目覚めたら傍にいて

 揶揄したつもりが恥ずかしげもなく言われて、逆にこちらが困ってしまう。
「そのうち高月直哉は僕たちの手の届かないところに行ってしまって、練習試合で友聖を見ることもなくなった。僕は死ぬほど後悔しました。どうして声を掛けなかったんだろう。どうして寂しそうにしている理由を聞いてあげなかったんだろうって。あの子はずっと寂しいままかもしれないじゃないかって、そんなことを考えたりもしてね」
「佐々木さんはその頃から優しかったんだね。困っている人を助ける職業に就いて正解だよ」
 向けられる言葉が自分にはもったいなくて、彼のことへと話を逸らそうとする。だが今夜の佐々木は友聖の意図に気づいていて、それでもどうしても伝えたいというように話し続ける。
「高校、大学と、弁護士になるために院に行って、僕は色々な人と出会いました」
「……うん」
 その色々な人には恋人も含まれるのだろうなと思えば、馬鹿らしいと思いながらも少し妬けた。お互いいい歳で、自分だって女性と付き合ったことくらいあるというのに。
「でも」
 佐々木が友聖の小さなヤキモチを散らすように、器用に髪を梳いてくる。
「僕はどうしても友聖を忘れることができなかった。心の隅にいつも寂しそうな少年がいて、消えてくれなかった。もう一度会ってみたい。次に会ったら、声を掛けて話を聞いてあげようって、ずっと思っていたんです」
「佐々木さん」
 油断すると泣いてしまいそうで、自分から彼の胸に顔を寄せる。あの頃、直哉の存在抜きで自分を見ていてくれた人がいた。その人が今隣にいる。大袈裟でなく奇跡だと思う。彼も友聖の身体を抱きよせて、優しく背中に触れてくる。
「探偵事務所で独立した後、僕はいくつも依頼を解決して、沢山感謝もされました。でも、一番解決したいことが解決できていないという思いが、ずっと消えなかった。それで独立から一年たったときに、友聖を探そうと思ったんです」
「俺を、探す?」
「そう。探偵の自分が、依頼ではなく自分が会いたいという理由で人を探す。モラルに反することかもしれないと悩みましたよ。でも、会って友聖に咎められるのなら、それでもいいと思ったんです」
 佐々木の腕の中で小さく首を振る。探偵業の暗黙の了解など知らない。だが自分は会いに来た佐々木を咎めたりしない。
「そんなとき、偶然お兄さんから依頼を受けたんです」
「偶然?」
「そう。驚きました。なんてタイミングなんだって。でもそれより、そうか、弟だったのかって納得して。同時に、当時寂しそうにしていた理由もなんとなく分かってしまった」
 直哉は佐々木に家庭の事情までは話していないのだろう。佐々木が時々それとなく友聖の過去や家族の話を言い当てたのは、きっと探偵の観察力と、友聖への気遣いがあったからだ。
「これが俺の弟ですって、高月さんが写真を何枚か見せてくれました。その中の友聖は子どもの頃より更に綺麗になっていましたけど、僕にはすぐに分かりました。運命だと思った。もう後悔はしたくない。だから友聖を心配するお兄さんに、ほとんど強引に護衛を申し出たんです」
「そうだったんだ」
 友聖の中で佐々木の気持ちが繋がっていく。その彼の手が、慈しむように友聖に触れ続ける。
「あとは知っての通り。友聖は見た目だけでなく、素直で優しくてちょっと危なっかしくて、僕は夢中になってしまった。もう遠回りはしない。欲しいものは欲しいと言う。そう思ったから、これでもかというくらい強引に出て、今こうして触れることができている訳です」
「佐々木さん」
 胸が一杯になった。佐々木の気持ちが軽い気持ちや仕事をスムーズにするための作りものでないことが、痛いほど伝わってくる。抱いていた身体を少し離して、彼が視線を合わせてくる。
「改めて言います。好きです、友聖。ずっと好きでした」
 抑えようもなく込み上げてくるものを見られたくなくて、また彼の胸に顔を押しつけた。気持ちが溢れて零れそうだ。この人と離れたくない。やっと自分の気持ちがはっきり分かる。いや、本当はとっくに分かっていたのだ。言い訳をして、本当に自分から離れていかないのかと彼を試していた。家族に突き放されたように、彼にも突然消えられたら、自分が壊れてしまうと知っていたから。でも、もういい。もう自分も彼に参っている。いつか離れるときが来るとしても、今、彼の気持ちに応えたい。
「……俺も、好き」
 漸く顔を上げて彼を見る。
「佐々木さんといると、俺、幸せでどうしようもない」
 抑えてきた本音が溢れる。彼みたいに上手くは伝えられない。それでもこの数週間、自分なりに考えていたことを言葉にしたい。
「俺も男だし、ちゃんと自分で生きていきたいって思う気持ちは変わらない。戸惑うことも、また佐々木さんに迷惑を掛けてしまうこともあるかもしれない。でも」
 不器用に息を吸って、そこで耐えきれず落ちてしまう涙がもどかしい。彼が頬に触れて、そんな涙を拭ってくれる。
「佐々木さんに傍にいてほしい。迷惑でなければ、時々甘えさせてほしい」
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