呪い師は半年後皇后になる。

 多くの人間の人生を見てきた百戦錬磨にも意外な話だったらしい。架夭が幼い頃から既に共婆(きょうばあ)と呼ばれていたが、今も年齢不詳の美しさを持つ彼女が驚きに瞬く。そんなときとても若く見える彼女は、今も村の男から求婚が絶えないという。呪いの能力に特化してほしかったのに、神様は余計なものまで与えてくれた。お前も似たものを持っているから気をつけな。何度か言われたその言葉の意味は分からないが、とにかくその彼女が珍しく言葉を選んでいる。
「八年も皇帝をやっている傑士だと思っていたが、男色だったのか」
 選んだ割に不躾な言葉に笑う。
「彼の趣味は分かりませんが、私が男だということは承知しているようです」
「何故またこんな辺鄙な村の男に」
「……過去に一度夜を過ごしたことがあるのです」
 そこは言わなければ話が見えないと思ったから白状する。それで一度に得心したように彼女が頷く。
「なるほど。そこで惚れてしまった訳だ」
「惚れるだなんて……」
「違うのかい?」
「いえ」
 恐れ多いが違わないので小さく応える。
「なるほど。数年前、お前が急に色気づいたと思ったが、そういう訳か。それなら悩むことはないだろう? 惚れた男が妻に欲しいと言っているんだ。これほど嬉しいことはないじゃないか」
「ですが、私が皇帝の妻などと」
「おや、お前らしくないね」
 共がにやりと笑う。そんな笑い方をしてもどことなく色気がある。歳を重ねても男を虜にするのも納得だ。
「十二で母親を亡くしたときも、供養しながら強く生きていくと前を向いていたお前じゃないか。お前が押しかける訳でもない。来てほしいと言われているんだ。何も悩むことはないじゃないか」
 そうだろうか。本当に彼のところに行っていいのだろうか。男性が傍に上がることで、彼の立場を悪くしてしまわないだろうか。そこで気がつく。そうか、自分は彼の立場を悪くしてしまうことが心配なのだ。
「不安なら呪ってみればいい」
「共様が呪ってはくれないのですか?」
 架夭が鎮呪村一の呪い師と言われているのは、彼女が隠居を宣言しているからだ。共は月の光を使う呪い師。経験も実力も足元にも及ばない。元々、架夭の母親の早逝を読んでいた彼女が、子どもの頃から呪いの手解きをしてくれたから今の架夭がいるのだ。共は元々才能があったと言ってくれるが、架夭は傍にいる人間に恵まれたと思っている。
「答えが分かっていることを呪ったりしないよ。体力もないしね」
 こんなときだけ年寄りのフリをするのは狡い。
「お前はもう答えが出ている。そうだろ? 背中を押してもらおうなんて甘いことを思っていちゃ、皇宮ではやっていけないよ」
 手厳しいがその通りだ。
「この国の主の妻になるんだろ? しっかりしな」
「……妻といっても妾の一人だと思いますが」
「身分はどうあれ妻に変わりはないだろう? お前は大事にされると思うがね」
 呪ったりしないと言いながら、その言葉はありがたかった。共のお陰でもう一つ分かった。同性の妻が傍に上がることで燦汪の立場を悪くしてしまうことの他に、自分は彼が多くの側室や妾を迎える姿を見るのが怖いのだ。育ちのいい美しい女性が現れて、彼の自分への気持ちが冷めるのが怖い。自分より立場が上の女性たちに、嫉妬してしまいそうな自分が怖い。それはつまり、既に彼への恋心で参っているということだ。苦しい思いをしないために、全て忘れてここで暮らしていくこともできる。透尽はああ言ったが、皇宮に上がることを拒んだところで命までは取られまい。だがどちらの後悔が大きいかと考えれば答えは降りてくる。彼に会わずに死にたくはない。困難な道が待っていようと、今彼が架夭を求めてくれるのなら傍に行きたい。
「一度皇宮に入れば簡単に外に出ることはできまい。だが手紙くらいは書けるだろう。旨い菓子の箱でもつけて手紙を送ってくれ」
 もう行くと決まったような言い方にふっと笑う。
「分かりました。これまで大変お世話になりました」
「世話なんてしていないよ。あんたはなんでも自分でできたからね。逆に鎮呪村一の呪い師なんて面倒なものを背負わせて、悪かったと思っているよ」
「私が去ったら、また呪いの仕事をしますか?」
 呪い師が一人もいなくなれば村の民も困るだろう。そう思って聞くが、彼女はにやりと笑うだけだ。
「気分と報酬次第だろうね」
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