目覚めたら傍にいて
お握りやお惣菜に混じって、可愛らしいパッケージのチョコレート菓子が出てきて、ふっと笑ってしまう。
「待っていて。インスタントのお味噌汁があるから、すぐ用意する」
笑えば沈んだ気持ちも少し晴れて、友聖はキッチンに立った。せっかくだから手作りしたものを用意してあげたい気もしたが、それは今度にしようと思い直す。今はそれより、彼の傍でどうでもいいことを話していたい。味噌汁のお椀を二つテーブルに運べば、そこに佐々木チョイスのコンビニご飯が並んでいて、なんだか少し楽しくなる。
彼がコンビニで貰ってきた箸を出してくれて、二人の遅い夕食になった。
「おいしい。幸せです」
「うん。インスタントとコンビニご飯だけどね」
「友聖が作ってくれて、傍にいてくれることに価値があるんですよ」
「それはよかったね」
彼の台詞はもう笑って流すしかない。
二人で煮物と蒸し魚を分け合って食べ、テレビのお笑い芸人の訳の分からない企画に突っ込みを入れながら、色々な話をした。仕事のこと、料理のこと、好きな本のこと。問われるままに答えれば、佐々木がその答えを膨らませて友聖を笑わせる。更にプライベートなことを聞いてきながら、友聖が触れてほしくない話題は敏感に察して避けてくれる。隣で笑いながら、改めて彼の頭のよさを知った気分だった。わざと優秀すぎる部分を隠している。そんな風に感じてしまう。
彼は自分のことも躊躇いなく語り、友聖は彼が一人っ子だということ、中学まで野球をやっていたこと、そしてコンビニのお菓子がやめられないことを知った。
「本当は小学生が食べるようなお菓子が好きなんですよ。でも、大の大人がそれだけ買うのは恥ずかしいですからね」
「だからコンビニで会ったとき、あの缶入りのチョコを買ったんだ」
「そう。あれならまだ格好がつくかなと」
「そんなの気にしなくていいのに」
本心から言った。佐々木のように何拍子も揃った男に、それはちょっとした魅力にこそなれ、マイナスになどならない。
「格好よく見せたいものなんですよ、好きな人には」
「好きな人って……」
しっかりこちらを見ながら言われて、困ってテレビ画面に顔を逸らした。相変わらず、なんと応えるのが正解なのか分からない。そもそも同性の自分を好きだと言うのを、どう取っていいか量りかねる。
そこでふと気づいた。もし佐々木が本当に恋愛対象として自分を好きだと言っているのなら、今の状況は非常に危険ではないか。
「ねぇ、友聖」
「な、何?」
「呼んでみただけです」
思わず声が上擦ってしまった友聖に、彼が慈悲深そうで、だがその裏で何を企んでいるか分からない微笑みを見せる。
これは本格的にまずいかもしれないと、今更なことを思った。常識で考えれば男が男を怖がってどうするという話なのだが、きっと彼に常識は通用しない。何より友聖の本能の部分が危険を知らせている。
「あの。佐々木さん、よかったら先にシャワーを使ってください。着替え出しておきますから」
思わずそんなことを言ってしまい、すぐに一人で赤面した。このままソファーで隣り合っているより、それぞれシャワーを浴びて寝てしまった方が危険度が低いと思ったのだが、口にした途端にその行為に備えての台詞に思えてしまったのだ。
「家主より先にシャワーを使うなんてとんでもない」
幸い彼は友聖の動揺ぶりに気づクコともなく、殊勝なことを言った。
「気にしなくてもそんなたいそうな風呂じゃないし」
とりあえず危機を脱したことに安堵して言えば、ではお言葉に甘えてと、彼が素直に立ち上がる。ハンガーが必要かなとクローゼットに向かい、なんとなく振り向いて見れば、コンビニの袋から歯ブラシや下着を取り出した彼がさりげなくテーブルのゴミを片付けてくれていて、まずいことにまた彼への好感度を上げてしまう。
「すぐに出てきますから」
「いや、ゆっくりしてください」
