呪い師は半年後皇后になる。

 燦汪も泰然と声を発する。
「お前の姑息さには失望した。お前のような男に国の領土は任せられない。すぐに処分を伝える。それまで大人しくしているといい。透尽」
 呼べば部屋の前に控えていた彼が姿を現す。
「処分が決まるまで拘束しろ。酷いことはしなくていい。自害しないように見張っておけ。それと彼の領土に使いをやれ。領土の長が変わる。代わりの人間はこちらで決めるとな」
「承知しました」
 彼が男の腕を掴んで立ち上がらせる。上手く人の動きを抑えるツボを押さえているのか、男が暴れる様子もない。流石に燦汪の一番の側近を名乗るだけのことはある。普段穏やかだが内に恐ろしさも秘めた男なのだと、また少し彼を知る。だが彼の部下が従者の男も連れていこうとするのを見て、物思いから我に返った。
「待って」
 一応燦汪の妻だから、部下の彼が振り向いてくれる。
「その彼は主についてきただけです。彼まで罰することはない」
 妾の立場でおこがましいと分かっていた。だが主に毒を勧められた挙句罰せられては気の毒すぎるというものだ。
「燦汪様、どうか彼にご慈悲を。彼は大人しく座っていただけです。毒の入った菓子を勧められて、私に勧め返すようなこともなかった」
 毒が入っていると知っていだろうに、無表情で食べようとした。ずっと無慈悲な主の下で感情をなくすような暮らしをしていたのではないか。そう思えば哀れになる。
「架夭様、このようなときいちいち慈悲をかけていれば、架夭様の身に危険が増すだけです」
 諭すように言うのは透尽だ。
「主が悪ければ従者もその色に染まる。主ほどでなくても相応の処分をしておいて損はない」
「彼は一人の人間です」
 武力では自分の身すら護れない自分が言うのは生意気だと分かっている。だが呪い師の架夭の勘が鋭く告げる。彼は悪い人間ではない。それならどうにか救ってやりたい。
「分かった。いいだろう」
 決めたのは燦汪だった。
「元からあいつほど酷いことをするつもりはなかったが、このまま領土に返したところで主を護れなかったと酷い責めを受けることになるだろう。それも可哀そうだ」
 透尽、ともう一度燦汪が呼ぶ。
「その男の適性を見て皇宮内で働かせろ。所属は任せる」
 その言葉に、無表情だった従者の男が目を見開く。
「架夭に感謝するんだな。万一皇宮内で問題を起こすようなことがあれば架夭に恥をかかせることになる。そのときは俺が斬ってやる。そのつもりで働け」
 その言葉に透尽も満足げな顔を見せる。
「お前は優しいな」
 燦汪と二人きりになったことろで彼が言った。
「いえ。身分が低い者の気持ちが分かるだけです。私を護ると言ってくださった透尽様の負担を増やしてしまうことは申し訳ないのですが」
「あいつはこの程度で負担に思うような男ではない」
 透尽とは長い付き合いなのか、さも楽しげに彼が笑う。
「さっき諭すようなことを言ったのも、珍しいことを言って楽しんでいただけだ。どうやらあいつは随分とお前を気に入っているらしい。色々と理由をつけてお前と話そうとするからな」
「まさか、そんな」
「自覚がないらしいな」
 私室ではないからいつ誰がやってくるか分からないのに、燦汪が頬に手を伸ばしてくる。
「お前は美しいだけでなく、傍にいる男を惑わす毒を秘めている。毒が回った男たちはお前のことしか考えられなくなる」
「毒だなんて」
 困って見つめ返せば彼が目を細める。
「ああ、この場で毒と言うのはよくなかったな。とにかくお前の魅力にかかった男は何をするか分からない。俺の妻に手を出そうとする命知らずはいないと思うが、命すらいらないと思う者が現れれば厄介だ。俺がいないときはなるべく部屋で過ごせ」
「お言葉に従います」
「情けない。これでは嫉妬のようだ」
 ふっと笑った彼が架夭の首元を甘く噛んでくる。
「一番お前の魅力に参っているのは俺だというのに」
「燦汪様、誰か来たら……」
「いい。しばらくこうしていてくれ」
 抱き寄せられて唇を寄せられれば架夭だって降参だ。
「もうすぐ五月だ。約束通り讃(さん)に上がる儀式をしよう」
 しばらく互いの体温を感じ合って、満足したところで彼が言った。どうやら本当に側室に上げてくれるつもりらしい。
「豪族の企みに負けなかった噂を聞いて、祝福してくれる官吏(かんり)も出てくるだろう。いい傾向だ」
 もう一度唇を奪って、彼が架夭の身体を解放する。
「讃の儀の夜は遠慮しない。覚悟しておけ」
 妖しげに笑んだ彼が政務に戻る様子を、また鼓動を抑えながら見送る羽目になった。これまで架夭の身体を案じて自制してくれていた。その気持ちが嬉しいのに、自制を解いて思うままに振る舞う彼に期待してしまう。
 毒に当てられているのは自分の方だ。男を惑わす毒という言葉に、そう思った。
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