呪い師は半年後皇后になる。
決して叶わぬ想いを秘めて生きていくのも一興。というのは強がりだ。
架夭 は四年前にたった一度だけ会った男に恋をしている。彼の方はもう架夭のことなど忘れてしまっただろう。こちらも一夜の夢だったと諦めるのが正しいと分かっている。だが呪い に『想い続ければ願いは叶う』と出てしまう。何度試しても結果は同じ。素人の戯れではなく、自分はこの村でもよく当たると評判の呪い師 なのだから困ってしまう。それとも、想いが敵わないときは廃業せよという導きなのだろうか。
「問題ありません。奥様の病はあと十日程でよくなるでしょう」
隣村からわざわざやってきた農夫に微笑んでやれば、向かい合って座っていた彼が安堵の息を漏らした。
「流石、鎮呪村 一と言われる呪い師。実は若すぎて心配していたのですが、あなたの言葉を聞いただけで気持ちが落ち着きました」
正直な彼にこちらもふと笑みを零す。五十代か。二十歳になったばかりの架夭に頭を下げてくれるのだから、妻をとても大切に思っているのだろう。大丈夫。十日と言ったが数日中にほぼ回復する。真面目な彼に喜んでほしくて、もう一つ告げてやる。
「初孫があと三月ほどで産まれるのでしょう? 性別は言わないでおきますが、元気な子に育つでしょう。孫の姿を見れば奥様はすっかり元気を取り戻します」
「何故孫のことを」
驚きを隠しもしない彼に穏やかに笑むだけで応えてやる。何故と言われても分かってしまうのだから仕方がない。三歳で呪い の真似事を始めて、もう十七年もやってきたのだ。
「いえ。呪い師様に失礼なことを申しました。これは少ないですが謝礼でございます」
布に包まれたお金は彼らのひと月分の生活費をゆうに超えているから、全て貰う訳にはいかない。
「少しだけいただきます。あとはお持ち帰りください」
上から数枚だけ取って、残りは包み直して返してやった。
「そんな。碌なお礼もしないで帰るなんてことをしたら、よくなるものもならなくなってしまう」
「私の呪いでそのようなことはありません」
きっぱりと言ってやる。架夭の商売をよく思わない人間もいるが、呪いは決して人を傷つけたりしない。架夭が機嫌を損ねたからといって不幸が起こるようなこともない。そこは信じてほしい。
「孫に産着でも買ってあげてください。そうそう。奥様の病気に効くと言って薬売りがやってくるでしょうが、決して彼から薬を買わないでください。高額な毒物ですから」
そう言ってやれば彼が床に額を擦りつけるように頭を下げた。
「何から何までありがとうございます」
「頭を上げてください。私はただの呪い師です。あなた方が作物を育てて暮らすように、呪いで生計を立てているだけです。偉くもなんともありません」
「……いえ。あなたには不思議な威厳がある」
頭を上げた彼に言われて瞬いて、そのあとふっと笑ってしまう。
「光栄です」
「いえ。本当に、そのうちとても偉くなる予感がするのです」
「なんだかあなたの方が呪い師のようですね」
和やかに話を終える。彼を見送ったあと、家に籠って呪いに使う鏡の手入れを始めた。出入口と細やかな厨 の他は、布団を敷くのにも苦労するような狭い家。元々父親はおらず、十二で母親が亡くなってから一人で暮らしている。家の中の何もかもが質素だというのに、手にしている小さな鏡だけは高級品。高価なものを見極められる目は持っていないが、どう見ても高価なのだ。架夭の小さな手のひらに収まる丸い形。僅かな曇りもない鏡の裏には、桃色で桜柄の布が貼られている。あなたのものだから。そう言って三つになったとき母親がくれたものだが、何故彼女がこんな高価なものを持っていたのかは謎のままだ。長く使っているのに布が緩んだり鏡面の輝きを落とすようなこともない。きっと腕のいい職人が作って、それなりの値段で売られていたものだろう。謎はともかく、母親の形見として大切にしている。大切にするだけでなく、今は架夭の商売道具だ。家の高い位置に窓があって、そこから入る陽の光の反射で未来を見るのだ。実際に未来の出来事が見える訳ではないが、反射の加減で架夭の頭の中に描かれるものがある。それを助言を求める者に告げてやる。農夫や職人に比べてふわふわとした商売だが、今のところ助言を与えた者から不満が出たことはない。一人静かに暮らしていけるだけの金銭を得て過ごしているのだ。