そんなやりとりをして、彼がバスルームに消えればなんだかほっとした。さっきから何を一人で慌てているんだ、と自分で突っ込んでしまう。おかしな考えを振り払うように洗いものを済ませてしまう。
脱衣スペースに着替えを置いてソファーに戻れば、然程時間も掛からず彼が出てきた。Tシャツと友聖のハーフパンツに着替えた彼は、そんな格好だというのにやはり綺麗な男で、ついじっと観察してしまう。
「見つめるほど僕のことが好きなんですね」
「そうじゃない!」
微笑む彼に指摘されて、バツが悪くなってバスルームに逃げた。なんだか動揺して頬を熱くして、心臓に悪いことを繰り返している気がする。もういい加減慣れよう。熱いシャワーを浴びながら、そんなことを思う。
シャワーを終えて出れば、佐々木がソファーで毛布を被っていた。それを見れば、気恥ずかしさも忘れて声を掛けてしまう。
「佐々木さんがベッドの方を使って下さい」
軽く肩に触れて言えば、身体を起こした彼に見上げられた。ゆっくり瞬く様子が色っぽくて、なんだかどぎまぎしてしまう。
「どうして突然押しかけた僕がベッドで寝るんです?」
「佐々木さん、今日予定外にうちに来て疲れたでしょう? 俺は明日休みだから、寝足りなかったらいくらでも寝られるし」
友聖の言葉に佐々木がちょっと困ったように笑う。と思ったらいきなり背中を抱き込まれた。
「ちょっと! 何するんだ!」
抗議に構わず、彼が友聖を抱く腕に力を籠める。
「そんな台詞を聞いてしまったら、世の中の男はみんな落ちてしまいますね。僕ももう陥落」
「何、訳の分からないこと……っ」
藻掻く友聖の額に唇が触れそうになり、全力で彼の腕から逃れた。
「充分元気みたいなので、ソファーで寝て下さい。俺はベッドで寝るので」
「そうしてください」
何事もなかったかのように微笑まれて、一人ばたばたしている自分が恥ずかしくなった。とにかく寝てしまおうと、明かりを消して彼に背を向けて横になる。
「お休みなさい」
「うん。お休み」
言葉を交わせば、佐々木がすぐに寝る体勢に戻るのが分かる。
気持ちが落ち着けば、彼の暴挙は自分に気を遣わせないためのものだったのだろうと分かった。ごろんと身体の向きを変えれば、彼が既にすやすやと寝息を立てている。本当にどこででも寝られるタイプらしい。いや、それくらい疲れているのだろうか。そう思えばまた申し訳なくなる。探偵や弁護士の仕事について詳しく知る訳ではないが、いくつかの仕事を掛け持ちして、土曜も日曜も関係のない仕事のような気はする。
今日、ここに来て大丈夫だったのだろうか。別の仕事をキャンセルしたりしていないだろうか。気になり出すと止まらなくなって、友聖は天井を見上げた。
俺なんて護る価値のある人間じゃないのに。それを思えば、また過去の苦い思い出が甦る。
優しく笑って頭を撫でてくれた兄。その兄が見たこともない剣幕で母と言い争っていた。そして立ち尽くす友聖に投げられたあの言葉──。
「友聖」
ずぶずぶと暗い思考に呑まれていた友聖の耳に、佐々木の静かな声が届いた。
「ごめん。煩かった?」
「いいえ」
暗がりでも、斜め前のソファーで彼が穏やかな顔をしているのが分かる。
「友聖は何かご家族のことで悩んでいますよね」
「え……」
いきなり核心を突かれて、上手く返すことが出来なかった。彼にそこまで話した覚えはないのに、何故そんなことを言うのだろう。
「すみません。余計なお世話でしたね」
無言を機嫌を損ねたためと思ったのか、彼に慌てて詫びられた。
「ううん。いいんだ」
天井に視線を戻して言う。悩むというのとは少し違うが、確かに友聖は家族の問題を抱えている。
「職業柄、気になったことはすぐに聞いたり調べたりしてしまうんですよ」
「そっか」
佐々木が身体ごとベッドの方に向き直る気配を感じた。その様子に、話してしまおうかという思いが湧く。彼なら哀れんだりせず淡々と聞いてくれそうな気がする。
