目覚めたら傍にいて

 驚く友聖に佐々木が答えをくれる。そんなやり取りを見て、紺野が忌々しげに続ける。
「跡をつけたのは住んでいる場所を知るためと、後ろ姿を見ていたかったから。酒瓶を割ったのは、偶然を装って片付けを手伝えば親しくなれると思ったからだ。でもあの日はタイミング悪く近所で交通事故があって、警察がすぐ傍にいた。パトカーがいなくなるまで待とうと思っていたら電話が鳴って、それで部屋に入っていくあんたを見たんだ」
「ああ、そういえば」
 うっすらとその夜のことを思い出す。確かにナイトゲームを観ようと部屋に急いでいたところで、サイレンを聞いて赤色灯を見た気がする。どうやら自分は間接的にパトカーに助けられていたらしい。紺野が佐々木を睨み、三上が彼を押さえる手に力を籠める。
「悔しさが収まらなかった。女ならまだしもなんであいつなんだって。男を選ぶならなんで俺じゃないんだって。もう何年も前から高月さんを想ってきたのに」
「紺野さん」
 そんな風に言われて困ってしまった。被害者の筈が、なんだか鈍い自分がいけなかったような気がしてくる。そんな友聖の代わりに佐々木が話を続ける。
「あの夜あなたのコンビニに行ったら、塵取りに片付けられていた破片と同じ瓶の日本酒が三本とも売られていました。あのレターセットも、手紙が入れられた翌日は欠品していましたけど、昨日行ったら色違いの同じ商品が並んでいた。自分の職場の商品を犯行に使うとは安易でしたね」
「え……」
 また驚かされた。酒瓶の事件の夜、佐々木は瞬時に直哉の依頼とは別の犯人がいることに気づいて、動き始めていたことになる。なんでもないフリでそこまで調べていたとは、どうやら友聖の想像以上に探偵としての能力も高かったらしい。
「アルバイトの女の子にあなたのシフトを聞いたら、事件があった日は二日とも早番だったと教えてくれました。今日が早番だということも聞いていたので、昨日煽るようなことを言って三上を配置しておいたんですよ。案の定、あなたはこちらの思惑通り動いてくれた」
「まんまと引っ掛かったって訳だ」
 紺野が自嘲気味に言う。そして、今日はあらかじめ玄関を汚しておいて、帰宅した友聖に偶然を装い声を掛けるつもりだった。その後は上手く言いくるめて部屋に上がり込むつもりだった、と白状した。紺野にそれらしいことを言われたら、自分は疑いもせずに部屋に入れていただろうなと考えれば、少し怖くなる。
「馬鹿だよな、俺も」
「そうですね」
 佐々木がばっさりと切り捨てる。
「小細工せずに、好きなら好きと言えばよかったんですよ。それに、その人に近付くためなら怖い思いをさせてもいいという心理が、僕には理解できません」
「フン」
 不貞腐れたように紺野が佐々木から視線を逸らす。なんとなくもう危険はないだろうなと思ったから、友聖は一歩彼に近づいて、少し屈んで目線を合わせた。
「紺野さん。えっと、俺、好きな人がいるから、紺野さんの気持ちには応えられない」
 刺激しないように、佐々木が好きという言い方は避けた。数秒間があって、彼が顔を上げて友聖を見る。
「好きになってくれてありがとう。……気づいてあげられなくてごめん」
「ずっと好きでした」
 友聖に対しては口調を変えて彼が言う。
「何年も前だけど、レンジで温めようとした弁当を落としてしまったことがあって、新しいのを持ってこようとしたら高月さんが止めてくれた。新しいのを俺に渡したら、落とした方は自腹になるんでしょうって。見た目が崩れてたってお腹に入れば一緒だからって。そのときから気になるようになりました」
「そんなこと、あったっけ?」
 思い出すことができなかった。ある程度仕事に慣れてからは自炊をしていたから、恐らく新入社員時代の六、七年前のことだ。それほど前から自分を想ってくれていた紺野に、また申し訳なさが募る。
「さて」
 友聖も紺野も黙ってしまったのを見て、佐々木が声を上げた。
「あなたを警察に連れていく気はありません」
 ね、と笑いかけてくる佐々木に友聖も頷いた。直哉のこともあるが、紺野を犯罪者にはしたくない。
「ただ、僕はこれからも友聖の傍を離れるつもりはありませんし、次にあなたが何かした場合は法的手段を取ります」
「……好きにしろよ」
 反抗的な口調で返しながら、紺野にはもう争う気がないのが分かった。三上もそれを感じたのだろう。紺野を押さえていた腕を離して立ち上がる。
「近くに車を止めてある。あんた一人で帰して変な気起こされても困るから、送ってくよ。分かってると思うけど、拒否権ないから」
 三上に促されて、紺野もだるそうに立ち上がる。
「すみませんが、お願いします」
 車のキーを手に歩き出す三上に佐々木が声を掛ける。すると三上がこちらに向かってニッと笑ってみせた。
「いいですよ。いつぞやのおうちランチデートを邪魔したお詫びです」
「え……」
 どうやら彼は佐々木と友聖の関係を知っているらしい。頬を染めてしまう友聖の肩を、いつもの調子に戻った佐々木が抱き寄せる。
「では、遠慮なくお言葉に甘えます」
「ちょっと!」
 三上と紺野の前ではないかと、慌てて彼の腕から逃れる。
「あ、そうだ、紺野さん」
 背を向けて去っていこうとする紺野に、佐々木の綺麗な声が向けられる。振り向かずに歩いていく彼に、佐々木がめげずに続ける。
「さっき、何年も前から友聖のことが好きだったのに、なんであいつなんだって言いましたよね」
「……だからなんだよ」
 紺野が諦めたように振り向き、怠そうに答える。
「僕は十八年です」
「は?」
「友聖が小学五年生のときからですから、十八年間好きでした」
 紺野が唖然と佐々木の顔を見つめる。
「あなたに勝ち目はありません。きっぱり諦めてくださいね」
 彼の宣言に頭を抱えたくなった。「何張り合ってんですか」と、三上も苦笑する。
「行くぞ」
 三上の声に紺野が再び歩き出す。表情は見えなかったが、彼はきっとすぐに自分への想いを断ち切るだろうと思った。まだ若いし楽しいことは沢山ある。友聖なんかよりずっと心惹かれる人間もいる筈だ。何より、この厄介な佐々木に立ち向かおうとは思わないだろう。
「部屋に戻りますか」
「うん」
 佐々木に促されて友聖も歩き出す。向かいのマンションまで路を渡るだけだというのに、彼が指を絡めてきて、仕方がないのでこちらもぎゅっと握り返す。
「もう、何も心配いりませんからね、友聖」
「うん。ありがと」
 これで本当に全部解決だなと思った。これからは恋人としてだけ佐々木を見ていられる。そんなことを考えれば少し照れてしまう。
「好きですよ、友聖」
「うん」
 完全に恋にふやけた思考で、その日も一人ではないお家時間を過ごすことになるのだった。
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