「そろそろ布を買いに行こうか」
綺麗に磨いた鏡を布に包んで物入れの引き出しにしまう。着るものも食べるものもごく質素だが、鏡を包んでしまっておく布だけはいいものを選んでいる。ここから一里程の街に買いに行くことにしているのだ。それが三月に一度の遠出。それがなければほぼ家の中に籠っている。そんな暮らしが嫌いではない。
元々外で走り回るのを好むような子ではなかったし、今はいつ助言を求める客がやってくるか分からない。それに。人に言えば笑われてしまうだろうが、いつか必ず迎えに来ると言ってくれた男がいる。彼が来たときに家を空けているようなことになれば、後悔してもしきれない。
「せめて名を聞いておけばよかった」
「問題ありません。奥様の病はあと十日程でよくなるでしょう」
隣村からわざわざやってきた農夫に微笑んでやれば、向かい合って座っていた彼が安堵の息を漏らした。
「流石、
正直な彼にこちらもふと笑みを零す。五十代か。二十歳になったばかりの架夭に頭を下げてくれるのだから、妻をとても大切に思っているのだろう。大丈夫。十日と言ったが数日中にほぼ回復する。真面目な彼に喜んでほしくて、もう一つ告げてやる。
「初孫があと三月ほどで産まれるのでしょう? 性別は言わないでおきますが、元気な子に育つでしょう。孫の姿を見れば奥様はすっかり元気を取り戻します」
「何故孫のことを」
驚きを隠しもしない彼に穏やかに笑むだけで応えてやる。何故と言われても分かってしまうのだから仕方がない。三歳で
「いえ。呪い師様に失礼なことを申しました。これは少ないですが謝礼でございます」
布に包まれたお金は彼らのひと月分の生活費をゆうに超えているから、全て貰う訳にはいかない。
「少しだけいただきます。あとはお持ち帰りください」
上から数枚だけ取って、残りは包み直して返してやった。
「そんな。碌なお礼もしないで帰るなんてことをしたら、よくなるものもならなくなってしまう」
「私の呪いでそのようなことはありません」
きっぱりと言ってやる。架夭の商売をよく思わない人間もいるが、呪いは決して人を傷つけたりしない。架夭が機嫌を損ねたからといって不幸が起こるようなこともない。そこは信じてほしい。
「孫に産着でも買ってあげてください。そうそう。奥様の病気に効くと言って薬売りがやってくるでしょうが、決して彼から薬を買わないでください。高額な毒物ですから」
そう言ってやれば彼が床に額を擦りつけるように頭を下げた。
「何から何までありがとうございます」
「頭を上げてください。私はただの呪い師です。あなた方が作物を育てて暮らすように、呪いで生計を立てているだけです。偉くもなんともありません」
「……いえ。あなたには不思議な威厳がある」
頭を上げた彼に言われて瞬いて、そのあとふっと笑ってしまう。
「光栄です」
「いえ。本当に、そのうちとても偉くなる予感がするのです」
「なんだかあなたの方が呪い師のようですね」
和やかに話を終える。彼を見送ったあと、家に籠って呪いに使う鏡の手入れを始めた。出入口と細やかな
「そろそろ布を買いに行こうか」
綺麗に磨いた鏡を布に包んで物入れの引き出しにしまう。着るものも食べるものもごく質素だが、鏡を包んでしまっておく布だけはいいものを選んでいる。ここから一里程の街に買いに行くことにしているのだ。それが三月に一度の遠出。それがなければほぼ家の中に籠っている。そんな暮らしが嫌いではない。
元々外で走り回るのを好むような子ではなかったし、今はいつ助言を求める客がやってくるか分からない。それに。人に言えば笑われてしまうだろうが、いつか必ず迎えに来ると言ってくれた男がいる。彼が来たときに家を空けているようなことになれば、後悔してもしきれない。
「せめて名を聞いておけばよかった」
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