかもしれない。自分はこの人を好きになってしまったかもしれない。
 眠りに落ちる直前、そう思った。
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