目覚めたら傍にいて

✽惚気の対価✽

 苦手なデスクワークと格闘していたら、何故かこの事務所の経営者が戻ってきた。
「あれ? 先輩、二時間前に帰りませんでした?」
 聞けば苦笑しながら、三上のデスクに溜まっている書類の一束を手にしていく。
「助かります」
「相変わらず書類仕事が苦手みたいですね。弁護士なのに」
「得手不得手ってやつですよ。で、先輩はどうして戻ってきたんですか?」
 愛の巣に溺愛している恋人がいるくせに。言外でそう言ってやる。
「喧嘩ですかね」
「え、嘘。あの高月さんと?」
 彼の恋人は女神ではないかと思うほど優しい。そんな彼とどうして。
「友聖が『このマンションは雅紀名義の契約だから、もし別れたら俺が出ていかないといけないね』と言うもので」
「それでどうして喧嘩になるんですか?」
「僕が友聖を手放す訳がないのに、別れの仮定をする必要はないでしょう?」
「……まぁ、そうでしょうけど」
 悪いが本気でどうでもいい。
「で、怒って出てきた訳ですか」
「いいえ。友聖が頭を冷やしに出ると言うから、代わりに僕が出てきたんですよ」
「理由は」
「友聖に寒い思いをさせる訳にはいかないでしょう?」
 何故こっちが間違っているかのように言われるのだ。喧嘩というものを舐めているのは彼の方だ。
「さて」
 爆速で片付けた書類を差し出して、彼が出口に向かってしまう。
「え、もう帰るんですか?」
「ええ。友聖を一人にすると心配ですから。友聖が好きな和菓子のお店も、まだ間に合いますし」
 そう言って本気で帰っていく背を唖然と眺める。
「……え? 俺、惚気を聞かされた?」
 完璧に仕上げられた書類に苦笑しながら、『狐につままれた』というのはこういうことを言うのだろうなと、現実逃避気味にそう思うのだった。

✽✽
三上と佐々木。
佐々木は普通にお土産を買って部屋に帰ります(笑)。
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