呪い師は半年後皇后になる。

 夜が明けてもう一度婚礼衣装を纏った燦汪が静かに言う。反対する臣下。やはり状況は甘くない。そう思うが落胆してもいなかった。昨夜彼に愛されたからだろう。彼の傍にいるためならどんな困難でも受け入れる。明るい陽の光のお陰もあって、そう思うことができる。
 燦汪がごく親しい人間と食事をするときに使うという小さな部屋には、透尽と香の他にもう一人男性の姿があった。色素の薄い髪を、後ろに一つ団子を作っただけで下ろしている。髪をきちんと纏めなくていいのは燦汪に近い身分の証。誰だろう。優しげな顔立ちを見つめてしまう。
「架夭様、本日はおめでとうございます」
 視線に気づいてやってきた彼に声を掛けられて、つい後退ってしまった。皇帝の妻に相応しくない態度だと分かっている。だが身体が動いてしまったのだから仕方がない。
「心配するな、架夭」
 人見知りではないのに燦汪に気遣われてしまった。
「俺の弟だ。政務で随分と助けてもらっている」
「程(てい)微月(びげつ)と申します」
 妾相手だというのにきちんと名乗って頭を下げる。
「俺が大雑把な性格だから、官吏たちへの細やかな気配りは微月のお陰で助かっている。頼りになる弟だ」
「ありがたい評価ですね」
 顔を上げた彼が架夭に向かって微笑みかける。
「流石は兄上が選ぶお方だ。とてもお美しい。男性と聞いたときには驚きましたが、ここで働く者たちの前に出ても問題はないでしょう」
 架夭が男性だと知っていたらしい。女性のフリをして過ごすにしても、男性でもいいと受け入れてくれる人間は多い方がいい。燦汪が信頼しているなら、架夭が怯えるような男ではなかったのだろう。失礼な態度を詫びてこちらも頭を下げる。
「大変失礼しました。皇宮のことは何も分からない未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「おや、随分と腰が低い。兄上は人柄もいい奥様を選んだようだ」
 朗らかに笑う彼に緊張も解けて、細やかな儀式が始まる。
 儀式と言っても五人しかいないから、香が注いでくれた酒を口にするだけだ。架夭は酒を飲んだことがないから咽てしまって、燦汪に背中を擦られる羽目になる。
「悪いな。初めてだったか。まぁ決まり事だから許してくれ」
 叱られたりしないが幼い子どものようで恥ずかしい。全く威厳どころか体裁もあったものではない。だがみな温かく見守ってくれたし、不相応に買い被られるより楽でいい。そんな風に思って儀式は終わる。
「昨日から色々と疲れただろう。今日は部屋でゆっくり休むといい」
 皇帝だというのに部屋まで送ってくれた彼がそう言ってくれた。皇宮では基本的に夫婦でも別の部屋で過ごすし、食事も一緒には摂らない。皇帝の都合がいいときに妻の部屋に通うことになる。少し寂しいが決まりなら仕方がない。
「そうだ。一つ話しておきたいことがある」
 手をついて頭を下げて見送る架夭に、戸の前で彼が振り向く。戸の向こうに透尽以外の人がいないのを確認して傍に戻ってきた。顔を上げろと言われて素直に見上げる。
「俺は筋を通そうと思う」
「筋?」
 内緒話するように、彼も身を低くして架夭に顔を寄せた。
「ああ。側室に五つの位があるのは知っているか?」
「はい。どのように決められるかまでは分かりませんが」
「ほとんど皇帝の独断だ」
 事もなげに言って架夭の前に座り込む。胡坐の姿勢でも背が伸びて美しく見えるのは日々の鍛錬の賜物だろうか。ここに来てまだ二日目だというのに、架夭は彼に見惚れてばかりいる。
「穎(えい)、俐(り)、嶺(れい)、恩(おん)、讃(さん)。穎が最高位で、一つ位が上がるごとに儀式をすることになっている。以前は男児を産んだ側室や長く仕えた側室の位を上げていくと言われていたが、今はそう煩い決まりはない。皇帝が上げると言ったものに反対する者はいないだろう。だが側室の儀は月に一度までと決まっている」
 皇帝が多すぎる側室を持たないためだという。
「つまらないことで揚げ足を取られるのも癪だ。だから月に一度ずつお前の位を上げていく。今お前は妾の立場だから、来月五月に側室に上げてやろう」
 まずは一番下の讃の位だというが、それでも架夭には恐れ多かった。
「私はお傍にいられれば妾のままでも」
「それは俺の方で困るのだ」
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