口を開きかけて、だがそこで彼が疲れているということを思い出した。ただでさえ今夜のことで手を煩わせているのに、これ以上甘えるのもどうかと思い、言葉を飲み込む。
「佐々木さん」
代わりに別のことを聞いてみた。
「高月友聖って名前、どう思う?」
「綺麗な名前だと思いますけど」
突然の問いにも、彼は問い返したりせず答えをくれた。普段砕けたフリをしていても、こういうところでできる人間だと分かる。改めてそう感じてしまう。
「俺は友聖っていう名前が嫌いなんだ。なんか、名前負けもいいとこだなって思って。サトシとかアキラとか、そういう普通の名前がよかった」
長く抱えてきた本音を告げた。小学生の頃から野球の才能を見出されて両親を喜ばせてきた直哉と違い、友聖は平凡な子で、しかも身体が弱かった。せめて目立たないように、高月直哉に弟がいることなど知られないように暮らしたい。そう願う友聖にとって、名字は仕方ないにしても、友聖という名前は少し凝りすぎていた。
ソファーの佐々木が、身体を起こして友聖に視線を向ける。
「何をもって名前負けと言うのか分かりませんが、僕は好きですよ。響きが綺麗だし、それに『ゆうせい』って優しい感じがして、イメージに合っていて素敵だと思います」
「そっか。ありがとう」
小さく言って、掛けものを引き上げる。いい大人がこれくらいでと思いながらも、誰かにそう言ってもらえれば嬉しい。
「ごめん。突然おかしな話をして」
ソファーに背を向けて、今度こそ眠ろうと思った。彼の言葉のお陰で、今眠っても過去を夢に見ることはないだろうと思える。
「じゃあ、お休み」
だが友聖と違って、彼は寝る気をなくしたらしかった。
「友聖」
「うん?」
振り向くより先に、何故かベッドに入ってくる。
「ちょっと! 何!?」
抗議の声に構わず、背中に腕を回して抱きしめられた。
「そんな辛そうにされたら、一人で寝かせておけなくなるじゃないですか」
「待っていて。インスタントのお味噌汁があるから、すぐ用意する」
笑えば沈んだ気持ちも少し晴れて、友聖はキッチンに立った。せっかくだから手作りしたものを用意してあげたい気もしたが、それは今度にしようと思い直す。今はそれより、彼の傍でどうでもいいことを話していたい。味噌汁のお椀を二つテーブルに運べば、そこに佐々木チョイスのコンビニご飯が並んでいて、なんだか少し楽しくなる。
彼がコンビニで貰ってきた箸を出してくれて、二人の遅い夕食になった。
「おいしい。幸せです」
「うん。インスタントとコンビニご飯だけどね」
「友聖が作ってくれて、傍にいてくれることに価値があるんですよ」
「それはよかったね」
彼の台詞はもう笑って流すしかない。
二人で煮物と蒸し魚を分け合って食べ、テレビのお笑い芸人の訳の分からない企画に突っ込みを入れながら、色々な話をした。仕事のこと、料理のこと、好きな本のこと。問われるままに答えれば、佐々木がその答えを膨らませて友聖を笑わせる。更にプライベートなことを聞いてきながら、友聖が触れてほしくない話題は敏感に察して避けてくれる。隣で笑いながら、改めて彼の頭のよさを知った気分だった。わざと優秀すぎる部分を隠している。そんな風に感じてしまう。
彼は自分のことも躊躇いなく語り、友聖は彼が一人っ子だということ、中学まで野球をやっていたこと、そしてコンビニのお菓子がやめられないことを知った。
「本当は小学生が食べるようなお菓子が好きなんですよ。でも、大の大人がそれだけ買うのは恥ずかしいですからね」
「だからコンビニで会ったとき、あの缶入りのチョコを買ったんだ」
「そう。あれならまだ格好がつくかなと」
「そんなの気にしなくていいのに」
本心から言った。佐々木のように何拍子も揃った男に、それはちょっとした魅力にこそなれ、マイナスになどならない。
