目覚めたら傍にいて
「これといった理由はなかったみたいだな。同じ中継ぎで、年間通して出場してた俺がたまたま近くにいたからって感じで」
「そんな理不尽な」
「まぁ、強いて言えば俺は目立つタイプじゃないし、試合以外のテレビに出ることも滅多になかったから、羽田に比べたら負けてもバッシングが少なかったってのもあるかもしれない」
苦笑する直哉に佐々木も静かに口を開く。
「あとは奥様のことですね」
「奥さん?」
「ええ。熱烈なファンの中には、結婚して成績が落ちると奥様当てに嫌がらせをするタイプがいるようで」
「そんな……」
「高月さんが浮ついた噂の一つもなく、淡々と成績を伸ばしているのが気に入らなかったのでしょうね」
直哉にしてみれば堪ったものではない。
「それで段々と精神的に追い詰められて、俺にも『家族を狙う』みたいなことを言い出したって訳。でも俺には妻どころか恋人もいない。それでゆうがターゲットになった」
「よく俺の住所なんて分かったね。高月直哉に弟がいることだって知られていないと思っていたのに」
「今はその気になればなんだって調べることのできる時代なんですよ。それこそ、探偵なんかいらないくらいにね」
本物の探偵が言うと説得力がある。
「とにかく、羽田と話はついた。それで」
直哉がまっすぐ友聖の顔を見つめる。
「怖い思いをしたゆうには悪いんだけど、警察にもチームにも言わないことにした。チーム内の不祥事なんて、バレたらマスコミの格好のネタになるし。それに羽田の仕事や家族を奪いたくないと思ってな。もちろん次にゆうに何かしたら容赦しないって釘は刺しておいたから」
「兄さん」
やはり直哉だと思った。友聖にも、不祥事で辞めた選手がその後普通の生活を送れないことくらい分かる。事件を表沙汰にするのは酷というものだ。
「俺はそれでいいよ。でもそれは怪我をした佐々木さんが決めることでしょう?」
「僕は友聖が無事ならそれで。元々彼は脅してやろうと思っただけで、友聖に当てる気なんてなかったと思いますしね。あ、凹んだ玄関のドアの修理代だけはきちんと請求しておきましたから、安心して下さい」
弁護士の口調で言って佐々木が微笑む。そういえば直さないといけなかったなと、まるで他人事のように感じて、そこで、あれ? と引っ掛かるものを感じる。
「羽田は来シーズンからメジャーに挑戦するらしい」
「メジャーリーグ?」
引っ掛かりの正体を掴めないまま、直哉の言葉に引き寄せられる。
「そう。傘下のマイナーリーグのトライアルを受けたりとか、そういうところからのスタートになると思うけど。奥さんも英語堪能な人だし、いいんじゃないかなって思う。悪かったって、環境を変えてまた一から頑張りたいって言ってたよ」
「兄さんは?」
「俺は今の球団に骨を埋めるつもり。今はまだ三年契約の途中だし、頑張れるところまで頑張って、いずれ現役を引退しても、ピッチングコーチとかトレーナーができたらいいと思ってる」
「そっか」
彼らしい答えに安堵して、目の前のグラスを口に運ぶ。その横で直哉が正面の佐々木に頭を下げる。
「佐々木さん、友聖を護ってくれてありがとうございました」
「いえ。憧れの高月投手に会うことができましたし、友聖と出会うこともできた。逆にお礼を言いたいくらいです」
ね、と佐々木に微笑まれて、噎せそうになってしまう。その様子に直哉が笑う。
「すっかり仲よくなったみたいだな。佐々木さんの事務所に決めたのは、ネットのプロフィール欄に高月直哉のファンだと書かれていたからだったんだけど。そんな理由で決めてよかった」
「ふふ。不思議な縁ですけど。僕も高月さんの依頼を担当することができてよかった。これからはプラーベートで、僕は友聖を護っていきたいと思います」
「ちょっ……! 佐々木さん!」
突然の宣言に慌ててしまう。今のはどう考えても、ただの友人に向ける言葉ではない。
「ぜひそうしてやってください」
酒の入った頭でどこまで理解したか分からないが、直哉は穏やかに彼に応じた。そうして、和やかな食事は進んでいく。
帰りは三人でタクシーに乗って、先に直哉のマンションに寄ってから友聖の部屋に帰ることになった。
「佐々木さんも品川方面だから」
直哉が降りる前にそう言ってみたが、佐々木が友聖の部屋に泊まると言っても、特に咎められることはない気がした。それが単に気の合う護衛と思っているのか、それ以上を見抜いているのかまでは分からなかったけれど。
「……兄さん」
窓の外の夜空は珍しいほどに澄んでいた。月明かりに照らされたアスファルトを眺めながら、身体を後部座席に沈める。
「疲れました?」
隣に座る彼に問われて小さく首を振った。
