呪い師は半年後皇后になる。
彼の本音は、擦り合わせて吐き出すだけでは足りないのではないかと思った。好きにすると言いながら、架夭の身体を気遣って中に入ることをしない。申し訳ない気もするが、気遣いが嬉しいからその気持ちをありがたく受け取る。代わりにその腕に身を寄せれば、彼が額に唇を落としてくれた。数年前に生き死にに関わる争いの中にいた男とは思えないほど、与えられるどの言動もみな優しくて温かい。
「呪術にはかかっていなくても、俺はお前の魅力に参っている」
「光栄ですけれど、私はそう言ってもらえるほど特別な人間ではありません」
本音だったのに、こちらに顔を向けた彼が意外そうに瞬く。
「あの晩、こんな肝の据わった人間はいないと思ったが、気弱な一面もあるのだな」
「……嫌いになりますか?」
「まさかだろ」
今度は唇を奪われて、過ぎる愛情表現にどうにかなってしまいそうだった。どうやら彼は本当に自分を好いてくれているらしい。
「可愛らしい。ますますお前に興味が湧いた。俺がお前を知り尽くすまで傍にいてくれ」
「はい」
幸せだった。彼の腕に護られながら意識が薄らいでいく。
ふと最後の挨拶のとき共に言われた言葉が甦った。
「呪い と呪い は紙一重。辛い目に遭っても自分を強く持って、呪い を使うことがないように。一度呪い の力に嵌ってしまえば、その後の人生ずっと囚われていくことになるからね」
その通りだと思うから頷いた。基本的に前向きな架夭だが、燦汪に指摘されたように気弱な面がある。一度弱気になって悩んで、そのあと吹っ切れて前を向ける。その悩みの最中、悪いものに負けることがないように。そう気持ちを律してやってきたが、燦汪の傍にいれば案じることはないようだ。
共様、どうやらここで無事に暮していけそうです。心で告げながら、幸せな眠りに落ちていった。
躱避国 はその名の通り、様々な困難を自ら躱して成り立つような国土にあった。島国の周りは波の荒い海で、伝説を記した書物には、海の向こうの敵国が攻めてきたときには特別荒れると書いてある。何十、何百年と自国の文化の中で暮らしていれば、海の向こうに国があることの方が信じられなくなる。そんな訳で、外部から攻められることもなく続いてきた。
外部から攻められることがなければ平和かといえばそうでもない。長くこの国の主を巡る争いが続いた。今の程 一族に皇位が落ち着いたのはここ百年強の話。それ以前は日常的に人の命を奪うような争いが続いてきたという。頭脳と武力で争いを終わらせ、国を静めたのが燦汪 の高祖父に当たる人物だ。そこから皇位が受け継がれて、横暴をしない程一族の治政を民も受け入れた。帝位を巡る争いを知る者も少なくなり、この国の皇帝は程一族だと民がみな思うようになった。そんな時期なのだ。
という訳で国は一応落ち着きを見せたが、民を煩わせないところで問題は続いていた。何故か皇帝になった者は長く生きられず、単純に父から子という譲位で済まないことが続いたのだ。兄から弟や甥へ。その彼も亡くなれば更にその親族へと、小刻みに譲位が繰り返された。程一族では誰もがみな国の民を護る教育を受けるために、譲位が繰り返されても民の生活が大きく変わることはない。それでも書を記す者の手間になることを避けるために、五年に満たない在位なら元号を変えなくてもいいという決まりまでできたのだ。そのうち、長く皇位に居座ろうとすればするだけ短命になるという話が広がり、皇帝はさっさと次に皇位を譲ってしまうのが常になった。まだ二十歳の若さで燦汪が即位したのはそんな事情だ。だが恐ろしい噂に惑わされることなく、燦汪はもう八年も皇帝を続けている。民にとっては、皇帝が長く在位してくれた方が気持ちも落ち着くのだ。田舎の人間には分からない事情もあるだろうが、架夭としても、燦汪がこのまま皇帝でいてくれればいいと思っている。それだけの男で、既に短命の迷信も超えている。架夭の呪いにもそう出ているのだ。
皇宮にやってきた翌日、細やかな婚礼の儀が執り行われた。
「盛大でなくて悪いな。実は反対する臣下たちもいるのだ。押さえつければその分お前が危険に晒されるだろうから、刺激しないでおこうと思ってな」
「呪術にはかかっていなくても、俺はお前の魅力に参っている」
「光栄ですけれど、私はそう言ってもらえるほど特別な人間ではありません」
本音だったのに、こちらに顔を向けた彼が意外そうに瞬く。
「あの晩、こんな肝の据わった人間はいないと思ったが、気弱な一面もあるのだな」
「……嫌いになりますか?」
「まさかだろ」
今度は唇を奪われて、過ぎる愛情表現にどうにかなってしまいそうだった。どうやら彼は本当に自分を好いてくれているらしい。
「可愛らしい。ますますお前に興味が湧いた。俺がお前を知り尽くすまで傍にいてくれ」
「はい」
幸せだった。彼の腕に護られながら意識が薄らいでいく。
ふと最後の挨拶のとき共に言われた言葉が甦った。
「
その通りだと思うから頷いた。基本的に前向きな架夭だが、燦汪に指摘されたように気弱な面がある。一度弱気になって悩んで、そのあと吹っ切れて前を向ける。その悩みの最中、悪いものに負けることがないように。そう気持ちを律してやってきたが、燦汪の傍にいれば案じることはないようだ。
共様、どうやらここで無事に暮していけそうです。心で告げながら、幸せな眠りに落ちていった。
外部から攻められることがなければ平和かといえばそうでもない。長くこの国の主を巡る争いが続いた。今の
という訳で国は一応落ち着きを見せたが、民を煩わせないところで問題は続いていた。何故か皇帝になった者は長く生きられず、単純に父から子という譲位で済まないことが続いたのだ。兄から弟や甥へ。その彼も亡くなれば更にその親族へと、小刻みに譲位が繰り返された。程一族では誰もがみな国の民を護る教育を受けるために、譲位が繰り返されても民の生活が大きく変わることはない。それでも書を記す者の手間になることを避けるために、五年に満たない在位なら元号を変えなくてもいいという決まりまでできたのだ。そのうち、長く皇位に居座ろうとすればするだけ短命になるという話が広がり、皇帝はさっさと次に皇位を譲ってしまうのが常になった。まだ二十歳の若さで燦汪が即位したのはそんな事情だ。だが恐ろしい噂に惑わされることなく、燦汪はもう八年も皇帝を続けている。民にとっては、皇帝が長く在位してくれた方が気持ちも落ち着くのだ。田舎の人間には分からない事情もあるだろうが、架夭としても、燦汪がこのまま皇帝でいてくれればいいと思っている。それだけの男で、既に短命の迷信も超えている。架夭の呪いにもそう出ているのだ。
皇宮にやってきた翌日、細やかな婚礼の儀が執り行われた。
「盛大でなくて悪いな。実は反対する臣下たちもいるのだ。押さえつければその分お前が危険に晒されるだろうから、刺激しないでおこうと思ってな」
