呪い師は半年後皇后になる。

 彼が悪戯っぽく笑って、またその顔に惹かれてしまう。
「言っただろう? 俺はお前に参っている。他に妻を迎える気はないから、皇帝が妾一人しか持っていないと言われたら体裁が悪いだろう? 穎(えい)まで上がったら翌月皇后になればいい」
「皇后だなんて」
 話が大きすぎて震える。男が皇后になるなど、この国の神々まで怒らせてしまわないかと不安になる。だがそんな不安も目の前の男が一蹴する。
「なんだ、不満か? だが諦めろ。この国では俺の言葉が絶対だ」
 その言葉にふと笑ってしまった。彼が人格者で思慮深い男だということは知っている。勝手気侭のために権力を使ったりしない彼がそんな風に言う。心が動かされない筈がない。考えてみれば、皇后というのは彼に一番大事にされる立場。けれど。
「少ない知識で物を言うのは申し訳ないのですが、側室は皇后には上がれないものではなかったでしょうか?」
「ああ。そんなことを言っていた時期もあったが俺には関係ない。元々、側室たちが皇后を亡き者にしないようにという理由からできた決まりだからな。妻が一人しかいなければ意味はない」
 確かにそれなら架夭が責められる理由はない。
「半年後、お前は俺の正妻になる。皇后になれば官吏たちも滅多なことは言えなくなる。すぐに皇后にしてやれないのは悪いが、耐えてくれるか?」
「もちろん」
 正妻にすると言われて嫌な訳がない。
「私はまた会えるかどうか分からないあなたを四年も待っておりました。半年くらいなんでもありません」
「おっと、俺は叱られているのか?」
 抱き寄せられて失言に気がつく。これでは彼を責めているようだ。だが四年も待たせたことは事実なので、素直に甘えることにする。
「約束を忘れてしまったのではないかと案じていたのです。いえ、約束自体が、一夜の戯れ言だったのではないかと」
「悪かった。色々と上手くいかないことが続いて、今呼び寄せては危険な目に遭わせてしまうと思ったのだ。いや、言い訳はやめよう」
 きっぱりと言い切った彼が、強く架夭の身体を抱きしめる。
「長く待たせて悪かった。だがあの夜俺はお前の虜になった。ずっとお前を想ってきたことは信じてくれ」
「ありがたいお言葉です」
 腕の中でぎゅっと彼の衣を掴めば、彼が額に唇を寄せてくれる。もう一度ぎゅっと抱いてから彼が立ち上がった。
「このままでは止められなくなりそうだ。政務を疎かにすれば、妻を認めてもらうどころの話ではなくなってしまうからな」
 また来る。そう言って彼は去っていった。皇帝が去るときには頭を下げて見送らなければならないのに、それも忘れて、彼の足音が聞こえなくなるまで耳を澄ます。皇帝の身分がなかったとしても、彼ほどの男が自分を好いてくれたことが未だに信じられない。ここで人生の幸福を使い果たしていたら、この先どうなるだろう。そんなことを思って、いやいや、正妻になってもっと幸せになるのだと自身を鼓舞する。
 上手くいかないこと。危険な目。彼は気になることも言っていた。状況がよくなったから架夭を呼び寄せたのだろうが、不安の種が全てなくなった訳ではない筈。それなら彼がよりよく生きられるように協力する。政務のことは分からないが、首都から遠く離れた場所に住む庶民が反発を起こさないように助言するくらいはできる。架夭なりに彼を護っていく。呪いで彼を護ることもできる。
「いずれ皇后に。他に妻を迎える気はない」
 彼の言葉を思い返して、胸の鼓動を抑えるのに苦労した。


 苦労を見せることはないが政務は忙しいらしく、彼が架夭の部屋を訪れる夜はそう多くなかった。早ければ三日に一度。そうでなければ十日以上会えないこともある。寂しいが彼の立場も分かるから、ねだりはしない。女性なら少しは違うのかもしれないが、女のフリをした妖しげな男が陛下を惑わしているという噂が立ったら、彼の状況を悪くする。と、物分かりのいいフリをしているが、寂しいものは寂しい。
「架夭様、何か不足しているものはありませんか?」
 物思いに沈んでいたところに、香が声を掛けてくれる。
「香りのいいお茶です。気分を穏やかにする効果もあるらしくて」
「それは助かる」
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