「格好よく見せたいものなんですよ、好きな人には」
「好きな人って……」
しっかりこちらを見ながら言われて、困ってテレビ画面に顔を逸らした。相変わらず、なんと応えるのが正解なのか分からない。そもそも同性の自分を好きだと言うのを、どう取っていいか量りかねる。
そこでふと気づいた。もし佐々木が本当に恋愛対象として自分を好きだと言っているのなら、今の状況は非常に危険ではないか。
「ねぇ、友聖」
「な、何?」
「呼んでみただけです」
思わず声が上擦ってしまった友聖に、彼が慈悲深そうで、だがその裏で何を企んでいるか分からない微笑みを見せる。
これは本格的にまずいかもしれないと、今更なことを思った。常識で考えれば男が男を怖がってどうするという話なのだが、きっと彼に常識は通用しない。何より友聖の本能の部分が危険を知らせている。
「あの。佐々木さん、よかったら先にシャワーを使ってください。着替え出しておきますから」
思わずそんなことを言ってしまい、すぐに一人で赤面した。このままソファーで隣り合っているより、それぞれシャワーを浴びて寝てしまった方が危険度が低いと思ったのだが、口にした途端にその行為に備えての台詞に思えてしまったのだ。
「家主より先にシャワーを使うなんてとんでもない」
幸い彼は友聖の動揺ぶりに気づクコともなく、殊勝なことを言った。
「気にしなくてもそんなたいそうな風呂じゃないし」
とりあえず危機を脱したことに安堵して言えば、ではお言葉に甘えてと、彼が素直に立ち上がる。ハンガーが必要かなとクローゼットに向かい、なんとなく振り向いて見れば、コンビニの袋から歯ブラシや下着を取り出した彼がさりげなくテーブルのゴミを片付けてくれていて、まずいことにまた彼への好感度を上げてしまう。
「すぐに出てきますから」
「いや、ゆっくりしてください」
そんなやりとりをして、彼がバスルームに消えればなんだかほっとした。さっきから何を一人で慌てているんだ、と自分で突っ込んでしまう。おかしな考えを振り払うように洗いものを済ませてしまう。
脱衣スペースに着替えを置いてソファーに戻れば、然程時間も掛からず彼が出てきた。Tシャツと友聖のハーフパンツに着替えた彼は、そんな格好だというのにやはり綺麗な男で、ついじっと観察してしまう。
「見つめるほど僕のことが好きなんですね」
「そうじゃない!」
微笑む彼に指摘されて、バツが悪くなってバスルームに逃げた。なんだか動揺して頬を熱くして、心臓に悪いことを繰り返している気がする。もういい加減慣れよう。熱いシャワーを浴びながら、そんなことを思う。
シャワーを終えて出れば、佐々木がソファーで毛布を被っていた。それを見れば、気恥ずかしさも忘れて声を掛けてしまう。
「佐々木さんがベッドの方を使って下さい」
軽く肩に触れて言えば、身体を起こした彼に見上げられた。ゆっくり瞬く様子が色っぽくて、なんだかどぎまぎしてしまう。
「どうして突然押しかけた僕がベッドで寝るんです?」
「佐々木さん、今日予定外にうちに来て疲れたでしょう? 俺は明日休みだから、寝足りなかったらいくらでも寝られるし」
友聖の言葉に佐々木がちょっと困ったように笑う。と思ったらいきなり背中を抱き込まれた。
「ちょっと! 何するんだ!」
抗議に構わず、彼が友聖を抱く腕に力を籠める。
「そんな台詞を聞いてしまったら、世の中の男はみんな落ちてしまいますね。僕ももう陥落」
「何、訳の分からないこと……っ」
藻掻く友聖の額に唇が触れそうになり、全力で彼の腕から逃れた。
「充分元気みたいなので、ソファーで寝て下さい。俺はベッドで寝るので」
「そうしてください」
何事もなかったかのように微笑まれて、一人ばたばたしている自分が恥ずかしくなった。とにかく寝てしまおうと、明かりを消して彼に背を向けて横になる。
「お休みなさい」
「うん。お休み」
