目覚めたら傍にいて

「どうして?」
 問えば友聖の部屋を見つめる彼の顔が、少しだけ厳しくなる。
「これからもう一人の犯人が現れます」
「え?」
「しばらくそこで愛を語り合っていましょうか」
「愛って……」
 腕時計を確認した彼がマンション前の児童公園を指すので、仕方なく公園のベンチに落ち着くことになる。
「ねぇ、もう一人の犯人って一体」
「そろそろだと思いますよ」
 彼の横顔がまた少し厳しくなるのに気づいて、友聖も黙って同じ方向を見つめる。
 そこで、一人の若い男が周りを見回しながら友聖の部屋に近づくのに気づいた。
「え」
 その姿に混乱する。玄関前で足を止めたのは馴染みの人物だ。履き古されたスニーカーが目に入る。
「ここにいてください」
 そう言って立ち上がった佐々木が、静かに男に向かっていく。
 洗濯物も干しっぱなしで明かりも点いていない。不在ということはすぐに分かる。男はもう一度辺りを見回し、度だけインターホンを鳴らして反応がないのを確認すると、鞄から何やら色鮮やかなものを取り出した。
「あ……!」
 それを玄関目掛けて投げようとするのを、佐々木が腕を掴んで止める。
「雅紀!」
 また怪我をさせられるのではないかという不安に駆られて、考えるより先に玄関に走っていた。心配を余所に佐々木は相手の腕を捻り上げ、手からどぎつい色のボールを取り上げる。近くで見れば、よくコンビニのレジの傍に置いてある防犯用のカラーボールだと分かった。投げてぶつければインクが飛び散る。
「コンビニ店員ならではの発想ですけど、それを投げてドアを汚せば器物破損になりますよ」
「離せ……!」
 男が悔しそうに言って友聖から顔を背ける。やはり見間違いではない。
「紺野さん。どうして」
 混乱で声が震える。佐々木に押さえられているのは、昨夜コンビニで話をしたばかりの紺野だった。
「じっくり説明してもらいましょうか」
 友聖の部屋に上げる訳にはいきませんのでね、と佐々木が公園に連れていこうとする。途端に彼が逃げようと暴れ出す。
「大人しくしてください」
 顔色一つ変えずに、佐々木は紺野の腕とベルトを掴んで、相手が動けないよう自分の身体に引き寄せた。何か武道でもやっているのだろうかと、今更彼の強さに驚いてしまう。
「三上」
 そこで佐々木が誰かの名前を呼んだ。
「はーい」
 緊張感のない返事と共に、集合ポストの陰から見たことのない男が現れる。声と裏腹に、彼が素早い動きで紺野を押さえる役目を交代した。
「後輩の三上です」
 ぽかんとする友聖を紺野から遠ざけるように抱き寄せて、佐々木が彼を紹介してくれる。そういえば事務所にお邪魔したとき、もう一人探偵兼弁護士がいると言っていた。
「高月さんですね。初めまして。三上祐真みかみゆうまっていいます。うわ。確かに写真で見るよりずっと美人だ」
「……初めまして」
 彼が暴れる紺野を器用に押さえながら、人懐っこく話しかけてくる。身長は佐々木より少し低いくらいだろうか。黒のTシャツにジーンズというラフな格好で無邪気に笑っているが、彼も最難関の司法試験をパスしているのだ。紺野を押さえる腕に隙がないことから、探偵としての訓練も半端ではないのだろうと知ってしまう。
「先輩狡いなぁ。仕事断りまくって何してるのかと思えば、こんな美人と過ごしていたなんて」
「人聞きが悪いですね。友聖の護衛もきちんと依頼を受けた仕事ですよ」
「でも今日のはオプションでしょう? いいなぁ。ねぇ、高月さん、今度俺と二人でご飯でも行きましょうよ」
「おふざけが過ぎるとクビにしますよ」
 どこまで本気なのか、佐々木が冷たく笑って言い放つ。果たしてこれは捕まえた犯人を押さえつけながらする会話なのだろうか。よく分からなくなってきた友聖に三上が肩を竦めてみせて、思い出したように紺野に声を掛ける。
「聞いての通り、先輩は高月さんのことになると厳しいから、覚悟した方がいいよ」
 そして空がすっかり紺色に染まった頃、漸く公園での事情聴取が始まった。
「帰宅途中の友聖をつけていたのも、玄関に酒瓶を割ったのも、別れろという手紙を書いたのもあなたですね」
 佐々木が流れるように言う。逃げられないように三上にベルトを押さえられたままベンチに座る紺野を、友聖と佐々木が見下ろしている。まだ紺野が犯人だという実感が持てなくて、友聖は現実逃避気味に、弁護士モードの佐々木はこんな風に話すのだなと考えている。
「悪いんですが、コンビニのオーナーの連絡先もあなたの自宅住所もご実家の情報も、ついでにバイクのナンバーも調べさせていただきました。逃げても無駄ですよ」
 その台詞に紺野よりも友聖が驚く。おかしなことばかり言って友聖の傍にいただけのように見えて、実はかなりの調査をしていたらしい。佐々木の言葉に観念したのか、紺野が開き直ったように言う。
「ああ。全部俺だよ」
「どうして?」
 理由が分からなくて聞いた。彼との関係は悪くなかったと思うが、自分でも気づかないうちに何か恨まれるようなことをしてしまっていたのだろうか。そう思う友聖に、だが返ってきたのは意外な台詞だ。
「好きだから」
「え?」
「好きで、もっと近づきたいと思ったからだ」
 言葉を失った。好きって、自分を? そんな、佐々木じゃあるまいし、と言うのも変だが、同性を好きになるということは、今こうも身近なことなのだろうか。軽くパニックに陥る友聖の前で、佐々木が小さく息を吐く。
「思った通りです。あの手紙もそうですけど、コンビニで会ったとき、僕への敵対心を痛いほど感じましたから」
「え、そうなの?」
 そんな話は少しも聞いていない。
「騒ぐほどのことでもなかったので」
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