目覚めたら傍にいて

 ふふと笑って、彼が髪を撫でてくれる。
「明日はお休みですよね? ゆっくり眠ってください」
「今日、泊まるんでしょう?」
 思わず聞いてしまい、しまったと思った。佐々木が悪戯っぽい表情を見せる。
「僕がいないと、友聖は寂しくて眠れませんもんね」
「そんなことないし。ただ、どうするのか聞いただけで」
 気恥ずかしさにまた窓の外に顔を逸らせば、佐々木の笑い声が聞こえてくる。
「すみません。つい言ってみたくなって。今夜も泊めてください。もちろん迷惑じゃなければですけど」
「……迷惑じゃないよ」
 安堵しているのに気づかれたくなくて、流れる景色を見ながら素っ気なく答える。そんな友聖を慈しむような顔で見ている彼の姿が、窓ガラスに映って見えてしまう。
 どうしてそこまで想ってくれるのだろう。直哉のように才能があって魅力的な男性なら惚れるのも分かる。だが自分はごく平凡な男で、佐々木にとって傍にいてメリットがある人間でもない。彼なら男性でも女性でも選び放題で、仕事にもプライベートにもプラスになる人間はいくらでもいるだろうにと、ついネガティブなことを考えてしまう。
「友聖」
「……!」
 不意討ちで手を握られて、頬に血が上った。男同士で、運転手に見られたらどうするのだと思いながら、振り払うこともできない。佐々木が自分でいいと言ってくれるなら、それを信じてもいいのだろうか。人間のレベルとか男同士とか自分に愛される価値があるのかとか、そんな面倒なことを全部取り払ったら、自分はどうしたいのだろう。長いような短いようなタクシーの時間を過ごして、今日もまた答えが分からないうちに自宅の近所まで来てしまう。
 まっすぐ部屋の前まで行ってもらうつもりだったのに、部屋に戻る前に佐々木がいつものコンビニに寄りたいと言った。既に友聖の部屋には彼の着替えや洗面用具が常備されていたから──別に友聖が積極的に準備した訳ではないのだが──、なんだろうと思いながら、コンビニの前でタクシーを降りて店に入る。
「いらっしゃいませ。あ、こんばんは」
 友聖に気づいて、紺野が砕けた表情を見せた。
「こんばんは」
 友聖も彼に笑って返す。
「こんな時間まで仕事ですか?」
「いや、今日は食事をしながら話し込んでしまって」
 言いながら佐々木の行方を探せば、彼は何故か文具コーナーを物色していた。
「佐々木さん?」
 酔っているのか? と彼のもとに向かおうとして、紺野に呼び止められる。
「あの人、お友達ですか?」
「あ、うん。そんなところかな」
 まさか探偵で、友人とは言い難い関係だなどと言える筈もなくて、曖昧に答える。
「恋人です」
 だが次の瞬間、いつの間にか隣にいた佐々木が言い放った。躊躇いもなく友聖の肩を抱いてしまう。
「え……」
「ちょっと!」
 友聖と紺野の声が重なるのに構わず、彼がレジにペットボトルを二本置いた。
「お会計をお願いします」
「あ、はい」
 戸惑いを隠せないままの紺野がレジ打ちをしてくれる。見ればどうということのないミネラルウォーターで、水なら家にもストックがあるのにと首を傾げてしまった。手早く会計を済ませると、佐々木はコンビニの袋を手に、空いた手でまた友聖の肩を抱いてくる。
「お世話様でした」
「……ありがとうございました」
 去り際に佐々木が笑いかければ、紺野も条件反射のようにマニュアルの挨拶を返してきた。友聖にとっては居心地が悪いことこの上ない。
「そういえば、友聖。申し訳ないんですけど、僕、明日は予定があって会いに来られないんですよ」
「いや、別に毎日会う約束なんてしていないし。えっと、ごめん。彼、ちょっと酔っていて」
 紺野の複雑な表情に言い訳して、友聖は佐々木の腕を払いながら店を出る羽目になった。
「酔ってる?」
 マンションに帰りながら、性懲りもなく今度は腰に回ろうとする佐々木の腕を躱して聞いた。
「僕は至って普通ですよ」
 言葉通り、声は酔っているようには聞こえない。
「じゃあ言うけど。やめようよ、ああいうの」
「ああいうのって?」
「人前で恋人とか言うの。あと必要以上に身体に触るのも。いくら昔よりオープンになったといっても、同性同士の関係を理解できない人もいるでしょう?」
 至極真っ当なことを言った筈が、彼が何故か満足げに笑う。一瞬の隙を突いて、ぎゅっと腰を抱かれてしまった。
「嬉しいですね。つまり友聖は僕の恋人という点には異論はなくて、人前でなければ存分にいちゃいちゃしていいと、そういうことですね」
「はい?」
 どうしてそういう話になるんだと言い返そうとするが、違うのかと言われればそうでもない気がして、自分でもよく分からなくなる。
「とにかく、この手は離して。早く帰ろう」
「ふふ。そうですね」
 大人しく手を離した佐々木からふいと顔を背けて、足早にマンションに向かう。待ってくださいよと彼が追ってきて、なんだこのベタなやりとりはと、また一人頬を染める羽目になった。
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