呪い師は半年後皇后になる。

 言われて視線を返した男がにやりと笑う。皇帝の前でそんなあからさまな表情はしない筈だが、架夭にはそう見えた。それが彼の本心だろうか。
「いえ。今日は本当にお祝いに来ただけでございます」
 男が後ろに控えていた従者に目を遣れば、彼が綺麗に装飾された木箱を運んできた。
「縁起のいい菓子が手に入りましたので、架夭様にと思いまして」
「ありがたいことです」
 どう振る舞うのが正解か掴みかねて、とりあえず無邪気に喜んでみた。
「陛下への祝いの酒は事前にお渡ししておりますが、架夭様はお酒を召し上がらないと聞いたもので」
「ご配慮に感謝します」
「どうぞお部屋でお一人のときにお召し上がりください。見た目もよくできておりますから」
 架夭の気を引くように箱を開けてみせる。そこに花の形をした綺麗な干菓子が入っている。玩具のように鮮やかな色の菓子だ。
「このように綺麗な食べ物があるものなのですね。田舎の小さな村から出てきましたので、目にするのも初めてです」
「そうですか。気に入ればいつでもお持ちしましょう」
 満足気に箱を閉めた男が架夭の膝の前に差し出す。
「いいな。羨ましくなった。俺が貰おうか」
 そこで燦汪が口を挟んだ。
「いえ、燦汪様にはもっと高価なものを」
 途端に男が慌て出す。
「なんだ、俺が食べてはいけないのか」
「いえ。決してそのようなことは。ただ、陛下はお菓子よりお酒が好きと聞いておりますので」
「酒は好きだが菓子も嫌いではない。政務に疲れてちょうど甘いものが欲しいと思っていた。心配するな。架夭にもあとから同じものを取り寄せてやる」
「でしたら別の物を」
 人を悪く思わないように。呪い師にそれは危険だからと共(きょう)に言われて心の鍛錬をしてきた。そんな架夭も滑稽だと、内心ため息が漏れた。そんな短慮で、よく大きな豪族を率いてきたものだ。
「目が覚めるように綺麗な菓子ではないか。どうだ、お前も半分食べるか?」
 燦汪はもう少し彼を追い詰めるつもりらしいから、黙って見ていることにした。護ると言った言葉通り、彼は架夭を護った。豪族の男の企みは嘆くべきことだが、燦汪の実力を目にすれば胸に安堵の気持ちが広がる。彼はこれからも自分を護ってくれる。そう確信できてしまう。
「いえ。架夭様に差し上げようと思ったものを私が食べるなどと」
「構いません。お祝いの気持ちだけで私は充分ですから」
 口を出さないつもりが、こちらを向いて言われたから困らせてみる。
「ほら、架夭もこう言っている」
 ちらりとこちらを見た彼の目に上出来だと言われて、こちらも目顔で、あとは頼みますと返してやる。そこで燦汪の声音が低く変わる。
「どうやら自分は食べられないものを架夭に贈ろうとしたようだな。何を企んだ? 素直に話せば温情というものがある」
「企みなどと」
「ではこの菓子を食べてみろ。全部食べたら解放してやる」
 言われて、男が木箱の中を見たまま動かなくなった。婚礼の祝いと言って菓子を一つだけ持ってくるのは不自然だ。普通は一対のものを持参するのが礼儀。架夭が一人の部屋で菓子を食べるように仕向けたかった。複数持参すれば誰かに分け与えるかもしれないし、倒れたあとの残りで露呈する。それを避けようと木箱に入った一点を持参した。世間知らずの田舎者なら不審に思うこともないと思ったのだろう。だが生憎、架夭の勘と観察力はそれほど鈍くない。ついでについ先程まで毒物で皇帝を毒殺しようとした皇后の記録を読んでいたのだ。そこに食べ物とは思えないほど色鮮やかな菓子を見せられれば、女性のフリの緊張を引いても気づくものだ。
「……では従者の者に食べさせましょう」
 もう逃れられないというのに男は悪足掻きした。
「彼はここまで私の護衛をしてくれて疲れている筈ですから、甘いものが欲しくなる頃です」
 そう言って木箱を隠すように奪い返して、本当に後ろの若者に差し出してしまう。
「皇帝夫妻のお心遣いだ。遠慮なく食べるといい」
 主の言葉に逆らわないよう言われているのか、無表情で菓子を食べようとする従者を男が促す。
「やめなさい! 従者をなんだと思っているのです!」
 見ていられなくて声を上げた。
「ああ。そこまでだ」
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