言葉を交わせば、佐々木がすぐに寝る体勢に戻るのが分かる。
気持ちが落ち着けば、彼の暴挙は自分に気を遣わせないためのものだったのだろうと分かった。ごろんと身体の向きを変えれば、彼が既にすやすやと寝息を立てている。本当にどこででも寝られるタイプらしい。いや、それくらい疲れているのだろうか。そう思えばまた申し訳なくなる。探偵や弁護士の仕事について詳しく知る訳ではないが、いくつかの仕事を掛け持ちして、土曜も日曜も関係のない仕事のような気はする。
今日、ここに来て大丈夫だったのだろうか。別の仕事をキャンセルしたりしていないだろうか。気になり出すと止まらなくなって、友聖は天井を見上げた。
俺なんて護る価値のある人間じゃないのに。それを思えば、また過去の苦い思い出が甦る。
優しく笑って頭を撫でてくれた兄。その兄が見たこともない剣幕で母と言い争っていた。そして立ち尽くす友聖に投げられたあの言葉──。
「友聖」
ずぶずぶと暗い思考に呑まれていた友聖の耳に、佐々木の静かな声が届いた。
「ごめん。煩かった?」
「いいえ」
暗がりでも、斜め前のソファーで彼が穏やかな顔をしているのが分かる。
「友聖は何かご家族のことで悩んでいますよね」
「え……」
いきなり核心を突かれて、上手く返すことが出来なかった。彼にそこまで話した覚えはないのに、何故そんなことを言うのだろう。
「すみません。余計なお世話でしたね」
無言を機嫌を損ねたためと思ったのか、彼に慌てて詫びられた。
「ううん。いいんだ」
天井に視線を戻して言う。悩むというのとは少し違うが、確かに友聖は家族の問題を抱えている。
「職業柄、気になったことはすぐに聞いたり調べたりしてしまうんですよ」
「そっか」
佐々木が身体ごとベッドの方に向き直る気配を感じた。その様子に、話してしまおうかという思いが湧く。彼なら哀れんだりせず淡々と聞いてくれそうな気がする。
口を開きかけて、だがそこで彼が疲れているということを思い出した。ただでさえ今夜のことで手を煩わせているのに、これ以上甘えるのもどうかと思い、言葉を飲み込む。
「佐々木さん」
代わりに別のことを聞いてみた。
「高月友聖って名前、どう思う?」
「綺麗な名前だと思いますけど」
突然の問いにも、彼は問い返したりせず答えをくれた。普段砕けたフリをしていても、こういうところでできる人間だと分かる。改めてそう感じてしまう。
「俺は友聖っていう名前が嫌いなんだ。なんか、名前負けもいいとこだなって思って。サトシとかアキラとか、そういう普通の名前がよかった」
長く抱えてきた本音を告げた。小学生の頃から野球の才能を見出されて両親を喜ばせてきた直哉と違い、友聖は平凡な子で、しかも身体が弱かった。せめて目立たないように、高月直哉に弟がいることなど知られないように暮らしたい。そう願う友聖にとって、名字は仕方ないにしても、友聖という名前は少し凝りすぎていた。
ソファーの佐々木が、身体を起こして友聖に視線を向ける。
「何をもって名前負けと言うのか分かりませんが、僕は好きですよ。響きが綺麗だし、それに『ゆうせい』って優しい感じがして、イメージに合っていて素敵だと思います」
「そっか。ありがとう」
小さく言って、掛けものを引き上げる。いい大人がこれくらいでと思いながらも、誰かにそう言ってもらえれば嬉しい。
「ごめん。突然おかしな話をして」
ソファーに背を向けて、今度こそ眠ろうと思った。彼の言葉のお陰で、今眠っても過去を夢に見ることはないだろうと思える。
「じゃあ、お休み」
だが友聖と違って、彼は寝る気をなくしたらしかった。
「友聖」
「うん?」
振り向くより先に、何故かベッドに入ってくる。
「ちょっと! 何!?」
抗議の声に構わず、背中に腕を回して抱きしめられた。
「そんな辛そうにされたら、一人で寝かせておけなくなるじゃないですか」