目覚めたら傍にいて

 部屋に帰って、二人それぞれシャワーを浴びた。
 友聖が先に出て、なんとなく落ち着かないままベッドに横になる。
「お待たせ」
 佐々木が腰にバスタオルを巻いた状態で、いつもながら爽やかにバスルームから出てきた。
「待ってない」
「またまた」
 冗談とは言えない口調で言って裸を近づけてくるのを力一杯押し返す。
「もう。早く服着なって。寝るよ」
「つれないですね」
 しぶしぶといった様子で彼はパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツに着替えて、髪を乾かしたあとベッドに入ってきた。
 タクシーの中でゆっくり休むように言っていたから、今夜は襲われないと思う。だがこのまま眠ってしまうのも惜しいと思う自分もいて、その訳の分からない気持ちを悟られないうちに、お休み、と目を閉じる。
「友聖」
 そっと、彼の腕が背中に回った。
「何?」
 声音にいつもと違うものを感じて、見上げるように彼の顔を見る。
「少しだけ、話してもいいですか?」
「……もちろん」
 突然改まって言われて、どきりとした。まだ彼とこれほど親しくなる前に漠然と感じた不安に襲われる。護衛の必要がなくなれば離れていくのではないか。今日がそのお別れの日なのではないか。だとしたら自分はどうしたらいい。
 だが続いた言葉は想像と違っていた。
「実は先程のお兄さんの話に、一つ付け加えることがあるんです」
「付け加えること?」
「ええ」
 佐々木がふと目許を和らげる。
「僕はお兄さんの依頼を受ける前から友聖を知っていました」
「え?」
 意外な告白に瞬いた。そんな筈はない。幼稚園から大学まで学校は一つも一緒になっていないと思うし、友聖は幼い頃から病院に行く以外は積極的に外に出るタイプではなかった。どこにも接点はない。
「僕が中学生の頃、何度か高月さんの中学と練習試合をしたんですよ」
 そこで漸くあっと思った。そういえば佐々木も中学まで野球をやっていたのだ。
「僕は二年生でベンチにいて、そこで初めて、まだ小学生だった友聖を見たんです」
 そういうことかと納得した。外に出ることのない生活だったが、確かに近場で直哉の試合があるときだけは出掛けていた。加えて、敵チームだった彼に姿を覚えられている理由も理解する。
「……俺、いつも相手チームの方から試合を見ていたから」
「ええ。そうでしたね」
 その頃の気持ちが甦って、少しだけ胸が痛む。
 当時仲間内で試合を見ていると、友聖は直哉のファンの女子に連れ出されて、彼のことをあれこれ聞かれた。プレゼントや手紙を渡してくれと言われているうちはまだよかったが、さりげなく気持ちを伝えてくれと言われたときは流石に困って、その場から走って逃げたのを覚えている。
 その他にも近所のおじさん連中が試合を見に来れば、「なんだか兄さんが全部いいとこ持ってっちまったなぁ」などと冗談を言われ──悪気のないことは分かっていたし、その頃はそんなことでいちいち傷ついたりしなくなっていたが──、何より、友聖などお構いなしに直哉を見つめる母親の姿を見るのが辛くて、いつの間にか相手チーム側からこっそり応援する習慣がついていたのだ。
「僕たち側の応援席にいる訳でもなくて、ベンチの傍で身を隠すように試合を見ていて、でも、視線は高月直哉を追っているとすぐに分かりました」
 そこで一度佐々木が言葉を止める。
「今思えば、一目惚れだったんですよね」
「え?」
 驚く友聖にふふと笑って、佐々木が肩を抱く腕に力を籠める。
「最初、色白で綺麗な子だなって思いました。男の子だということは分かっていましたけど、学校中探しても、あんな綺麗な子はいないって思いました」
「……あまり外に出なかったから、日焼けしていなかったんだよね」
 なんと答えていいか分からなくて、とりあえず色白だったことだけ認めてみる。
「友聖は高月さんの出番のときだけは嬉しそうに見ているのに、あとはずっと寂しそうな顔をしていた。僕は試合が終わってからもずっと、友聖のことが頭から離れなかった」
「佐々木さん」
 まさかの事実に鼓動が速くなる。いつも一人隠れて、誰にも知られないように試合を見ていたつもりだった。けれど佐々木は、そんな友聖の存在に気づいていた。
「二度目に見たとき、声を掛けようかと思いました。うちは部員も少なかったし、のんびりした弱小野球部だったんですよ。今思えば、どうしてそんな中学が高月直哉のいる強豪と練習試合をしていたのかは謎ですが、そんな訳で、男の子を一人ベンチに入れてやって、飲みものを振る舞うくらい誰も文句を言わないと思ったんです。後から聞いたら、他の部員も何人か同じことを考えていたそうですよ。でも部活中の中学生の身で、何よりシャイでしたからね。なかなか話しかけることができなかった」
「シャイって」
 思わず笑って突っ込んでしまう。今隣にいる彼には、どう考えても似つかわしくない言葉だ。
「あ、笑いましたね。僕だって昔は純情な野球少年だったんですよ。気になった人に簡単に声を掛けられる男じゃなかった」
「今は違うみたいな言い方だね」
「それなりに人生経験を積みましたからね。でもここまで押して押して押したのは友聖が初めてですよ」
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