「ううん。色々聞いてびっくりしたけど、とにかく兄さんが無事って分かってよかった。安心したらちょっと気が抜けたみたい」
「そんな理不尽な」
「まぁ、強いて言えば俺は目立つタイプじゃないし、試合以外のテレビに出ることも滅多になかったから、羽田に比べたら負けてもバッシングが少なかったってのもあるかもしれない」
苦笑する直哉に佐々木も静かに口を開く。
「あとは奥様のことですね」
「奥さん?」
「ええ。熱烈なファンの中には、結婚して成績が落ちると奥様当てに嫌がらせをするタイプがいるようで」
「そんな……」
「高月さんが浮ついた噂の一つもなく、淡々と成績を伸ばしているのが気に入らなかったのでしょうね」
直哉にしてみれば堪ったものではない。
「それで段々と精神的に追い詰められて、俺にも『家族を狙う』みたいなことを言い出したって訳。でも俺には妻どころか恋人もいない。それでゆうがターゲットになった」
「よく俺の住所なんて分かったね。高月直哉に弟がいることだって知られていないと思っていたのに」
「今はその気になればなんだって調べることのできる時代なんですよ。それこそ、探偵なんかいらないくらいにね」
本物の探偵が言うと説得力がある。
「とにかく、羽田と話はついた。それで」
直哉がまっすぐ友聖の顔を見つめる。
「怖い思いをしたゆうには悪いんだけど、警察にもチームにも言わないことにした。チーム内の不祥事なんて、バレたらマスコミの格好のネタになるし。それに羽田の仕事や家族を奪いたくないと思ってな。もちろん次にゆうに何かしたら容赦しないって釘は刺しておいたから」
「兄さん」
やはり直哉だと思った。友聖にも、不祥事で辞めた選手がその後普通の生活を送れないことくらい分かる。事件を表沙汰にするのは酷というものだ。
「俺はそれでいいよ。でもそれは怪我をした佐々木さんが決めることでしょう?」
「僕は友聖が無事ならそれで。元々彼は脅してやろうと思っただけで、友聖に当てる気なんてなかったと思いますしね。あ、凹んだ玄関のドアの修理代だけはきちんと請求しておきましたから、安心して下さい」
弁護士の口調で言って佐々木が微笑む。そういえば直さないといけなかったなと、まるで他人事のように感じて、そこで、あれ? と引っ掛かるものを感じる。
「羽田は来シーズンからメジャーに挑戦するらしい」
「メジャーリーグ?」
引っ掛かりの正体を掴めないまま、直哉の言葉に引き寄せられる。
「そう。傘下のマイナーリーグのトライアルを受けたりとか、そういうところからのスタートになると思うけど。奥さんも英語堪能な人だし、いいんじゃないかなって思う。悪かったって、環境を変えてまた一から頑張りたいって言ってたよ」
「兄さんは?」
「俺は今の球団に骨を埋めるつもり。今はまだ三年契約の途中だし、頑張れるところまで頑張って、いずれ現役を引退しても、ピッチングコーチとかトレーナーができたらいいと思ってる」
「そっか」
彼らしい答えに安堵して、目の前のグラスを口に運ぶ。その横で直哉が正面の佐々木に頭を下げる。
「佐々木さん、友聖を護ってくれてありがとうございました」
「いえ。憧れの高月投手に会うことができましたし、友聖と出会うこともできた。逆にお礼を言いたいくらいです」
ね、と佐々木に微笑まれて、噎せそうになってしまう。その様子に直哉が笑う。
「すっかり仲よくなったみたいだな。佐々木さんの事務所に決めたのは、ネットのプロフィール欄に高月直哉のファンだと書かれていたからだったんだけど。そんな理由で決めてよかった」
「ふふ。不思議な縁ですけど。僕も高月さんの依頼を担当することができてよかった。これからはプラーベートで、僕は友聖を護っていきたいと思います」
「ちょっ……! 佐々木さん!」
突然の宣言に慌ててしまう。今のはどう考えても、ただの友人に向ける言葉ではない。
「ぜひそうしてやってください」
酒の入った頭でどこまで理解したか分からないが、直哉は穏やかに彼に応じた。そうして、和やかな食事は進んでいく。
帰りは三人でタクシーに乗って、先に直哉のマンションに寄ってから友聖の部屋に帰ることになった。
「佐々木さんも品川方面だから」
直哉が降りる前にそう言ってみたが、佐々木が友聖の部屋に泊まると言っても、特に咎められることはない気がした。それが単に気の合う護衛と思っているのか、それ以上を見抜いているのかまでは分からなかったけれど。
「……兄さん」
窓の外の夜空は珍しいほどに澄んでいた。月明かりに照らされたアスファルトを眺めながら、身体を後部座席に沈める。
「疲れました?」
隣に座る彼に問われて小さく首を振った。
「ううん。色々聞いてびっくりしたけど、とにかく兄さんが無事って分かってよかった。安心したらちょっと気が抜けたみたい」