呪い師は半年後皇后になる。

 心根が優しく、仕事のできる彼女のお陰で生活に困ることはなかった。恵まれすぎて怖いくらいだ。妾という立場が不安定だから、しばらくは部屋を出ないで過ごす。そんな生活も苦ではない。香や透尽に燦汪の話を聞くことも、本を読むこともできる。少しでも役に立つことがあればと、この国の歴史や程一族に関する本を読んで過ごしているのだ。
「新しい本をお持ちしましょうか」
「ああ。別の歴史書を……」
 だがその日は別のものを読んでみたくなった。
「この国の側室たちについて記した本はあるだろうか? 程一族が帝位につく前の話でも構わないのだが」
 多くの女性が一人の皇帝の愛を争っていた時期にどんなことがあったか知りたくなった。お前だけを愛すると言われても、訪れがなければ不安になるのだ。愛する者に他に相手がいればどれほど辛いだろう。その気持ちを知ってみたい。それが架夭の心の成長に役立つかもしれない。
「あると思いますよ。書庫を探して参ります」
「できれば皇后の気持ちが書かれたようなものも」
「かしこまりました。歴代の皇后が記録係を呼び寄せて書かせたものがある筈です。古いものから順にお持ちしましょう」
 架夭の気持ちを詮索することなく、てきぱきと動いてくれるのがありがたい。
 そんな訳で読み始めた側室たちの暮らしは想像以上に重いものだった。皇帝の訪れがなくて寂しさから病になる者。子を産めない自身に苦しみ命を絶った者。皇后に理不尽な恨みを募らせて命を狙った者。逆に権力で無理やり妻にさせられ、皇帝の命を奪って逃げようとした者。それぞれの者の想いに胸が痛んで、一度本を閉じてしまう。淡々と起きたことを記した歴史書の方が余程読みやすい。
 だが二つ学んだ。一つは、やはり自分は恵まれすぎるほど恵まれているということ。愛する者の妻となり、彼も愛してくれる。それも人格の優れた相手。他に妻を迎える気はないとまで言ってくれる。会えないくらいで不満は言っていられない。
 そしてもう一つ。やはり人を恨むことはよくないということだ。悪意と無縁に育った高貴な女性でも、恨みから恐ろしいことをしてしまう。善悪の判断ができなくなって、人の命を奪うようなことまでしてしまう。例えこの先、燦汪が他の妻を迎えると言っても、そうならないように心を強くしていかなければと思う。自分は呪い師(まじないし)だ。呪い師は人を呪う(のろう)ことはしないが、気持ちの方向を間違えたとき、普通の人間より邪悪な力が強くなる。共(きょう)が言っていたのはそんな意味だったのかもしれない。それは絶対に避ける。そのために様々な立場の人間の気持ちを知っておくことは大切。そう再び書に向かおうとして、そこで部屋の外から控えめに声が掛けられる。
「架夭様、陛下のところにお客様です。急だが婚礼の祝いに来たとのことで、よければ同席してほしいと陛下が」
「分かりました。向かいましょう」
 男の自分が外部の者に姿を見せていいのかという不安はあるが、燦汪が呼んでいるというなら彼の考えに従うまでだ。すぐに向かおうとして香に止められる。
「お着替えをいたしましょう。架夭様はどんな姿でもお美しいですが、つまらないことで難癖をつけられないように」
 ああ、そうかと納得する。一人で過ごす分には麻の質素な衣でよくても、人前に出るにはそれなりの姿が求められる。彼女の助言に従って、同じ麻でも上等な衣に着替えて、編んで纏めた髪に飾り細工の簪を刺す。女性と言っても通じる見た目になって、漸く客人のもとに向かった。皇帝とその妻が客を迎えるのだ。男二人の見た目で会うより夫婦に見えた方がいい。
「架夭様がお見えになりました」
「ああ、入れ」
 燦汪の言葉に従い謁見の間に入る。架夭が彼の隣に座るまで頭を下げられて、慣れない扱いに恐縮する。だがそんな内心を出す訳にもいかない。
「お待たせして申し訳ありません。燦汪様の傍に上がりました架夭と申します」
 名乗れば一度顔を上げた彼が架夭の顔を見て、もう一度頭を下げた。
「これはお美しい。どれほどの女性を迎えたかと思っていましたが、流石は陛下が選ぶ女性です」
 どうやら彼にはすっかり女性に見えているらしい。首都から離れた地域を護る豪族で、この国で一、二を争う一族の長だと、燦汪が簡潔に説明してくれる。
「美しいのは事実だが、そんなに言えば架夭が困ってしまう。賛辞はそのくらいにして顔を上げろ。それで今日はなんの話だ? ただ俺の妻を見に来た訳ではないだろう?」
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